告発されたのは、ことし4月から金融庁の企画市場局企業開示課に出向していた佐藤壮一郎裁判官(32)です。
証券取引等監視委員会によりますと、裁判官は職務を通じて知ったTOBの未公開の情報をもとに4月から9月にかけて、自分名義で10の銘柄をあわせておよそ951万円分買い付けた疑いがあるということです。
関係者によりますと、一部の職員のみ閲覧できたTOB案件を一覧にまとめた資料を見る権限があり、金融庁に出向した直後から不正な株取り引きを行い、数百万円の利益を得ていた疑いがあるということです。
監視委員会は23日、金融商品取引法違反のインサイダー取引の疑いで裁判官を東京地検特捜部に刑事告発しました。
金融庁は、職員となっていたこの裁判官を23日付けで懲戒免職にしました。
また、監視委員会は、東京証券取引所の「上場部」に所属していた細道慶斗職員(26)についても、業務で知った3つの企業のTOBに関する未公開の情報を父親に不正に伝えたとして、金融商品取引法違反の情報伝達の疑いで特捜部に刑事告発しました。
職員は、23日、懲戒解雇となりました。
父親は、ことし1月から4月にかけて3つの銘柄をあわせておよそ1706万円で買い付け、数百万円の利益を得ていたとみられるということで、インサイダー取引の疑いで父親も刑事告発されました。
特捜部はいずれも在宅のまま、立件に向けた詰めの捜査を進めるものとみられます。
監視委員会は3人の認否を明らかにしていませんが、関係者によりますとこのうち佐藤裁判官と細道職員は、容疑を認めているということです。
裁判官と東証職員を刑事告発 金融商品取引法違反の疑い
金融庁に出向中にインサイダー取引をしたとして、証券取引等監視委員会は32歳の裁判官を金融商品取引法違反の疑いで東京地検特捜部に刑事告発しました。また、TOB=株式公開買い付けに関する情報を家族に伝えた疑いで、東京証券取引所の26歳の職員も刑事告発しました。
佐藤裁判官とは
佐藤裁判官は2017年に司法試験に合格したあと、大阪や那覇の地方裁判所で判事補を務めました。
ことし4月からは主に任官10年未満の裁判官を対象に、さまざまな経験を積ませる目的で一定の期間、裁判官の職を外して省庁に出向させる枠組みで金融庁に出向していました。
金融庁では企画市場局の企業開示課で課長補佐を務め、関東財務局が審査を担当するTOBについて、財務局への指導や助言を担当し、実施予定日や価格などを知る立場にあったということです。
関係者によりますと数年前から株取り引きをしていたということですが、裁判官を知る知人はNHKの取材に対し「勤勉で交友関係の広い人だった。投資にまつわる話を聞いたことはなく報道を知って驚いた」と話していました。
“株取引 禁止規定なく研修もない” 最高裁
裁判官は、上場企業が原告や被告になるなど市場に影響を与えるような裁判を受け持つこともありますが、最高裁判所によりますと、裁判官の株取り引きを禁止するなどの明文化された規定はなく、株取り引きに関する研修も行われていません。
現役や元の裁判官に取材すると「個人の倫理観の問題だ」という声があった一方、「実際に起きたのであれば研修なども検討しなければならない」とか、「社会常識も知らない前提で丁寧に教える必要がある」という意見もありました。
今回の問題を受けて最高裁判所は11月、全国の裁判官に向けて
▽出向中かどうかにかかわらず、株取り引きをする際は不信を招くような行為は厳に慎むことや
▽インサイダー取引の規制に触れるような行為をしてはならないとするなど、株取り引きについて注意を促す文書を出しました。
裁判官が不祥事を起こした場合、最高裁判所が裁判官の処分を審理する「分限裁判」や、国会が裁判官を辞めさせるかどうかを判断する「弾劾裁判」がありますが、今回は出向した先での取り引きだったため、処分は金融庁が判断することになるということです。
最高裁判所の徳岡治人事局長は、「裁判官だった者が告発され、懲戒免職処分を受けるに至ったことは誠に遺憾だ。このようなことは決してあってはならず、一層の綱紀の保持を図ってまいりたい」とコメントしています。
加藤金融相「あってはならないこと」
金融庁は佐藤裁判官を懲戒免職にし、所属していた課の課長を減給10分の1、3か月としたほか、企画市場局の前の局長と今の局長を戒告としました。
これについて加藤金融担当大臣は「金融行政に対する信頼を揺るがすのみならず、金融市場そのものの信頼を揺るがすものであり、あってはならないことで大変遺憾だと感じている」と述べました。
その上で職員の上司を処分したことについては、「規制当局の担当者による違反は社会的影響が非常に大きいものであり、監督責任を重く受け止めた」と述べました。
識者「規範意識甘く論外」
裁判官や弁護士など法曹に関わる職業倫理に詳しい早稲田大学大学院法務研究科の石田京子教授は、「裁判官という肩書の重さに加え、金融庁の職員としても違法な行為であり論外だ。たとえ出向中であろうとも、自身が裁判官として見られている自覚や規範意識が甘かったと言わざるをえない」と話しています。
人事院によりますと、一般の国家公務員は一定の役職以上になると株取り引きの状況を届け出ることになっていますが、特別職である裁判官は対象外だということです。
また、株取り引きに関する裁判所独自の規定も明文化されておらず、石田教授は対応を検討する必要があると話します。
石田教授は「裁判官は独立して、法と良心にのっとって仕事をするべきだという哲学があり、これまでは行動を縛らずに『裁判官がそんなことはしないだろう』と性善説に立って回っていた」としたうえで、「スマホでぱっと株取り引きができ、国も取り引きを奨励するなど社会の価値観が変化しているなかで、やってはいけないことの言語化が追いついていない現状がある。過度に制限することはできないが、仕事のなかで入手した情報を自己の利益のために使うことは、信頼を損なう行為だという意識づけを改めてすべきだ。一般市民の信頼を確保する意味でも、今後、仕事上差し支えない形で規律を明文化してもよいのではないか」と話していました。
日本取引所「深くおわび申し上げます」
東京証券取引所の細道職員が刑事告発されたことについて、東証を傘下にもつ日本取引所グループは社内規定にもとづき、職員を23日付けで懲戒解雇にしたことを明らかにしました。
日本取引所は「関係者の皆様に、多大なご迷惑とご心配をおかけしていることを深くおわび申し上げます。現在、役職員への研修など再発防止に向けた取り組みを進めていますが、独立した社外取締役でつくる調査検証委員会による調査・検証が完了ししだい、速やかに調査報告書を公表します」とコメントしています。
山道CEO「 私を含め厳正に対処していく」
また、日本取引所グループの山道裕己CEOは記者団に対し、「投資家および上場会社をはじめ関係者の皆様にご迷惑、ご心配をおかけしていることを深くおわび申し上げます」と陳謝しました。
そのうえで、自身を含めた経営陣の責任について山道CEOは「まずは再発防止に向けて全力で取り組みたい。その後、今後の調査結果を踏まえ私を含め厳正に対処していきたい」と述べ、今後、独立した社外取締役でつくる調査検証委員会の調査結果などを踏まえて検討する考えを示しました。
金融庁 報告徴求命令を近く出す方針
細道職員が刑事告発されたことを受けて、金融庁は日本取引所グループと東証に対して法律に基づく報告徴求命令を近く出す方針です。
原因究明のほか、これまでの情報管理の体制や、どのような研修を実施していたかなどについて報告を求めるとみられます。
日本取引所グループは今回の件が発覚したあとインサイダー取引についての研修を実施していますが、再発防止策を着実に進められるかが課題となっています。
信頼を揺るがしかねない疑惑相次ぐ
ことし10月以降、金融庁に出向中の裁判官と東京証券取引所の職員、それに信託銀行の社員と、市場の公正を守るべき立場にある関係者による不正の疑いが相次いで浮上しました。
佐藤裁判官は、出向先の金融庁でTOBに関する情報を見る権限を与えられていましたが、出向直後から職務を通じて知った情報をもとに、不正な取り引きをしていたということです。
同じく刑事告発された東京証券取引所の細道職員は、企業の重要情報をどのように開示すべきか、企業から相談を受ける「上場部」に所属していました。去年9月からはTOBに関する事前相談の窓口を担当していながら、厳格に管理すべきTOB情報を父親に伝えていたということです。
このほかにも「三井住友信託銀行」で管理職だった元社員が、インサイダー取引をしていた疑いがあることが先月明らかになっていて、国が貯蓄から投資へのシフトを後押しするなかで、金融市場への信頼を揺るがしかねないと指摘する声があがっています。
今後、不信感を払拭(ふっしょく)し、再発を防止するためにそれぞれの組織で徹底した検証や対策が求められます。