20日(現地時間)、ドナルド・トランプ大統領はトランスジェンダーの権利にまつわる「「ジェンダー・イデオロギーの過激主義から女性を守り、連邦政府に生物学的な真実を取り戻す」と題された大統領令に署名した。これは、2021年1月6日に連邦議会議事堂で起きた暴動未遂事件で有罪判決を受けた1,500人以上の恩赦、パリ協定および世界保健機関(WHO)からの離脱、多様性、公平性、インクルージョンに関する連邦プログラムの解体、メキシコ湾の名称変更などと並び、トランプ大統領が就任初日に発表した200以上の大統領令の1つだ。また、トランプ大統領は、トランスジェンダーの人々の兵役を認めたバイデン政権時代の政策の撤廃や、出生地主義の市民権を剥奪するガイダンスを発表し、イスラム教徒が多数を占める国の人々の米国入国を禁じた第一次政権時の「渡航禁止令」復活への道を開き、米国国境で国家非常事態を宣言した。
早いタイミングで広く予想されていた、トランプ大統領の反トランスジェンダー政策は、前政権からの劇的な転換を意味する。そのなかには、連邦レベルでの性別の再定義、政府のコミュニケーションにおけるトランスジェンダー認知の削除、性別を修正した米国パスポートの発行停止、収監されたトランスジェンダー女性の女性刑務所への収容禁止、トランスジェンダー受刑者への性別適合医療の拒否、職場でのトランスフォビアの助長、連邦政府の資金が「ジェンダー・イデオロギーの促進」に使用されることの阻止などが含まれる。具体的な内容の多くが未定のため、これらの政策をどこまで推進するつもりなのかは不明だ。
「性別の生物学的現実を根絶しようとする取り組みは、女性の尊厳、安全、幸福を奪い、根本的に女性を攻撃するものである」「女性だけでなく、アメリカのシステム全体の妥当性にも悪影響を及ぼす。連邦政府の政策を真実に基づいて行うことは、科学的調査、公共の安全、士気、政府自体の信頼にとって極めて重要である」と大統領令は述べている。
同令が出された直後、LGBTQ+支援団体は強く反対する意思を示した。「私たちは、この違法かつ違憲な行為に異議を唱えるため、あらゆる法的手段を模索しています。これは政治やイデオロギーだけの問題ではなく、実際の人々の生活に関わる問題なのです」と、ラムダ・リーガルCEO ケビン・ジェニングスは声明で述べた。「次の4年間で、すべての反LGBTQ政策を訴えることはできないかもしれないが、我々のコミュニティへの攻撃が無視されることはないので安心してほしい」とも呼びかけた。
以下に、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々の権利を後退させる大統領令について、知っておくべきことをまとめて紹介する。
性別は「男性と女性のみ」とする二元論的考えを提唱
就任演説でトランプ大統領は、「今後、男性と女性の2つの性別しか存在しないことを米国政府の公式方針とする」と述べた。トランスジェンダーの平等に関する最初の大統領令は、その約束を明記しており、連邦政府の政策における性別の全面的な再定義から始まる。この文書では性別を「男性または女性のいずれかとする不変の生物学的分類」と狭義し、性別は「ジェンダー」や「性自認」と同義ではないと明記している。このような表現は、トランスジェンダーの人々を否定し、ノンバイナリーやインターセックスなど、性別の二元論にとらわれない個人の存在を全く無視するものである。
連邦政府によるトランスジェンダーの認識の廃止はトランプ政権の長年の目標であり、その前任期にまで遡る。2018年10月、トランプ政権は20日(現地時間)の就任初日と全く同じ言葉でジェンダーを定義する内部メモを公表。そこには、性別は「明確で科学的根拠があり、客観的で管理可能な生物学的根拠に基づいて」決定されるべきとも明記されていた。当時、1,600人以上の科学者が公開書簡を通じてそのメモに反対し、政権のジェンダーに関する限定的な理解は「疑似科学」に基づいていると述べた。
先日の大統領令の大部分で、現政権はこの社会がトランスジェンダーの人々をどのように捉え、議論するかを変えようとしている。トランプ大統領は、バイデン政権時代に施行されたトランスジェンダー学生の支援や、幼稚園から大学までのキャンパスにおけるLGBTQ+ハラスメントに対抗するための指針を含む、いくつかの重要な文書の撤廃を命じている。
パスポートの性別表記「X」の発行停止
トランプ政権によるノンバイナリーやインターセックスの人々の権利縮小の動きは、パスポート発行に関する部分にまで及んでいる。今回の大統領令では、国務省が発行するすべての「パスポート、ビザ、グローバルエントリーカード」に「所持者の性別を正確に反映させる」ことを義務付けている。これは、個人が自認するアイデンティティではなく、出生時に割り当てられた性別として定義されている。
この大統領令は現時点では不明な部分も多い。バイデン政権は2022年4月、性別を正確に反映したパスポートなしでは国際旅行ができなかったインターセックス当事者ダナ・ジムの訴訟を受け、「X」パスポートの発行を開始した。同令には、「X」と記載されたすでに発行済みのパスポートが有効なままなのか、それとも遡って取り消されるのかが明記されていない。第1次トランプ政権下では、発行済みのパスポートが取り消された取り消されたという報告や、正確な書類の下で申請が却下された者もいた。
トランプ政権がパスポートの修正拒否をどこまで拡大するかはまだわからないが、同令の「所持者の性別」への言及は、連邦政府がすべての申請者の性別表示訂正を全面的に拒否する意向であることを示唆しているように見える。一方で、これは裁判所の反対にあう可能性が高い。判事らはこれまで、性別修正パスポートを求めるトランスジェンダー、ノンバイナリー、インターセックスの原告の憲法上の主張を常に支持してきた背景がある。
トランスジェンダー受刑者の保護を撤廃
今回示されたトランスジェンダー受刑者に対する大統領令は、住居と医療の両方に影響を及ぼすものだ。司法省と国土安全保障省に「男性が女性刑務所に収容されたり、女性拘置所に収容されたりしないようにする」よう指示し、刑務所がトランスジェンダー女性を性自認に従って収容することを禁じようとしている。また、司法長官に「受刑者の外見を異性に適合させる目的で、いかなる医療処置、治療、薬剤にも連邦資金が支出されないようにする」ようにも命じている。
これらの方針は多くの大統領令と同様、第一次トランプ政権まで遡る。トランプ政権下で刑務局は、性的暴行や暴力を防ぐために収容場所を決定する際に収容者の性自認を考慮するよう勧告したオバマ政権時代の方針を静かに取り消した。調査によれば、トランスジェンダー女性が刑務所内で性的虐待を経験する可能性は、ほかの受刑者より9倍高いという。
収監されているトランスジェンダーの人々の権利を抑制しようとする試みは、おそらく法的な問題に直面するだろう。過去にACLUのチェイス・ストランジオが語ったように、憲法修正第8条と第14条はどちらも、連邦刑務所がトランスジェンダーの受刑者に必要な医療を提供し、それに性別適合治療を含むことを求めている。2024年9月の大統領選討論会でトランプ大統領は、カマラ・ハリス前副大統領が「刑務所にいる不法移民への性転換手術」を支持していると発言し批判を呼んだが、同様のケアは第一次トランプ政権時にも行われていた。一例として2020年7月、アドリー・エドモは3年におよぶ闘いの末、念願の性別適合手術を受けている。
職場や日常的なハラスメントが増加する可能性も
トランプ政権が発令したトランスジェンダーの権利を制限する大統領令の多くは、おそらく意図的に曖昧にされている。例えばその1つでは、1964年公民権法が適用される職場や連邦政府が資金を提供する団体において、「性別の二元性を表現する自由と男女別スペースを確保する権利」を起草するよう司法長官に命じている。
この内容は、職場でのLGBTQ+差別は連邦法で違法であるとの判決を下したボストック対クレイトン郡裁判に反しているように見える。一方で、最高裁の2020年の判決には言論の自由を明確に制限するものはない。実際同裁判所は、信仰に基づく異議がある場合はいくつかの差別禁止法に従う必要はないという判決を繰り返してきた。いわゆる「信教の自由」を重視する姿勢は、第一次トランプ政権の主要要素であったのだ。当時、ホワイトハウスは「良心上の異議」を持つ医療従事者に対し、LGBTQ+の人々への治療を拒否する権限を与えようとしていた。第二次政権でも同様の内容が再検討される可能性が高いことが示唆されている。
職場に関する具体的な規定はまだないように見えるが、今後職場における不当な扱いが助長される可能性が高い。ボストック判決の下で、LGBTQ+差別は依然として違法であるが、当事者の半数近くが職場で自分のアイデンティティに基づくハラスメントや不当な扱いを経験したことがあると答えている。もしトランプ大統領が、差別的な人々に信仰に基づく隠れ蓑を与えることで、既存の差別禁止法を無効化しようとしているのであれば、その試み自体がLGBTQ+当事者を標的とした差別的扱いを助長することになりかねない。
次の4年間で起こると予想される攻防の動き
トランプ大統領による反トランスジェンダー的な大統領令の特徴は、その内容が網羅されていないということだ。メディケイドやメディケアを通じた性別適合医療の提供を制限するのではないかという憶測があるにもかかわらず、月曜日に発表された文書ではそれに触れていない。また、幼稚園から大学までのトランスジェンダーアスリートが、性別に応じたスポーツチームに所属し競技できるかどうかについても触れられていない。そのほかの措置は各機関に委ねられている。例えば、大統領令内で住宅都市開発省(HUD)に対し、「男女別レイプシェルターを求める女性を保護する」政策を作るよう指示している。しかし、HUDのベン・カーソン長官は第一次トランプ政権時、トランスジェンダーの女性をシェルターから締め出そうとしていた上、当事者らを「毛むくじゃらの大きな男性」と呼んだと報じられた。権限が委ねられた先で、さらなる権利の縮小が起こる可能性は大いにある。
次々に大統領令を出し続けるなか、「これらの大統領令は、数あるうちの一部だ」「トランプ大統領が選挙活動でやると言ったことは、すべてその約束を果たすことになるだろう」と匿名の政府高官はフリー・プレスに語っている。同政権下において、さらにトランスジェンダーの権利が剥奪されることはほぼ確実だろう。トランプ陣営はすでにトランスジェンダーの権利に対する攻撃の布石を敷き始めているのだ。その一つとして、バイデン政権における重要な決定の1つであった、トランスジェンダー入隊禁止の指針撤廃を取り消した。今回の大統領令では、何千人ものトランスジェンダーの軍人を解雇するまでには至っていないが、そうする用意があることを示している。
同時にこのような不当な行為に対して、LGBTQ+支援団体は立ち向かう用意があることを改めて表明する。ヒューマン・ライツ・キャンペーンのケリー・ロビンソン代表は声明のなかで、「新政権は私たちのコミュニティを分断し、私たちの強さを忘れさせようとしてきます。しかし、私たちは屈したり脅されたりしません。どこにも逃げず全力で有害な規範に反対します」と述べた。
権利を守るために私たち一人一人ができること
トランスジェンダーやノンバイナリー、インターセックスを含むLGBTQ+の人々はこれまでも存在してきており、これからもこの世界に存在し続ける。その権利を守っていくために周囲の人は、まずは当事者たちの存在を認識し、耳を傾け声を聞くことが不可欠だ。正しい代名詞を使い、差別や偏見を許さず反対する姿勢を貫くことも最優先となる。権利のためにともに闘う仲間やコミュニティが常にあることも忘れないでほしい。
また、当事者の若者が正しい情報や居場所を得られるように支援することも重要だ。必要な場合には、プライドハウス東京やNPO法人Rebitでサポートを受けることができる。
特定の人々やマイノリティの権利を奪おうとする政治家や政権が台頭していても、その尊厳や存在を奪うことはできない。市民および社会全体で声を上げることで、権利の保障に向けて歩みを進めていきたい。
Text: Nico Lang Adaptation: Nanami Kobayashi
From: THEM
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