“2つの職場でストレス” 自殺男性を労災認定

岐阜大学で研究員を務めながら、測量などを行う会社で働いていた60歳の男性が自殺したのは、大学の上司が相談に適切に応じなかったり会社から責任の重い仕事を1人で負わされたりしたことが原因だったとして、労働基準監督署が2つの職場でのストレスを総合的に判断して労災と認めたことがわかりました。

労災認定を受けたのは、岐阜大学と、都内に本社がある測量などを行う会社で、いずれも2019年12月から働き始め、2021年5月に自殺した愛知県の60歳の男性です。

遺族や代理人弁護士によりますと男性は大学では研究員として国際貢献のプロジェクトに携わっていましたが、亡くなる直前までの1か月余りの間、上司が相談に適切に応じず厳しい指導を受け、会社では技術者として2021年2月ごろまでの半年余りの間に74か所の橋りょうを点検する事業のデータの処理からとりまとめまで1人で行い、すべての責任を負う立場にあったということです。

こうした状況から名古屋北労働基準監督署は、2つの職場でのストレスが原因で男性がうつ病を発症していたものと判断し、ことし4月、労災と認めました。

遺族は「橋りょうの専門家として知識もたくさんあり、将来、海外でこれまでの経験を生かす仕事がしたいと夢を見ていたが亡くなり悔しい。二度と同じような人が出ないよう、大学や会社は責任を認めて、職場の環境を改善してほしい」と話しています。

一方、岐阜大学は「労働基準監督署から直接的な指導などはなく、詳細を承知していません。職場での負荷については就労環境などを含めて改善周知を行っている」とコメントし、会社は「個人情報やプライバシーの問題を含むため回答は控えたい」としています。

厚労省研究会 副業兼業の通算での労働時間管理 廃止検討

独立行政法人「労働政策研究・研修機構」が2022年に実施した調査では、「仕事をしている」と答えた18万8980人のうち「仕事は2つ以上、副業をしている」と答えた人は、6%にあたる1万1358人でした。

このうち、副業する理由については「収入を増やしたい」が54.5%で最も高く「1つの仕事だけでは収入が少なくて、生活自体ができない」が38.2%、「自分が活躍できる場を広げたい」が18.7%などとなっています。

こうした中、厚生労働省の研究会は12月、企業側が副業や兼業をする人に割増賃金を支払うため行う通算の労働時間の管理を廃止する案を示しました。

現状の制度では、割増賃金は本業と副業・兼業先の労働時間を通算して支払うことになっていて、労働時間を1日ごとに細かく管理する必要があり、企業から負担が大きく副業や兼業を受け入れるのが難しいという声が上がっていたためです。

その一方で、働く人の健康を確保するため労働時間の合計を1か月や1年の単位で把握するルールは引き続き必要だとしていて、研究会の案でも「割増賃金の通算対応を必要としなくする分、健康確保についてはこれまで以上に万全を尽くす必要がある」としています。

厚生労働省は研究会が報告書をまとめたあと労使が参加する審議会にこの案を示し、議論することにしています。

複数職場でのストレスを評価した労災認定は初めてか

厚生労働省は複数の職場で働く人の労災について、このうちの1か所での仕事の内容をみて個別に評価して判断していましたが、副業や兼業をする人が増えていることを踏まえて2020年、法律を改正したうえで、働くすべての職場での仕事の内容を総合的に評価して労災かどうか判断するようにしました。

遺族の代理人を務める立野嘉英弁護士は法律の改正後、複数の職場で働いていた人が労働時間を合算することで労災と認められたケースはあるものの、今回のように複数の職場でのストレスを全体的に評価して自殺を労災として認めたケースはこれまでに確認されていないとしています。

立野弁護士は「国は副業や兼業を推進し、普及が進んでいるが、複数の職場から生じるストレスの蓄積についてどのように健康管理することができるか議論をさらに深める必要がある。労働者の自己申告にのみ頼るのは危険で、上司らによる健康状態の把握が不可欠だ」と話しています。

専門家「企業は副業兼業も念頭に労働者と対話を」

職場のメンタルヘルスに詳しい産業医科大学の江口尚教授は「人手不足の中で、自分の会社だけで働いてもらうというよりも、これからは特定の時間だけ別の会社で働いてもらう機会も増えてくると思う。今までの企業の健康管理は1つの会社だけで働いているという前提だったが、これからは副業や兼業をしているかもしれないということを念頭においてコミュニケーションをとることが大事だ」と指摘します。

具体的な取り組みについて江口教授は「月の残業時間が45時間を超えると脳・心臓の疾患やメンタルヘルス不調のリスクが高まってくる。働く人はそれぞれの会社の出勤時間と退勤時間をきちんと記録し、自分の健康を守っていくことが大切だ。また、会社側も労働者としっかり話し合い、場合によっては労働時間を制限するなど留意していく必要があるのではないか」と話しています。