中国Zeekr(ジーカー)の電気自動車(EV)「007」を分解した後、コンプレッサーやラジエーター、各種配管などの熱マネジメント(熱マネ)システム関連の部品を集めて復元した。これを基に回路図を独自に描き起こし、空調や各コンポーネントの冷却/加温運転の状態を詳細に分析すると、Zeekrの設計思想が見えてきた。
熱マネはEVの性能を左右する極めて重要なシステムだ。その目的は、EV全体の熱を無駄なく活用してエネルギー消費を抑えながら、空調や電池、モーターなどの温度を最適に保ちEVの性能を最大限引き出すこと。熱マネシステムの良しあしは、車内の快適性や航続距離、充電速度といったEVの利便性に直結するため、自動車メーカーの実力差がはっきり出る領域である。
除湿暖房もできる回路
「これほど多くの機能を盛り込んだ空調システムは見たことがない」――。
自動車空調やEV熱マネを手掛けるサンデンで空調システム設計を担う技術者は、007の冷媒回路を見てこう驚きをあらわにした。「多くの自動車メーカーが空調システムのコストを削る傾向にある中、007の空調システムに関わる部品点数は、今まで調査してきたEVの中で一番多いかもしれない。空調機能にかなり力を入れていると推察できる」(同技術者)と話す。
日経BPが過去に分解調査した米Tesla(テスラ)の「Model 3」やドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)の「ID.3」と比較すると分かりやすい。例えば、流路を制御したり冷媒を減圧したりするバルブ類の数はModel 3やID.3では5~7個程度だったが、007では10個備えており、回路もより複雑だ。
その分、007はエネルギー効率に優れた冷凍サイクル(ヒートポンプ)システムを使って、他社より多くの空調モードを実現できる。特筆すべきは除湿暖房モードだ。前出の技術者によると、冷媒回路だけで除湿暖房ができる車両は珍しく、「2~3車種しか知らない」という。
除湿暖房とは、空気を露点以下に冷却して空気中の水分を除去した後に、空気を暖め直して乾いた暖かい空気を送る機能である。冬季にクルマのフロントガラスの曇りを晴らす時などに便利である。熱源としてエンジン排熱が使えないEVでは、除湿暖房時は電気ヒーターで空気を暖める方法が一般的だった。007が採用したヒートポンプで空気を加温するシステムでは、冷媒回路が複雑になりコストが上がる半面、電気ヒーターと比べてエネルギー消費が少なく、航続距離を伸ばせる。
エネルギー効率を重視するZeekrの思想は、部品設計からも見受けられた。車外コンデンサーユニットやエアコンユニット(HVAC)を注意深く観察すると、2枚並んだ冷媒用と水(クーラント)用の熱交換器のうち、冷媒用のものが風上側に配置されていた。先に空気が通過する方が交換できる熱量が大きく、システム効率も高まる。こうした設計を見て、「007の熱マネは冷媒回路が主役なのだろう。冷凍サイクルの効率を極限まで高めてエネルギー消費を抑えようとする設計思想がうかがえる」(同技術者)との見解を示した。
除湿暖房モードを例に挙げて、007の冷媒回路を詳しく解説する。このモードでは、開閉弁Bと膨張弁Cが閉じる。コンプレッサーから吐出された高温高圧の冷媒蒸気は、車内コンデンサー(凝縮器)で熱を放出して高温高圧の液体となる。その後、冷媒は車内と車外に分岐して膨張弁で減圧された後に、車内エバポレーター(蒸発器)や車外コンデンサー(ここでは蒸発器として機能する)で蒸発する。この際に周囲から熱(気化熱)を奪うことで空気を冷やす。
一方、車内のエバポレーターを通過した空気は、露点以下に冷やされて除湿された直後に、コンデンサーで暖められる。膨張弁AとBの開度を調整することで、車内と車外に送る冷媒の流量を制御して、車内の温度を調節できる。加熱能力が不足した場合は、水回路の補助暖房を起動する。
007の空調の運転モードとしては、除湿暖房の他に冷房、外気吸熱暖房、排熱回収暖房が実行可能だ。これに、水を冷却するチラーの機能を加えた5つの基本モードを組み合わせて、車両全体の熱をコントロールする。
急速充電の冷却は妥協したか
サンデンの技術者は、007の盛りだくさんの空調システムとエネルギー効率を追求した巧妙な部品設計に感心しつつ、「チラーの大きさには違和感がある」と指摘した。