先日、アクセンチュア・パブリック・サービス・バリュー・インスティチュートのグレッグ・パーストン所長に取材する機会を得た。アクセンチュアではパーストン氏が中心となり、住民の行政へのニーズを探るための調査「グローバル・シティ・フォーラム(GCF)」を各国の都市で実施している。
GCFでは、各都市の市民数十人に集まってもらい、議論を進める中で市民が求める公共価値を探っていくというスタイルで調査を実施している。参加者は、(A)市民、(B)納税者、(C)サービス利用者という3つの異なる立場からのロールプレイ形式などによる議論を行う。2007年はパリ、マドリード、シンガポール、ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドン、ベルリン、シドニーの8都市で調査を実施した。2008年はオスロ、トロント、東京、ダブリン、ローマの5都市で実施している(発表資料。東京での調査結果の分析は今年末から来年に掛けて発表予定とのこと)。
パーストン氏は、各国都市の市民による議論から浮かび上がってきた市民ニーズとして以下の2つを挙げる。
- 世界中のどの都市でも、人々は自分たちのニーズを全体、包括的に提供してくれるような公共サービスを求めている。つまり、特定の省庁、あるいは特定の機関が何を提供してくれるのかということではなく、公共、民間企業、あるいはNPO(非営利組織)もすべて含めて、自分たちのニーズを全体で満足させてくれるようなサービスがほしいと思っている。
- 市民は、より行政に「かかわりたい」と思っている。そして政府や地方自治体には、より多くの情報提供、説明責任、そして透明性を求めている。
では、日本の電子政府/電子自治体の現状はどうだろうか。日本の電子政府戦略は「1.」、つまり、オンライン申請の検討に偏重しており、「2.」のニーズに対応するような、戦略的な情報提供という視点に乏しいのではないだろうか。その点については、前回執筆した記者の眼で触れた。また、地方自治体での取り組みを見ても、市民の行政参加に必要な情報はWebサイトで十分に公開されているとは言えない傾向にある。このことは「e都市ランキング 2008」の調査結果で明らかになっている(関連記事)。
Webサイトは、大量の情報を低コストで市民に提供できる。この仕組みを活用して、政府、あるいは自治体全体として、どのように情報を提供していくのか。「電子政府/電子自治体」戦略の一環として、組織横断的な目標を設定して検討していくべきではないだろうか。
断片的な“不祥事”情報が、ネガティブ・イメージを増幅
以下、「2.」の視点に関するパーストン氏の発言を紹介する。市民の生の声をベースにした氏のコメントは、情報提供という観点から電子政府/自治体のあり方を模索する上での示唆に富んでいる。
- 世界8カ所の都市の市民にロールプレイをしてもらいましたが、「納税者の役割」を振られた人たちはなかなかうまく議論ができませんでした。「どうすれば行政サービスの質を上げていくことができるか」「どうすれば公平なサービスを提供できるのか」といったことについて、納税者の視点から何を発言してよいのか分からないという傾向が見られました。
- 興味深かったのは、ロサンゼルスは他の都市と比べて比較的「納税者の役割」がよく理解されていたということです。(ロサンゼルスがある)カリフォルニア州では、毎年毎年、住民が州の予算案に対して可否を投票しなければいけないことになっていて、その投票がきちんと行われるように行政側から公共支出内容に関するたくさんの情報が提供されています。たくさんの情報が行政側から提供されていれば、納税者としての自覚/理解がより深まる、という関係になっているのではないでしょうか。
- 市民が求めている情報というのは、各省庁、あるいは地方自治体の各部署がいくら支出したか、というような情報ではないと思います。例えば、「ある支出によって心臓病がどれだけ減った」「教育分野でこうした政策を実施した結果、これだけの研究者が大学に来た」といったような、税金を使ったことによって、私や私の家族、近所の人たちがどういうメリットを享受できたのかという、個別具体的な情報がほしいのです。そして、そうした情報提供が少ない都市の市民に限って、「国や地方自治体は非効率である/無駄が多い」と漠然と思っているという結果が出ています。
- 「行政は非効率である」と思っている市民に対して、具体的にどのようなエビデンス(証拠)でそう思うのかを聞いてみると、税金の無駄使いといった“不祥事”の報道から情報を得ていることが多いことが分かりました。つまり、「その時々で行政側がどのような支出の判断を全体の中で下しているのか」ということを考慮した結果ではなく、「あの無駄使い」「あの不祥事」という個別のエピソードばかりが“証拠”として上がってくるのです。
- 要するに行政側が、「非効率」「無駄が多い」といったイメージを作ることを許してしまっている状況があるわけです。この状況は、行政から十分な情報提供がなされていないことから起こっています。
- しかも調査対象となったすべての都市に共通して言えたのは、市民たちは「より行政にかかわりたい」「より発言力を増したい」「より参加もしたい」と思っている、ということです。
- 市民に対する情報提供を増やせば、より市民参加を促すことができます。つまり、共に公共サービスを生み出す側に、市民をパートナーとして引き寄せることができ、それだけ行政にとってリソースが増えるというメリットにつながると思います。
少子化、高齢化、自治体の財政難など、日本の行政が抱える問題はこれからより深刻になっていくと予想される。順調なときには関心を持つ人は少ないかもしれないが、問題点が大きく浮かび上がるほど市民の行政への関心は高まるだろう。今回のパーストン氏のコメントは海外の先進諸国における全体的な傾向についての話だが、より広範で分かりやすい行政情報を提供してほしいという市民ニーズは、日本においても高まりこそすれ後退することはないと思われる。