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森山鋭一とは? わかりやすく解説

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森山鋭一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/25 08:27 UTC 版)

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森山鋭一

森山 鋭一(もりやま えいいち、1894年明治27年)12月17日[1][2] - 1956年昭和31年)6月9日[1][2][3])は、大正から昭和前期の法制官僚政治家弁護士貴族院勅選議員法制局長官

経歴

現在の三重県桑名市[2]、伊藤伊右衛門の三男として生まれ[1]、森山兵介の養子となる[1]1914年(大正3年)7月、第八高等学校一部丙を首席で卒業[1]1919年(大正8年)7月、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業し[1][2][3]、同月、内務省に入り内務属・土木局工営課に配属された[1][2][3]1920年(大正9年)10月、高等試験行政科試験に合格[1]

その後、兼警察講習所教授、埼玉県視学官帝都復興院計画局制度課、復興局事務官・長官官房計画課などを歴任[1][2]1924年(大正13年)12月、法制局参事官となる[1]。以後、賞勲局書記官、行政裁判所評定官、法制局第一部長、同第二部長、企画庁常任参与、企画院参与などを歴任[1][2][3]

1941年(昭和16年)10月、東條内閣の法制局長官となり1944年(昭和19年)7月まで在任[1][2][3]1943年(昭和18年)1月14日、貴族院勅選議員に任命され[4] 1946年(昭和21年)5月15日まで在任した[5][6]

1946年12月に弁護士登録を行い[1][2]、同年から1951年(昭和26年)8月まで公職追放となった[1][2]。その後、1952年(昭和27年)8月から1954年(昭和29年)7月まで東京都地方労働委員会会長を務めた[1][2]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『日本近現代人物履歴事典』525頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』630頁。
  3. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』172頁。
  4. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、52頁。
  5. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、55頁。
  6. ^ 『官報』第5801号、昭和21年5月20日。

参考文献

  • 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 秦郁彦編『日本近現代人物履歴事典』東京大学出版会、2002年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。





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