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 全国約1700の地方自治体で稼働する基幹業務システムの標準化を巡って、総務省やデジタル庁が個別の自治体の事情に合わせて移行期限を柔軟に見直す可能性が出てきた。自治体やベンダーとの信頼関係を修復するには、政治主導によるデジタル政策が今後どうあるべきか検証も必要だろう。

 東京都は2024年10月18日に、2025年度末の移行期限よりも「安全第一」へ転換を求める緊急要望を公表した。移行時の重大事故の発生や住民サービスの停止などが強く懸念されるとして、一律の移行期限にこだわらず、自治体や開発事業者の状況に応じた十分な移行期間の確保を求めた。移行経費についても、移行時期を問わず国が全額を負担することを早期に明確化するよう求めている。

 平将明デジタル相は2024年10月29日の閣議後記者会見で「デジタル庁として真摯に受け止めて、何ができるかといったところを今まさに検討をしている」と前向きに対応する方針を明らかにした。

 実は、デジタル庁などは東京都の緊急要望を歓迎しているもようだ。2025年度末の期限まで残り1年半と迫る中、総選挙後のタイミングで自治体の要望を契機に新たな方針を打ち出しやすいためだ。デジタル庁のある幹部は「言ってもらったほうがよい」と明かす。

 本稿執筆時点(2024年10月30日)では特別国会での首相指名選挙の日程が明らかになっておらず、次の政権の枠組みも見通せない。次期政権の在り方とは別にどのような対応が考えられるだろうか。

短期移行による政策効果と不信感

 全国約1700の自治体は2025年度末までに、住民基本台帳や戸籍といった計20の基幹業務システムを標準準拠システムへ移行するよう迫られている。2021年9月施行の「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律(標準化法)」により、自治体は基幹業務システムを標準準拠システムに移行する義務と、政府のガバメントクラウドに移行する努力義務を課されたためだ。

 この法律は菅義偉政権(当時)の政治主導によって成立した。しかし移行期限に間に合わない「移行困難システム」を抱える自治体が急増する見通しだ。自治体向けシステムの大手ベンダーが期限内の移行は困難だとして移行作業の発注者である各自治体にスケジュールを大幅に遅らせると通知したことも要因の1つだ。

 事の善しあしは別にして、政治は物理の力学のように動く場面がある。政策を一直線に突き進めてきた官僚が、業界団体などの外部の強い批判や要望といった耳目を集める力を利用して方向転換を図るのだ。官僚にとっては政治主導で動き出した政策を自らの手では止めずに、世論を踏まえたというストーリーに仕立てられる。

 そもそも2025年度末の期限は当時の官邸による政治主導で設けられた。自治体システム標準化やガバメントクラウドへの移行に対しては当初から、システムに詳しい複数の専門家がエンジニアの人材確保など様々な問題を理由に「2030年くらいまで時間をかけないと無理ではないか」と指摘していた。

 結局、誰も官邸を説得できなかった。官邸に近い立場にあったコンサルティング会社の幹部は「2025年は大阪・関西万博もあり、タイミングが良いと思って提案していた」と振り返る。同幹部も今や後悔を口にする。

 一方、2025年度末という短期間の期限設定には政策的な効果があったとの主張もある。「役所も民間も(2030年といった)10年後のために汗をかかない」(デジタル庁幹部)というのが理由だ。あえて短い期限によって移行を促す効果があったというわけだ。

 ところが、期限までに移行できない自治体が急増する事態が現実に迫ってきた。「無理なものは無理という中で、どのようなゴールポストの動かし方がいいのか必死に考えている」(デジタル庁幹部)という。要するに、政治主導の旗は残したまま自治体の現場に即して軌道修正する段階になったというわけだ。