現実空間とは別の「もう一つの世界」、メタバース。「単なるバズワード」と、その可能性に目を背けてしまうのは得策ではない。新たな世界でどんなビジネスチャンスが生まれるのか。本連載では、新刊『メタバース未来戦略 現実と仮想世界が融け合うビジネスの羅針盤』(日経BP)より、来たるべくメタバース時代に向けた多角的な視座を与えてくれる6人のキーパーソンインタビューをお届けする。(日経クロストレンド編集部)
メタバースとゲーム産業の親和性は高い。ベースの技術から、仮想空間にダイブした人たちを楽しませる仕掛けまで、知見の宝庫と言える。ゲームAI(人工知能)開発のトップランナーとして知られる三宅陽一郎氏は、メタバースにどのような可能性を感じているのか。(聞き手は、『メタバース未来戦略』著者の久保田瞬、石村尚也)
メタバース時代は複数のAIエージェントが活躍する
専門領域であるゲームAIと、メタバースの関係性はどう見ていますか。
三宅陽一郎氏(以下、三宅) ゲームAIはメタバースとの相性がいいと考えています。現実空間においてAIで人間の相手をしようとすると、とても大変なのです。表情や声色、身ぶりなど、人間同士では自然に読み取り、判断できますが、AIにとっては極めて難しい作業です。
対してメタバース時代には、人間が体を“捨てて”デジタル空間に来てくれるわけですからAI にとっては願ってもない環境です。人間の行動や状態のログが一人ひとりすべて取れますし、経済活動や行動履歴、誰と話したのかといったことも全部AIによる追跡が可能になる。それを駆使してAIを作れるし、人間をより助けやすくなると考えています。
AIがより進化し、生活の中に入ってくるということですか。
三宅 その通りです。メタバース時代が広がった先には、AI がエージェント(代理人)となって人間とAI が一緒に仕事や生活をする未来が来ると考えています。
今後、注目したいキーワードが「エージェント指向」です。ソフトウエアが能動的・自律的に判断を下し、対応する考え方を指します。エージェント指向は、AIの世界では1990 年代終わりから2000 年代初頭にトレンドになりました。例えば、マイクロソフトの「Microsoft Office」で実装されていた「オフィスアシスタント」と呼ばれるイルカを覚えている人も多いかと思います。後は、1997年にソニーネットワークコミュニケーションズが提供を始めたメールツール「PostPet(ポストペット)」で“手紙”を届ける役目を持ったピンクのクマも、その一例です。こういったキャラクターは、オフィスツール空間では居場所を追われましたが、メタバース空間では再び活躍する場所が与えられます。
当時に比べてマシンスペックは大幅に上がり、自然言語処理も高度化しました。そこでもう一度、エージェント指向に注目が集まっているのです。メタバース空間は、前述のように人間のデータがより精緻に取れ、AI はより対応しやすくなります。エージェント指向が再び、大きな動きになるのではないかと期待しています。
また将来的には、1人のユーザーにいろんなAI エージェントが、“使い魔”のように付くと想像しています。例えば、SNSに対応するのはこのエージェントといったように、ある特定の機能を持ったエージェントをいくつも持つイメージです。SNSにおいて、面倒臭ければエージェントに受け答えを丸投げしておくといったことも可能になるかもしれません。
今、SNS上ではギスギスしたコミュニケーションも目立ちますが、AIエージェントを介在させれば円滑になる可能性があります。人間同士のコミュニケーションは、過熱する方向に向きやすい。SNSの普及で、以前なら会えない・会わない規模の人と触れ合えるようになりました。その結果、物理学の“衝突断面積”とでも言いましょうか、人と衝突する“量”が圧倒的に増えているのです。
そこにエージェントが入ることで冷却できる。つまり、「人間←→エージェント←→エージェント←→人間」といった交流によって、衝突を回避するわけです。一見ドライに思えるかもしれませんが、エージェントを介することで過剰な熱量や強すぎる思いは一旦落ち着いて、関係性は円滑化すると考えられます。
仕事もエージェントと一緒に行うことで効率化が進みます。例えば、待ち合わせやアポの日程調整はエージェントに任せればいい。足りない情報をエージェント自らが集め、調整する。メタバース時代であれば情報は集めやすくなりますから。
人を助けるAIは、ゲーム会社も今までのノウハウを生かせますし、AIベンチャーも力を発揮できます。既存のIP(知的財産)やキャラクターを組み合わせることもできるでしょう。機能重視のものから、娯楽向きのものまで、多様に生まれてくると思います。それをユーザーは、適材適所、自由に組み合わせて使う。ポケモンカードで「俺のデッキ(対戦に使うカードのセット)はどうだ!」と自慢し合うのと同じ現象も生まれるかもしれません(笑)。こうしたマルチエージェントの状態が自然になるのではないかと思います。