140mmもの疲労亀裂(以下、亀裂)が走り、破断寸前に至った新幹線「のぞみ34号」(博多発・東京行、N700系16両編成)の台車事故。2017年12月にJR西日本(西日本旅客鉄道)で起き、台車の製造を手掛けたのは川崎重工業であることは広く報じられた。
国土交通省・運輸安全委員会はこの事案を重大インシデントに認定し、2019年3月には調査報告書(以下、報告書)を発表した。多くはこの事故を特定企業による特殊事例であり、報告書が公表された段階で「一件落着」とみなす。だが、「決して対岸の火事で済ませてはならない」と、日本の製造業にも川崎重工業の内情にも詳しい識者が警鐘を鳴らしている。
注意すべきは、作業者の「腕(技術や技能、ノウハウ、スキル)」に依存して仕上げる製品だ。具体的には、少量生産の大物部品や、いわゆる「一品物」と呼ばれる受注製品、開発サイドが決めた配合通りにはなかなか出来ない化学製品など、生産現場での調整作業を要する製品である。高速車両や船舶、航空機の部品といった大物機械部品はまさにこの製品に相当し、件(くだん)の台車事故が示した通り、一つ間違えば人命を危険にさらす大事故に発展しかねない。
大物機械部品の製造は難易度が高い
報告書は川崎重工業の生産現場における管理の杜撰(ずさん)さを断じている。だが、「単に生産部門の管理を強化するだけでは不十分だ」と識者は指摘する。結論を先に言えば、より大切なのは「設計の意図を生産現場に伝えること」だ。この台車の場合、「図面の意図を生産現場が十分に把握していなかった可能性が高い」(同識者)。
まず、押さえておくべきは、台車のような大物機械部品は決して「コモディティー製品ではない」ということだ。確かに、新幹線は1964年に運行を開始して2020年で56年目を迎える長い歴史がある。しかも、台車の構造自体はそれほど複雑ではない。これをもって台車の製造は簡単であり、川崎重工業の生産現場が手を抜いたのだという理解は間違いだ。
大物機械部品は寸法精度(以下、精度)を満たすのがとても難しい。大きくて重い上に、台車の場合は高速で長距離を移動するため、精密な精度を要求されるのだ。部品を外注し、図面通りの部品が納入されたとしても、簡単には製品(台車)に組み上がらない。デジタル製品とは異なり、単純な組み立て型製品には該当しないからだ。加えて、与えられたコストを満たすために、1人もしくは2人といった少数でさまざまな調整を施しながら組み上げていく必要がある。それを実現する武器は「職人技」と呼ばれるような作業者の腕だ。
もちろん、川崎重工業の生産現場には作業手順を記した作業標準書がある。一般に、調整の手順もその作業標準書にできる限り記載しようと生産現場は努めるのだが、限界があるという。
調整作業のイメージを身近な例で分かりやすく伝えよう。例えば、「テーブルの水平出し」だ。ある家屋のリビングの床(水平とは限らない)に対し、テーブルの天板を極めて高い精度で水平に設定する作業を想定してほしい。この場合、4本ある脚の長さをそれぞれ調整する必要がある。天板の傾きを確認しながら、長過ぎる脚を見つけて少し削っては確認し、また削るという作業を繰り返すことになるだろう。だが、この作業を正確に作業標準書には記載することはできない。削る脚や箇所、削る量は「現物」を見てみない限り分からないからだ。そのため、多くの場合、この作業は「天板の水平度(平面度)を製品の規格(仕様)に合わせること」などと簡素な表現で作業標準書に記載されることとなる。