iPadは、世界の携帯電話業界を大きく揺さぶった端末だ。2010年1月の発表から多国展開が始まった5月まで、「自分の国ではどのキャリアがiPadを扱うのか」が話題になった。日本ではNTTドコモがアップルとの契約前にiPad向けに「SIM」(シム)と呼ばれる通信用チップを提供すると宣言した。ところが、日本国内でiPadを扱うキャリアはソフトバンクモバイルに決まった上に、他国のiPadにはない「SIMロック」と呼ばれる仕様になり、NTTドコモはSIMを提供することもできなくなった。日本の携帯電話事業者の最大手であるNTTドコモは、恥をかかされることになったのである。
キャリアに要求を突き付けるアップル
アップルとキャリアの間には、契約締結後も常に緊張感が漂う。アップルは、キャリアに独占販売権と引き換えに、iPhoneの料金プランや販売方法などについていろいろとうるさく口を出したり、販売台数のノルマを課したりする。というのは、アップルは通信料金や製品の普及度などを含めたすべてを「iPhoneの体験」と考えているからだ。例えばiPhoneでは、どんなにインターネットにつないでも上限がある定額制料金プランを採用することが、半ば義務付けられている。
カナダのキャリアであるロジャース・コミュニケーションズは、こうしたアップルの要求に応えられず、iPhoneの販売成績も芳しくなかった。そこでアップルは、あっさりと独占販売契約を打ち切り、第2、第3のキャリアと契約を結んだ。アップル側の要求は非常に細かく、キャリアごとに公の場でiPhoneについて公式コメントを発せられる人物の人数などを制限したり、店頭の展示で紹介するアプリについても細かい規定があったりする。どのアプリを紹介するかによってiPhoneという商品イメージが変わるので、徹底してブランドコントロールをしているのだ。
こうしたアップル側の要求に、いちいち立ち止まり、本社に持ち帰って検討しようとするようなキャリアでは、到底アップルと契約を結ぶことはできない。その点、孫正義社長兼CEOが率いるソフトバンクモバイルは、条件を満たせる存在だと言えよう。
キャリアにとっての4つのiPadショック
もっとも、2010年にiPadが登場すると、良好だったアップルとソフトバンクモバイルの間に、再び緊張感が漂い始める。米国で発表されたiPadの第3世代携帯電話(3G)版向けサービスの詳細は、携帯電話業界に一石を投じるものだったからだ。驚くべき点は4つあった。
1つは、月額料金の安さだ。米国の販売パートナーになった米AT&Tは2つの料金プランを用意しているが、一つは最大データ通信量が250Mバイトまでで14.99ドル。もう一つが通信容量無制限で月額29.99ドル(3000円弱)で実現してしまうのだ(注:AT&Tは6月2日になって新規加入者に対して容量無制限のプランの提供をやめると発表した。新しいプランでは容量2Gバイトまでで、その代わりiPhone/iPadを無線LANルーターとして使うテザリングと呼ばれる機能が使えるようになる。また、容量超過分に関しては1Gバイト当たり10ドルの追加料金で通信できる)。
2つ目は、契約不要のプリペイド方式を採用したことだ。アップルのスティーブ・ジョブズCEOは、「iPadを使うのに2年契約を結ぶ必要はない」と説明した。海外に行ってiPadを無線LANでしか使わない月は、月額料金を支払わずに済む。戻ったらプリペイドの料金を支払うという使い方もiPadではできるのだ。つまりiPadでは、販売奨励金は採用されていない。アップルは、手にするまで魅力が伝わりにくいこの製品を少しでも買いやすくするために、自らの利幅を削って低価格を実現している。
3つ目は、iPadが「SIMロックフリー」と呼ばれる端末であることだ。これは、世界中のiPhoneキャリアに大きな衝撃を与えることとなった。SIMとは、携帯電話の電話番号などの情報が入った親指大のカードで、携帯電話はSIMを入れることで使えるようになる。元々はヨーロッパなどで、携帯電話の機種変更をしても、同じ番号や設定を簡単に移行できるようにと使われ始めた。新しい携帯電話端末を買っても、古い端末からこのSIMカード(写真1)を抜いて差し替えれば、すぐに同じ番号で使えるようになる、というものだ。