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 2024年ごろからヒューマノイドロボット(人型ロボット)へ急に注目が集まるようになった。その大きな要因は、大規模言語モデル(LLM)をはじめとする人工知能(AI)技術の発展と応用であり、それによって米中でヒューマノイドロボットの開発が活発化していることだ。一方で人型などロボットの形態にこだわらず、家庭、協働、建設、自動運転、物流倉庫といったロボットアプリケーションにおいても、LLMの応用が進んでいる。本連載ではロボットアプリケーションをリードする実務者との対話も踏まえ、様々なロボットの発展について見ていく。
(出所:日経クロステック)
(出所:日経クロステック)
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 「カチャカ」と聞けば、ロボットに詳しい読者なら、何のことかすぐに分かるだろう。Preferred Networks(東京・千代田:以下、PFN)の子会社であるPreferred Robotics(以下、PFR)が2023年5月に発売した家庭用ロボットである。

 AIスタートアップの老舗PFNが家庭用ロボットに参入と聞いた時、筆者には2つの感情が交錯した。まずは期待である。2022年12月に英Google DeepMind(ディープマインド)が公開した「RT-1」のデモンストレーションは、家庭用ロボットが新しい局面を迎えたことを多くの人に期待させた。このトレンドの延長で、PFNが何か新しいことをやってくれる、そんなワクワクするような期待である。

 もう1つは不安である。家庭用ロボットはロボットのアプリケーションの中でも難易度が特に高く、言葉を選ばずに言えば、鬼門のような存在である。一般の人が「家庭用ロボット」と聞くと、手塚治虫の「火の鳥」に登場する「ロビタ」のようなロボットを想像するかもしれない。こんなロボットがあれば便利だろうが、現実に目の前にいる家庭用ロボットができることとのギャップを知ると、がっかりするに違いない。

 ロボットにとって“快適”な空間とは、構造化された環境である。壁、通路、作業エリアなどがはっきり区分けされ、障害物もほとんどなく、動線が確保されている場所でこそ、本領を発揮する。

 それと真逆なのが家庭環境なのだ。多くの部屋には生活用品が散乱しているし、家具の配置が変わったりもする。また、人やペットは不規則に動く。いずれもロボットの移動や作業を阻害する要因であり、ロボットにとってはむしろ“不快”極まりない空間だ。それに場合によっては、ロボットが人やペットをけがをさせる危険にもつながりかねない。

 今回、取材させていただいたのはPFRを率いるCEO(最高経営責任者)の礒部達氏である。礒部氏は大学でロボティクスを専攻した後、エンジニアとして三菱重工業、トヨタ自動車のロボット部門を渡り歩いた。ロボットを造って売ることの難しさについては身をもってよく知っているだけに、PFRが一敗地にまみれないだけの仕掛けを3つ埋め込んだという。

 その3つとは、(1)家庭用ロボットを再定義したこと、(2)ロボットの機能を固定し、B2C(家庭向け)とB2B(事業所向け)の二面作戦を実行したこと、(3)親会社であるPFNが蓄積した技術資産を有効活用したこと――である。以下、順番に見ていこう。

PFRが家庭用ロボットに関して取り組んだ3つの仕掛け
PFRが家庭用ロボットに関して取り組んだ3つの仕掛け
「家庭用ロボットの再定義」「B2C/B2B二面作戦」「技術資産活用」に取り組んだ。(出所:園田展人)
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