「機械学習を活用して核融合発電の商用化を実現する」「量子コンピュータによる化学シミュレーションでバッテリー電極の劣化を防ぐ方法を発見する」――。これらはSF(サイエンスフィクション)ではない。米グーグル(Google)が実際に打ち出している野望である。
創業時から「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」を会社の使命として掲げ、自動運転車、血糖値を測れるコンタクトレンズ、へき地通信用の気球など様々な突飛なプロジェクトを明らかにしてきたグーグル。最近はこのSFぶりにますます磨きがかかってきた。
直近で発表したのは、グーグルが開発を進める量子コンピュータの使い道に関する研究成果だ。グーグルの量子人工知能研究所(Quantum AI Team)は2018年3月22日、量子ゲート方式の量子コンピュータで化学シミュレーションを実行するための新しい効率的なアルゴリズムを考案したと発表した(グーグルのブログ)。
量子コンピュータの用途はシミュレーション
グーグルが目指すのは、量子コンピュータを使って様々な化学反応を分子レベルでシミュレーションすることで、化合物の劣化を防いだり、より効率的に生成したりする方法を見つけ出すことだ。
化学反応を分子レベルでシミュレーションするには、分子の中で発生している「量子力学」の物理現象をシミュレーションする必要がある。量子力学のシミュレーションは「古典力学」の仕組みで動作する現在のコンピュータ(古典コンピュータ)には難しく、計算に膨大な時間を要する。しかし量子力学の仕組みで動作する量子コンピュータであれば、量子力学の物理現象を高速にシミュレーションできるとされる。
また量子コンピュータを使った化学シミュレーションは、アルゴリズムによっては完全なエラー訂正が不要。このため、量子ビットの少ない量子コンピュータでも、現在のコンピュータで不可能な成果を挙げられる可能性がある。
例えば、量子コンピュータで素因数分解の「ショアのアルゴリズム」を実行するには、エラー訂正に膨大な数の量子ビットを使用するため、数百万~数千万以上の量子ビットが必要だとされる。それに対して化学シミュレーションは、数百から数千の量子ビットがあれば結果を出せる可能性がある。
近く登場する量子コンピュータでも高速化が可能に
今回グーグルが論文「Low-Depth Quantum Simulation of Materials」で提案したアルゴリズムを使用すれば、従来より単純な量子回路で化学反応のモデル化が可能になるという。同社はブログで「単体の水素化リチウム分子ではなく、水素化リチウムの結晶をシミュレーションできるようになる」と効果を説明する。このアルゴリズムと、現在よりも大規模な量子コンピュータを組み合わせることで、バッテリー電極の劣化を防ぐ方法の研究などが可能になるという。
また同時期の論文「Quantum Simulation of Electronic Structure with Linear Depth and Connectivity」で提案したアルゴリズムによって、化学シミュレーションに必要な量子ビットの数を大幅に減らせるようになった。グーグルによれば従来のアルゴリズムでは、シミュレーションする電子の数がn倍になると計算時間がnの5乗に増えたのに対して、今回発表したアルゴリズムでは計算時間の増加が線形に収まるとする。このアルゴリズムによって、近いうちに登場する「量子ビットが少なく完全なエラー訂正ができない量子コンピュータ」でも化学シミュレーションが可能になるとしている。