その1「科学の本とクリスティー」 (1/7)
――いちばん古い読書の記憶を教えてください。
小川:内容はまったく憶えていないんですけれど、小学校に入る前か1年生の時に読んだ『エルマーとりゅう』ですね。うちは両親どちらもめちゃくちゃ本が好きで、たぶん母親が僕を本好きにしたくてあれこれ手を打っていて、それで『エルマーとりゅう』を読ませたら、僕がすごく喜んだという。
それと、『21世紀こども百科』という子ども用の百科事典があり、それにハマって全ページ暗記するくらい何度も繰り返して読みました。親も僕が科学系の図鑑が好きだと分かり、そうした本をいっぱい買い与えてくれたので、小学2年生で「富士山の頂上では80度か90度くらいでお湯が沸騰する」といったこととか、糸電話の仕組みなんかを憶えたりしていました。情報が書かれてあるものが好きだっんだと思います。
図書館で漫画の「〇〇のひみつ」シリーズも読破しましたし、あと、「わかりやすい〇〇」のようなシリーズがあったんですよね。それの「わかりやすい哲学」みたいな本を読んだら「我思う、故に我あり」などとあって、それも喜んで読んでいました。
――本を読むのが好きな子どもでしたか。
小川:そんなでもなかったです。小学校高学年くらいまではあまり小説も読んでいませんでした。うちは親が共働きで、妹もいたんですけれど家で1人で過ごす時間が結構長くて、そういう時は本も読みましたがテレビゲームをやっていました。
うちの親は基本的に「勉強しろ」とか「本を読め」とか言わないんです。言っても僕が絶対聞かないから。それで、塾のテストで上位にランクインすると好きなゲーム1本買ってもらえる、という制度ができました(笑)。小学校4年生くらいの時、母親が僕の国語の成績が悪いのを見て、小説を読ませなきゃいけないと思ったんでしょうね。でも「読め」と言っても聞かないから、アガサ・クリスティーの児童用のシリーズを1冊読んだら500円もらえる制度ができたんです(笑)。読んだ後にトリックとか犯人とかを母親に伝えると500円もらえて、そのお金で「ジャンプ」を買いに行っていました。
――なぜ子どもにクリスティーだったんでしょうね。殺人事件とかが起きるのに(笑)。
小川:母親自身がクリスティー好きだったんですよ。僕のこともクリスティー好きにしたかったのかもしれません。
――クリスティー好きになりました?
小川:いや、ミステリーも分からないうちに読んでいるので、クリスティーのすごさを分かっていませんでした。翻訳も子ども向けに易しく書いてありましたし。大人になってから読み返したんですけれど、僕の中ではもうネタバレしちゃっているので、初読の気持ちが手に入らなくて。
――児童向けで『アクロイド殺し』とかあったんですかね。
小川:どうだろう。あったけれど読んだ記憶がないだけかもしれない。あれは確かに子どもが読んだら意味が分からなさそうですね。『オリエント急行殺人事件』とか『ABC殺人事件』はあったかな。
そこからわりと自分でも小説を読むようになって、みんなが通るような那須正幹さんの「ズッコケ三人組」のシリーズや宗田理さんの「ぼくら」シリーズを読みました。
――「ジャンプ」を買っていたとのことですが、漫画も好きでしたか。
小川:そうですね。スポーツ漫画が好きだったので「サンデー」も読んでいました。あだち充が好きだったんです。僕が小6か中1くらいの時に『H2』が連載されていて、アニメの『タッチ』も放送されていたので、それでばっちり好きになりました。
――小川さんのデビュー作『ユートロニカのこちら側』の文庫解説で入江哲朗さんが、小川さんのエッセイに高校時代に『H2』のふたりのヒロインのどちら派かで友人と意見が対立したとあった、というエピソードから話を広げられていましたよね。本編はもちろん、あの解説めちゃくちゃ面白かったです。
小川:大学院時代の友達の入江君が解説を書いてくれたんです。僕が高校時代に友人と「古賀春華派」か「雨宮ひかり派」で対立したことをエッセイに書いたら、その二択で悩んでいる時点で自分とは違う、本当の問いは「古賀春華か雨宮ひかりか」の二択ではなく、「古賀春華か雨宮ひかりか」という二択を「する」か「しない」かの二択だ、と。そういう面白いことを書いてくれました(笑)。
――あだち充さん以外の漫画でお好きだったのは。
小川:福本伸行さんの『アカギ』とか、『SLAM DUNK』も好きだったし『HUNTER×HUNTER』はいまだにめちゃくちゃ好きですし。うすた京介さんの漫画もよく読んでいました。そのあたりの漫画は家にあったので何往復もしました。
中高生くらいの時って、自分で買ったかどうかが重要ですね。自分の家にある漫画は、寝る前とか、寝付けない時とかに適当に取って読むから、10回も20回も読み返す。本当にその作家が好きかどうかより、たまたま家にあるかどうかという偶然性がすごく意味を持ちますね。
――今振り返ってみて、どういう子どもだったと思いますか。
小川:目立ってるわけでもなく目立ってないわけでもなく、反抗的でもなく従順でもない、みたいな。先生に怒られたことは何度もあるけど、親が呼び出されるような怒られ方はしない、という感じです。
――学校で好きな科目は何でしたか。
小川:五教科の中では数学でした。五教科以外だったら体育ですね。
数学が一番楽しかったんで、受験勉強をする時などは、英語や古文漢文の勉強でたまったストレスを数学で解消していました。
――作文や読書感想文はどうでしたか。
小川:めちゃくちゃ苦手でした。小中学生の読書感想文って、あらすじを書いて、「楽しかったです」「僕はこう思いました」と書くというフォーマットがあるじゃないですか。あれ意味が分かんないですよね。あらすじなんて文庫だったら裏面に書いてあるし、なんで俺が書かなきゃいけないんだと思っていました。書くことで型を憶える部分もあるかもしれないけれど、そもそも、言われた通りのことをやるのは面白くなかったですよね。だから課題図書も嫌でした。誰かに「読め」と言われると読む気がなくなるので一切読みませんでした。母親はそれを分かってるから金で解決したんです(笑)。
-
- 『タッチ 完全復刻版(1) (少年サンデーコミックス)』
- あだち充
- 小学館
-
- 商品を購入する
- Amazon