伊集院光さんがラジオ100年に語る “アンティークメディア”のお宝音源への愛情…「でも自分のラジオは残さないでいい」

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 1925年(大正14年)3月22日にNHKの前身である社団法人東京放送局が東京・芝浦の仮放送所で放送を始めて、今年は「ラジオ100年」となる。テレビの出現まで茶の間の娯楽の中心だったラジオはその後の空前の深夜放送ブーム、近年のデジタル化など時代の波を越えて生き続けている。10代でこの世界に飛び込み、40年近くもメディアで活躍するタレントの伊集院光さん(57)に、担当する番組のこと、大好きなラジオについて思うことを聞いた。 (編集委員 千葉直樹)

メディアの世界で40年近く活躍する伊集院光さん「昔のラジオ番組を聴いていると、いまの番組の原点が垣間見えます」=NHK提供
メディアの世界で40年近く活躍する伊集院光さん「昔のラジオ番組を聴いていると、いまの番組の原点が垣間見えます」=NHK提供

 伊集院さんは民放ラジオ深夜の人気長寿番組など複数のレギュラーを持ち、2023年4月に始まったNHK-FM「伊集院光の百年ラヂオ」(日曜日午前11時)のパーソナリティーを務めている。番組ではNHKが保管する約25万番組のラジオアーカイブスの中から発掘された「お宝音源」が紹介される。これまでに、植物学者の牧野富太郎、作家の坂口安吾、川端康成、三島由紀夫、林芙美子、永井荷風など著名人の肉声のほか、市井に生きる人々の生の声、懐かしいバラエティー番組などが紹介された。

 「オールドメディアと呼ばれる新聞やテレビを 揶揄(やゆ) するのがはやりのようですが、『百年ラヂオ』をやっていると、オールドメディアの、さらにオールドメディアであるラジオは、アンティークメディアであり、クラシックであり、出会いに感激します」と伊集院さんは話す。

番組での紹介音源は事前に聴かない、こだわりのリスナー目線

 収録では、音源を聴いた伊集院さんから「参った」「すごい」という感嘆の言葉が飛び出すこともある。これは決して誇張や演技ではない。なぜなら、本人は番組で紹介する音源を収録本番前には一切聴かないからだ。そのスタンスは常にリスナー目線である。

 「事前に聴いていれば、保存状態が悪く、聴き取りにくい箇所もわかってしまう。ここで素直に『いま何て言ってたんだろう』って思えないと、リスナーを置いてきぼりにしてしまうのではないかと思います。それに、自分が感動したことを、もう一回練り直してしゃべるのは得意じゃないんです」

一台のラジオの前に大勢が集まってラジオを聴く、昭和にはこんな風景があった(1960年のローマ五輪、競泳日本代表・山中毅選手の活躍をラジオで聴く家族ら)
一台のラジオの前に大勢が集まってラジオを聴く、昭和にはこんな風景があった(1960年のローマ五輪、競泳日本代表・山中毅選手の活躍をラジオで聴く家族ら)

 クイズ番組での博識ぶりで知られる伊集院さん。「百年ラヂオ」では、かつて人気を集めたクイズ形式の「とんち教室」「話の泉」「三つの歌」など懐かしい番組音源も紹介してきた。

 「いま、テレビのクイズ番組は知識自慢のタレントが次々と正解を答えていく面白さに特化していますが、昔の放送を聴いているとその原点が垣間見えます。回答者が長考しているときに、いい頃合いでアナウンサーが、いい温度のヒントを出す場面。現代の感覚だと違和感もあるのですが、ああそうか、こうしないと無音が続き、放送事故になるのか。その後、回答者が頭をひねっている間に『カッチッ、カッチッ』っていうあの(時計の針が刻む)音ができたのかと、そんなことも思ったりします」

 番組の作り手の丁寧な仕事ぶりにも学ぶところが多いという。

 「良質のラジオドラマの脚本のすごさ。ストーリーだけではなく、ラジオというメディアの特性を考えた 台詞(せりふ) の美しさ、『どうした、赤い目をして二日酔いか』とか『そんなに深々と頭を下げられますと、どうしていいやら』などと視覚情報をスムーズに入れることなど、今の現場では薄まってしまったところを考えさせてくれます。当時のマイクの性能で、音声バランスを保っているのもすごい。昔のドラマは生放送も多かったことを考えると、さらにすごい職人技に感心するばかりです」

寺山修司、吉永小百合の「お宝番組」に圧倒された

 制作チームによると、生放送が主流だった昔のラジオでは、テープが貴重だったことなどもあって音源を残す習慣がなかった。10年以上続いた番組でも残っている音源は数本だけ、などということも珍しくない。だが番組には、強い援軍がいる。手元にある昔の音源や情報を提供してくれるリスナーたちの存在だ。

 1966年の成人の日に特集番組として放送された、詩とドキュメントによる物語「二十歳(はたち)」は、詩人・劇作家の寺山修司が書き、俳優・吉永小百合さんの出演で制作された番組だ。一人の女性が成長していく過程を日記形式で吉永さんが朗読、その時代の世相をあらわす音源もまじえた構成で、紹介されると大きな反響があった。若き日に寺山の影響を色濃く受けたという伊集院さんにとっても「我々は今後こういうラジオ番組を作ることができるのか」と圧倒されたほど印象深い放送回のひとつだが、これは一般のリスナーから提供された音源だった。

終戦直後の1947年、資材欠乏の時代に登場した「国民型2号A型4球ラジオ」。昭和20年代~30年代前半はラジオ黄金期と言われた=NHK放送博物館所蔵
終戦直後の1947年、資材欠乏の時代に登場した「国民型2号A型4球ラジオ」。昭和20年代~30年代前半はラジオ黄金期と言われた=NHK放送博物館所蔵

 また、こんなエピソードも。「祖父が、県外から水泳留学していた高校生選手を寮に住まわせて世話をしており、私が4歳の時に取材で(NHKの)宮田輝アナウンサーが、我が家に来たようです。後年、記念に贈られた音源レコードを見つけて手に取ったら粉々になってしまった。音源は残っていませんか」とリスナーから便りがあった。「今日(こんにち)は皆さん」という番組の数少ない音源の中から見つけ出した、その放送回に登場していた高校生が、伊集院さんの友人であるお笑いタレント・有田哲平さんの母親だった。

「過去の番組から未来が見えてくる」

 「そんなことがあるの? 縁ってすごいと思いました。ほかにも印象深い番組はたくさんあるのですが、中でも終戦後に食糧生産を上げようと作られた『農事番組』も面白かったです。アメリカの農村の機械化とかテレビを買ったとか、そんな話を紹介しながら、農業をみんながやりたくなる番組を作ろうという使命感を感じた。アメリカの占領下の時期の放送もあり、良くも悪くもプロパガンダというものをリアルに感じました。戦争が終わって、こういう世の中にしたいという当時の人たちの願いを色濃く感じます。この番組をやらせていただいて、放送は人々の価値観を変えるものなんだという意識をきちんと持たなければいけないと思いました」

 アーカイブスの音源はデータ化が進められているが、番組用に「お宝」を探すのはまったくのアナログ作業で、スタッフが一つひとつの音源を聴いて、「これは」と思うものを選んでいる。福山剛チーフプロデューサーは、「過去の番組を聴くことで、未来がみえてくる、というのが番組のテーマ」と話す。「何十年も前だけれど、今も同じようなことが起きている事象など、過去を懐かしむだけでなく、今や未来とつながるということを基準に音源を選びます。加えて、その番組が生まれた時代の社会的背景も大事にしたい」

 放送100年の節目を迎える3月には番組内で様々な特別企画を放送中だ。

「百年ラヂオ」の番組特別企画で黒柳徹子さん(右)と対談する伊集院さん=NHK提供
「百年ラヂオ」の番組特別企画で黒柳徹子さん(右)と対談する伊集院さん=NHK提供

「ラジオは1秒で賞味期限が過ぎるもの」

 アーカイブスのお宝音源を紹介する番組に出演して「よくぞ残してくれた」と大いに刺激を受けている伊集院さんだが、自らのこととなるとちょっと違う。

 「残すということは、みんなのためにいいと思います。逆に、僕は自分のラジオが残るのは少し嫌かな。しゃべり手としては、ラジオは1秒で賞味期限が過ぎるものだと思ってますから、自分のくだらないラジオは残さないでいいと思っています」と語る。

 伊集院さんはもともとラジオっ子というわけではない。

 「周りはテレビっ子ばっかりで、僕もそうだった。兄の影響で小、中学生のころはラジオも聴きましたが、生活の真ん中にあったわけではありません。中学生の時にビートたけしさんの『オールナイトニッポン』にハマりましたが、19歳で早々と出る側になったので、リスナー度は割と低めなんです」

 ラジオの世界に入るきっかけは、六代目三遊亭円楽(当時は楽太郎)に弟子入りして落語家修業をしていた19歳のころに、かつての兄弟子だった放送関係者に頼まれて民放局の芸人オーディション番組に出たことだった。師匠には内緒だった。ラジオは顔が出ないし、名前も変えてコメディアンとして出場したその番組で優勝し、賞品として深夜ラジオのレギュラー出演枠を射止めた。あのころの伊集院さんにとってのラジオとは--。

 「いずれ名を上げてテレビに出たい、その足がかりとしてのラジオと思っていました。それぐらい、ラジオを聴いている人は少なかった。バブルの時代、聴取率自体は今より少々高くとも、テレビ番組が視聴率30%をバンバン記録していた時代ですから、あのころはラジオが一番注目されていない時代だったと思っています」

面白い番組を作ってこそ、ラジオの未来がある

 現在は幅広くメディアの世界で活躍する伊集院さん。しかし今後のラジオには不安も感じるという。

 「タクシーでラジオが聴けなくなったのは大きいですね。思えば昔は喫茶店でも商店街でも、どこかしらでラジオが流れてましたから、ちょっとゆゆしき問題です。だからと言ってラジオの今後をどうするかと聞かれれば、正直なところ、自分のことで手いっぱいで、ラジオ全体のことなどあまり考えられません。『未来のラジオはみんなで力を合わせて、、、』みたいに高いところからラジオの将来を語っている人たちを見ると、『余裕あるな』って思います。自分のラジオがより面白いことを目指す、聴かずにいられないほど面白い番組を作る、個々がそう思ってやることでしか、未来のラジオはないんじゃないかと思います」

「説明しきれないほどラジオは好きなんだと思う。でも『ラジオの帝王』と呼ばれるのは嫌いです」=NHK提供
「説明しきれないほどラジオは好きなんだと思う。でも『ラジオの帝王』と呼ばれるのは嫌いです」=NHK提供

 ラジオは「想像のメディア」と言われる。伊集院さんも「ラジオは僕らだけで完成しない。聴いている人の感受性と想像力でやっと完成するもの」と放送で話していた。聴く人の感受性を膨らませてもらうためにはどんな努力が必要なのか。

 「いつも聴いている側の立場を自分にも置くことですね。自分がしゃべっていますが、ラジオの生放送は自分が聴くことができない。だから、その時にもうひとつ、聴いている側の仮想の自分を横に置いておくことは大切です」

 理想のトークとは、とたずねると意外な答えがかえってきた。

 「用意をしないでラジオに臨む勇気はありません。でも、しゃべりたいことをいっぱいメモ書きして生放送に臨み、始まったらどんどん脱線して、気がついたら、それが全部無駄になるようなしゃべりが理想です。僕は旅先でも分刻みのスケジュールを立てますが、途中で計画が狂った時に、何とか工夫して元に戻せることもあるし、思い通りにいかなかったことで新たな楽しい経験ができることもある、そういうことが今の自分の中で面白いことのすべてです。深夜放送のフリートークでも、メモ書きはありますが、面白いが優先だから、使おうが使うまいがどうでもいい。それが僕の理想のラジオで、特に深夜のラジオでは言ったことをまったく覚えていない、というのが一番いいです」

「ラジオの帝王」と呼ばれるのは大嫌い

100年前にラジオ第一声が放送されたマイク=NHK放送博物館所蔵
100年前にラジオ第一声が放送されたマイク=NHK放送博物館所蔵

 リスナーの支持を集める人気者は「ラジオの帝王」と呼ばれるのは大嫌いだという。

 「帝王っていう、でかい言葉と、『ラジオではいいけど』みたいな限定だと、ほめられているんだけれど、僕はテレビタレントでもあるのにと思ってしまう。エジソンと言われるのはすごいけど『下町のエジソン』って言われるのはちょっと、でしょう? もちろん、ラジオ愛やラジオへのこだわりはありますが、それは自分の中だけでのもので、口外するものでもない。たぶん、ラジオは好きなんだと思う。それが説明しきれないほどラジオが好きなんだと思うけれど、これをどう表現しても、間違って伝わると思う」

 「では、何と呼ばれたいですか」

 「『伊集院さん』--。肩書はいりません」

 ラジオは災害時に強い。インターネットが使えなくても聴けるのが強みだが、そのデジタル化でラジオの可能性は広がっている。全国のラジオを聴ける「radiko(ラジコ)」やNHKの「らじる★らじる」によって、ラジオ番組はいつでもどこでもスマートフォンで聴ける時代となり、伊集院さんいわく「いまのラジオは“空前前後の普及台数”」である。

 過去の古い番組を紹介する「百年ラヂオ」にも、そんな「いま」が顔をのぞかせている。番組は、冒頭に伊集院さんと礒野佑子アナウンサーの「ごめんくださいませ」という呼びかけで始まる。もともとはリスナーのメッセージに書かれていた言葉なのだが、「おはよう」でも「こんにちは」でも「こんばんは」でもなく、時を選ばずに使えるあいさつの言葉としてぴったり。それでいて実に温かみを感じる言葉なのだ。

NHK「百年ラヂオ」のホームページはこちらから

https://www.nhk.jp/p/ijuin100r/rs/KZ1MQWYKVV/

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