30分遅くなっただけで…共働き世帯 悩ます「朝の“小1の壁”」

30分遅くなっただけで…共働き世帯 悩ます「朝の“小1の壁”」
「朝8時15分の校門開放に合わせて登校してください」

私がそう告げられたのは、2月の小学校入学説明会。

えっ?もしや出勤時刻に間に合わない?
保育園では7時半から預けられたのに…。

ランドセルの準備も、放課後の学童保育の利用も申請していた。

だけど、朝の保育園の預かり時間と小学校の登校時間との間に生じる数十分のギャップが、これほど悩みの種になることに当事者になって初めて気付かされました。

どうしたら「朝の“小1の壁”」を乗り越えられるのか?
同じ悩みをもつ共働き世帯を取材しました。
(おはよう日本ディレクター 山内沙紀・谷圭菜)

子どもを送り出すのは“スピーカーの音声”

「1人残して戸締りさせているのは、親としては心苦しいです」
そう話すのは、小学2年生の娘がいる小野澤万紀子さん。

去年の春から、入学したばかりの娘を置いて、先に出勤する日々が続いています。
愛知県で暮らす小野澤さん夫婦は共働き。万紀子さんは、小学2年生になった娘と3歳の息子を育てながら、大手メーカーで正社員として働いています。

所定勤務は午前8時から午後5時。自宅から勤務先までは車で小一時間かかるため、7時前には家を出る必要があります。

去年5月に新型コロナが5類に移行してからは原則出社となりました。夫は6時半には家を出なければならないため、朝の家事や子どもたちの送迎などは万紀子さんが担ってきました。
娘が小学校に入学してから、最も悩んできたのが「朝のスケジュール」のことです。

保育園は朝7時から預けることができましたが、小学校の集団登校の時間は7時45分。それを待ってから家を出ると、勤務時間に間に合わなくなったのです。

悩んだ末、小野澤さんは、これまで通りの時刻に3歳の息子を連れて保育園へ向かい、そのまま出勤。小学1年生になったばかりの娘には、1人で戸締まりをして登校してもらうことにしました。
毎朝7時30分。娘が1人残る自宅リビングのスピーカーから、音声が鳴り響きます。

「小学校に出発する時間です。みんなの部屋の電気を消しましょう。鍵もかけましょう。いってらっしゃい」

本当は玄関で直接かけてあげたい「いってらっしゃい」の一言。

それをスピーカーに任せて出勤せざるをえないことに、小野澤さんは葛藤を抱えています。
小野澤万紀子さん
「やっぱり親として、“いってらっしゃい”と声をかけてあげたいというのはあります。私が仕事休みの日で娘を見送ると“いてくれてよかった”と言っていて、本当は私に“いってきます”って言いたいんだろうなって…。私も新しい部署に移って役職がついていて、育児と仕事をなんとか両立したい気持ちがあります。ただ定時の勤務を確保するために、結構“綱渡り”に近い状態で、しわ寄せが子どもにいってしまっているのが申し訳ない気持ちです」

娘を見送るため大手企業を退職

朝の“小1の壁”によって、転職を決断する人も出ています。

神奈川県で妻と小学1年生の娘と暮らす齋藤淳彦さんはことし、大手通信会社の管理職を辞めベンチャー企業に転職しました。
理由は、朝の出社時間を変えられなかったからです。

前職の大手通信会社の所定勤務は午前9時から午後5時45分でしたが、朝8時から会議が入ることも頻繁にありました。通勤に片道30分かかっていたため、齋藤さんは7時頃には自宅を出る生活を送っていました。
一方、金融関係の大手企業に勤務する妻は時短勤務を認められていましたが、実際には8時過ぎから欠席できない会議が行われることもしばしば。

それでも、娘が保育園に通っていた時は、朝7時半に子どもを預けてから都内へ通勤すれば間に合っていました。

ところが、娘が進学した地元の公立小学校は、校門が開放されるのが朝8時10分。

登校する娘を見送るためには「夫婦どちらかが転職をするしかない」という結論に至りました。
話し合いの結果、ことし1月に夫の淳彦さんが大手通信会社を退職。次の職場を探す際には、朝の子どもの対応ができるよう、在宅勤務やフレックス制度などの柔軟な働き方ができる労働環境であることを条件にしました。

転職先となったベンチャー企業では、在宅勤務やフレックス制度を活用できることに加え、上司も子育て中で理解があり、仕事と育児の両立がしやすくなったといいます。

この春からは、小学1年生の娘を見送ってから出社できるようになりました。
齋藤淳彦さん
「(娘の入学を迎えて)楽しみって思えているのがよかったなと思います。おそらく今までの環境だったら不安でしょうがなかったので。以前の会社で長く働き続けられたら、それはそれでよかったなとは思いますけれども、家庭環境や社会の変化とかも考えたうえで、今回、転職をして新しい職場と環境で次のステップを進んでいくというのは、間違った選択ではなかったなと思っています」

保育園と小学校の朝の“ギャップ”

朝に“小1の壁”が立ちはだかる要因。

それは、保育園の預かり開始時間と小学校の登校時間との間に“ギャップ”が存在することにあります。

保育園の開所時間は基本的に11時間で、その時間帯は保育園により多少異なりますが、朝は午前7時から7時半の間には預かりを開始するのが一般的です。
一方、NHK放送文化研究所が行った2020年の国民生活時間調査によると、小学生の「通学」のピークは午前7時30分から7時45分の間で、この時間帯に児童の50%が登校しているという結果でした。

ついで多いのが、7時45分から8時の間で、児童の42%

8時台も20%以上となっていて、5人に1人は8時以降に登校している計算になります。
(※この調査の割合は、時間帯がまたがる場合、両方に含まれます)

統計上は数十分から1時間ほどのギャップですが、保育園の時に朝早くから預けて出勤していた共働き世帯にとっては、大きな問題になりかねません。子どもの小学校進学に伴って、朝の対応を迫られたり、働き方や仕事を変えなければならなかったりする保護者が一定数出てくるのです。

教員の働き方改革の影響も

しかも今、小学校の校門が開く時間は遅くなる傾向にあります。

背景にあるのは、教員の働き方改革です。

公立小学校の教員の勤務開始時間や児童の登校時間、校門の開放時間は、基本的に市区町村の教育委員会もしくは学校長が決めています。
かつては朝早い時間に校門が開けられ、児童が運動場などで遊んでいる光景をよく見かけましたが、それができていたのは教員が勤務時間外に対応していたからでした。

近年、教員の長時間労働が問題視されるなか、文部科学省は去年9月に各都道府県知事や教育委員会教育長らに通知を出しました。そのなかで朝の時間帯の学校業務の負担軽減策のひとつとして「開門は登校時間の直前とすること」が例に挙げられました。

これを受け、登校時間そのものを遅らせる通達を小学校に出した自治体もあり、その影響は各地に広がる可能性もあるといいます。

朝7時から市内全校に“見守り員”を配置

朝の子どもの居場所を確保しつつ、教員の負担も増やさないためにはどうすればいいか。教育現場では模索が始まっています。
ことし4月、大阪 豊中市は市内に39校あるすべての公立小学校で朝7時から校門を開放することにしました。

もともとは朝8時の校門開放でしたが、市内の認定こども園などの保育施設で朝7時から子どもを預かっていることから、時間をあわせることにしたのです。

実は近年、市内の小学校では校門が開く前から登校する児童が増え、多いところでは100人ほどが門の周りで待機するようになりました。交通量の多い道路沿いの小学校では、児童の安全面を心配する地域からの声もあがっていました。

早く校門が開くことで、児童は登校時間まで学校の体育館や多目的室で自習をして過ごすことになります。
校門の開放時間の前倒しが教員の長時間労働につながらないよう、市は民間企業に委託して39校に、それぞれ2名の見守り員を配置。その予算として、今年度新たに7000万円余りを計上しました。

この取り組みを利用できるのは、基本的に小学校低学年の児童で、事前登録が必要です。また、早く登校する児童については学校まで保護者が連れてくるルールもつくりました。
市内全校で、およそ600人の児童が登録の申請をしていて、今後も登録が増える見込みだということです。
小学2年生の子どもの保護者
「大変助かります。今までは送り出してから9時頃に出社していたので、その分帰りも遅くなります。妻も時短勤務からフルタイムに戻るタイミングだったので、朝に余裕ができて喜んでいます」
小学3年生の子どもの保護者
「今までは子どもが鍵を閉めて家を出ていました。GPSでまだ家にいるって心配しながら、いつも(スマホで確認して)見ていたので、“お願いします”って言える人がいるのが助かります」
豊中市教育委員会 学校施設管理課 課長 桑田篤志さん
「子どもが学校で安心して過ごせる場所の提供は、一定程度はできたのかなと思っています。共働き家庭が増えていますし、小学校に上がっても保護者が就労環境を変えずに継続的に働き続けるためにも、学校の中で預かってもらえる安心感があれば、“豊中に住んでよかった”と思ってもらえますし、地域の魅力発信にもつながるといいと思います。課題はまだあると思うので、そこは教員や保護者の意見も踏まえながら検討していきたいと思っています」

“部分休暇”制度で朝の子どもの対応を

小学生の子どもがいる保護者の働き方を見直そうという動きも出ています。
神奈川県相模原市では去年4月から、小学1年生から6年生までの子どもがいる市の職員が利用できる「子育て部分休暇」の制度を導入しました。

対象となる職員は30分単位で休暇を取得でき、1日 最大2時間まで申請できます。その休暇分は無給になりますが、朝の子どもの対応を済ませてから出勤することが可能になります。
市は以前から時短勤務の制度などを設けていましたが、利用できるのは子どもが小学校に入学する前まで。制度の上でも、保育園から小学校の間に「壁」が存在していました。

そうしたなか、おととし全職員を対象にアンケートを実施したところ、子育てと仕事の両立にあたって、子どもが小学校に進学してからも利用できる「部分休暇」を求める声が6割に上ったといいます。
相模原市 人事・給与課 主幹(労務担当)芦野誓子さん
「ニーズはあるだろうとは思っていましたが、部分休暇を申請した人のうち半数以上は朝の時間に休暇申請をしていて、やはり切実なのだと思いました。子育てというのは小学校に上がってすぐ完了するものじゃないですし、部分休暇によって働き方の選択肢を増やしたというところに意味があると思います。せっかくここまで働いてきた知識とか経験を失うということも市の財産の喪失になるとは思いますので、そこは所管課としては大事にしていかなければと思っています」
制度を利用している職員の1人、浦井朋子さん。

朝に30分の部分休暇を取得して、子どもの朝の支度を済ませてから家を出ています。
以前は小学生の子ども2人を家に残し、市役所に出勤する毎日を送っていました。帰宅するとエアコンやストーブがつけっぱなしになっていたり、玄関の鍵がかかっていないことがあったりと、不安な日々だったといいます。
浦井朋子さん
「部分休暇制度ができて本当に助かったなっていう気持ちです。たった30分なんですけど、すごく貴重ですね。夫の単身赴任もあって、時短制度がないなかで仕事が続けられるかどうかわからないって思っていたのですが、部分休暇制度によってやれるところまでやってみようという気持ちになりました」

“小1の壁”だけでなく 誰もが柔軟な働き方へ

今回、私たちは「朝の“小1の壁”」についてWEBアンケートを実施し、100件以上の回答が寄せられました。

みなさんからの切実な声をまとめた記事は↓↓↓
これまで “小1の壁”といえば、主に放課後の子どもの預け先=学童保育の待機児童問題などが注目されることが多く、朝の子どもの居場所については見過ごされてきました。

なぜいま、朝の“小1の壁”の問題に目が向けられるようになってきたのか。

労働経済学が専門で、経済変化による家族や女性の変化を研究してきた大沢真知子さんに話を聞きました。
日本女子大学 名誉教授 大沢真知子さん
「これまでずっと小学生の親が抱え込んできた問題で、企業が対応しなくても困らなかったからだと思います。日本の企業にはまだまだ、労働者を会社や組織の都合にあわせて働かせる、“会社中心”の考えが根底にあります。しかし人手不足が深刻化するなかで、柔軟な働き方ができるよう従業員のニーズに応えていくことが、企業の価値を高めることにもつながるのです」
夫婦で働く「共働き世帯」は近年、増加傾向が続き、2022年には1262万世帯と、働く夫と専業主婦の世帯の539万世帯の2倍以上に達しています。
こうした時代の変化を踏まえ、雇用する側も、育児や家事を夫婦の片方が担う“昭和モデル”から脱却して、“共働き”を前提とした働き方のモデルを従業員に提示していく必要があると大沢さんは指摘します。
日本女子大学 名誉教授 大沢真知子さん
「出産後も保育園に預けながらキャリアを継続する女性が増え、男性も育児や家事を担うようになってきています。優秀な人材を確保するうえでも誰もが柔軟に働けるよう、企業は定時を見直したり、長時間労働を改善したりするなど手を打っていく必要があると思います」
一方で、1つの企業や自治体の取り組みには限界があります。

「朝の“小1の壁”」を根本から解消するにはどうすればいいのか。子ども政策の司令塔となる『こども家庭庁』に話を聞いたところ、以下のような回答がありました。
こども家庭庁
「児童の登校時間より、早く保護者が出勤する家庭では朝の時間帯の子どもの居場所が課題となっていることは把握している。今後、どのようなかたちでサポートできるのか検討していく考えだ」

“小1の壁”がいつか無くなる日まで

思えば、筆者が育児で最初にぶつかった壁は“保活”でした。週40時間以上就労していた方が選考で点数が高くなる、そう窓口で言われたのを記憶しています。

1日8時間ほど働いて保育園に迎えに行く日々。それをようやく乗り越えたと思ったら、小学校入学で“小1の壁”に直面し「その働き方は合わない」と突きつけられたような気がしました。
保育園の卒園式が近づくにつれ、周囲には仕事を辞めることにしたり、正社員からパートに切り替えたり、フルリモートの企業に転職したりと、“保活”のあとに築いたキャリアを手放す決断をした人もいました。

朝の“小1の壁”は、親の仕事の問題だけではなく、学校現場の働き方改革や、女性のキャリア形成の課題、夫婦間の偏った役割分担など、さまざまな要因が絡んでいて、とても複雑です。

「寿退社」が死語になったように、いつか「“小1の壁”で仕事を辞めるなんて昔の話だね」と言える日がくることを願って、子育てと仕事の両立について取材を続けていきたいと思います。

(4月15日「おはよう日本」で放送)
おはよう日本ディレクター
山内 沙紀
山口局を経て現所属
この春に小学1年生になった息子と、保育園に通う3歳の娘を育てながら「小1の壁」を乗り越えようと奮闘中
おはよう日本ディレクター
谷 圭菜
静岡局・名古屋局を経て現所属
1歳になる息子の育児と仕事の両立に奮闘中です