「提案書とは何か?」―。まずは初心に戻り、こう問いかけたい。特に提案書の作成がマニュアル化されている企業は注意すべきである。顧客への貢献度は明確化されているか、顧客の視点で見たときに意思決定につながるか、などをチェックすることで提案書の質は高まる。
私は、かつて経営コンサルタントとして様々な提案を行ってきた。これらの経験を踏まえ、システムエンジニア向けに「SEのための提案書のつくり方」(日本能率協会マネジメントセンター)という本を執筆した。そして最近は、多くの企業から提案書を受けとる立場に変わっている。このような経歴を持つ私が、改めて提案書の書き方について連載するに当たり、最初のテーマとして選んだのが「提案書とは何か」だ。受け取る側として提案書を見ていて感じるのは、考え方が不十分なためか、残念ながら価値のない提案書であるケースが多々あるからである。そこで本連載では、前半で「提案書には何を書くべきか」など基本的な行動原則を解説し、後半で具体的に提案例を取り上げ、顧客としての視点も交えながら解説したいと考えている。
まずは「提案書とは何か」という基本的な部分を考えてみよう。結論から言えば、答えは3つの観点から考えるべきだと思っている。1つ目は、提案するソリューションプロバイダ側の観点。2つ目めは顧客側の観点。そして最後が、この2つの点をつなぐ“橋”としての観点である。
図●提案書とは何かを解き明かす3つの観点 言葉や立場の壁を越える存在になる |
提案側の観点では、貢献を約束する宣言書
提案側の観点では、提案書は「自分たちは何ができるのか」「どれほど貢献できるか」をアピールするものだ。ただし、自分たちの強みを強調するだけの提案書なら“うるさい”だけの存在であり、顧客に言われたことだけでプラスアルファがないならば、ハードの値段だけしか価値を示せなくなる。大事なことは、提案書の中で顧客の期待に対して充分に貢献できることを示すことであり、その貢献を明確に約束することである。いわば宣言書と言えるだろう。
このとき、1つ忘れてはいけないポイントがある。それは顧客の期待をどうとらえるか、である。顧客がソリューションプロバイダに期待することは、「何のために作るのか、何のために作業するのか」という目的を理解し、最適なIT手段を選択してほしいというものである。手段は変更可能だが、期待の裏にある目的は変わってはならない。このことを意識して貢献度をアピールすべきである。
顧客側の観点では、投資の意思決定を促すツール
顧客にとっては、提案を依頼するのは、問題や課題を抱えており次の一手を模索しているときである。次の一手を打つに際して、積極的な投資を行うべきなのか、極力抑えた投資を行うべきなのか意思決定を迷っている場合が多い。そのようなときに提案を依頼しているのだから、提案書は顧客の次の一歩を踏み出すための後押しを行うツールであるべきである。
これほどは迷っておらず、既に投資への意思決定をしている場合でも、次のステップへ向けて他社の提案書との比較材料にしたり、投資への意思決定をする社内手続きを行う元資料にしたりすることがある。いずれにせよ顧客にとって次の一歩を踏み出しやすい提案書が喜ばしいのは明らかであろう。
提案書が、読むのに骨が折れるようなやたら分厚いものであったり、顧客が自分たちに当てはめることができないような内容では意味がない。提案者の意思が伝わらない、もしくは迫力がないものは、意思決定を阻害したり遅延させてしまう。この意味では、提案書とは、投資への意思決定を促すための重要なツールといえる。
言葉や立場の壁を乗り越えるために不可欠な存在
3つ目の観点は、提案書は提案側の認識と顧客側の認識の溝を埋めるための橋渡しを行う重要なコミュニケーションツールになる、というものだ。提案とは、仕事が獲得できれば終わりではなく、顧客との長い関係を築き上げていくための第一歩である。提案書を通じて、お互いの問題認識を理解し合い、会話だけでは分かりあえなかった言葉の壁や立場の壁を乗り越えていくのである。
あるとき、こんなことがあった。某有名企業のコンサルタントが提案のプレゼンテーションの席で、「事前に資料をお送りしているので、既に読んでいただいていることでしょう。また、よくご存知の専門的な分野ですからご説明は不要と思いますので、ご質問をお受けします」と切り出した。顧客の立場から言えば、事前に読んでいるとは限らない。また専門的な分野だからこそ提案書を説明し、互いの理解度を確かめ合うことが必要である。プレゼンテーションの場では、説明をしながら顧客がこれまで考えていなかったことに気付きを与えることがある。新たな考えを引き出し、一緒になって解決策を探る雰囲気が出てくる。もしこのコンサルタントが提案書とは何かを理解していれば、コミュニケーションを放棄することはなく、顧客になぜこんなにまでお金をかけてやらなければいけないのかと意思決定を迷わせることもなかっただろう。また、顧客が、このコンサルタントは本当に役に立つのだろうかと疑念を感じることもなかった。
顧客に対して貢献する項目が記述されていない提案書はないと思うし、意思決定をしてもらわないと仕事を取れないのだから意思決定を妨げるような提案書も本来はないはずである。しかし、いざ提案書を書き始めると忘れてしまっている場合が多い。
特に提案書の作成においてマニュアル化が進んでいる企業は、かえって陥りやすい罠である。マニュアル通りにやればいいのだと考えてしまい、自社にある過去の類似の提案書やテンプレートをそのまま使ってしまうなどはよく見られる。このような失敗をしないために提案書とは何かを日頃から意識しておくことはもちろん、提案書を書いた後にチェックをしてほしい。「顧客への貢献度は明確化されているか」「顧客の視点で見たときにこれで意思決定ができるか」、さらに「提案書を使いながら顧客に新たな気付きを与え、一緒に検討してみたいと感じさせられるか」などを確認することをお勧めする。
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