加賀一郎
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加賀 一郎(かが いちろう、1898年(明治31年)6月10日 - 1946年(昭和21年)11月5日[1])は日本の陸上競技選手。
略歴
三重県人・加賀卯之吉の庶子男で[2]、生母は大阪府人・山田ひさよ[2]。明治大学在学中の1920年のアントワープオリンピックの100メートル競走、200メートル競走に出場している[3][4]。
1921年(大正10年)の日本陸上競技選手権大会の200メートル競走で、23秒6で優勝している[5]。1922年(大正11年)、明治大学商科を卒業した[6]。常磐生命保険会社に勤務した[6]。
1932年ロサンゼルスオリンピックに嘱託の役員として参加した。また、1936年ベルリンオリンピックに日本代表の役員として参加した。
1946年11月死去、享年49。
親族
脚注
- ^ 朝日新聞1946年11月7日付け朝刊2面
- ^ a b 『人事興信録 第4版』か14頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月21日閲覧。
- ^ “競走部の歴史”. 明治大学競走部. 2012年7月28日閲覧。
- ^ “加賀一郎”. Sports Reference LLC. 2020年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ^ “過去の優勝者・記録”. 日本陸上競技連盟. 2012年12月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年7月28日閲覧。
- ^ a b 『明治大学校友会員名簿』183頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月21日閲覧。
- ^ a b c d 『NTV火曜9時 アクションドラマの世界 「大都会」から「プロハンター」まで』(2015年、DU BOOKS)p.16 - 17
- ^ “わたしと司法”. 関東弁護士会連合会. 2012年7月28日閲覧。
参考文献
- 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 『明治大学校友会員名簿』明治大学校友会本部、1935年。
関連項目
外部リンク
- Biography and Olympic Results[リンク切れ]Archived 2020年4月17日, at the Wayback Machine. (英語)
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