ようやく自転車で走り回ることができる気候になった。ありがたいことだ。
 もっとも、サドルに乗ったところで、行く先は知れている。たいした走力があるわけでもないからだ。自宅から10キロ圏内を行ったり来たり。精一杯足を伸ばしても20キロが限度だ。ハムスターが車輪の中を走り回っているのとたいして違わない。堂々巡りだ。ハムスター・サイクリスト。自己完結トラベラー。クローズド・ライダー。スタック・インサイド・オブ・モービル・ウィズ・ザ・メンフィス・ブルース・アゲイン。

 で、毎日のように河川敷の道路を走ることになるわけだが、川原の広場にも、秋の訪れとともに、バーベキューを楽しむ人々の姿が目につくようになってきた。
 微笑ましい光景――と言いたいところだが、ちょっと違う。都市近郊の河川敷で展開されるバーベキューは、昭和の人間が思い浮かべるような団欒の食卓ではない。集団的な示威行為に近い感じがある。党大会だとか、決起集会みたいな。

 何より、タトゥーが目立つ。
 そう。火と肉を囲んでいる若者たちは、センター街にタムロしているのと同じ層の若者たちなのだ。少なくとも私の目にはそう見える。タトゥーとピアス。下げ目に履いたパンツ。冗談みたいなサンダル。ホスト風の髪型。ジャラジャラした金属製のアクセサリー。あれは一種の武装なんだろうか。
 彼らの肩や二の腕を飾るタトゥーが、本物のイレズミなのか、それともタトゥーを模したシールの類なのかは一見しただけではわからない。でも、どっちにしてもタトゥーはタトゥーだ。そこには周囲を威圧せんとする意図が明示されている。

 夏の間も、河川敷に集まる若者はそれなりにいたし、その彼らの中には風儀のよろしくない面々も含まれていた。
 が、本番はやっぱり秋だ。
 秋になると、休日の川原はやんちゃな若者だらけになる。そして、いつでもどこでも同じことなのだが、タトゥーを入れた連中は、肌を露出したがる。タトゥーにはタトゥーの自意識が宿る。だから、スミを入れた人々は、祭りの神輿や踊りの輪の中でそれを誇示せずにおかない。で、いつの頃からなのか、川原のバーベキュー場は、タトゥー誇示のための有力なポイントになっている。もはや、家族連れのための場所ではない。とてもじゃないが、ワンボックスカーのCMに出てくるみたいな無防備な4人家族が割り込める空間ではない。

 とはいえ、自転車に乗っている当方には、実質的な被害は及ばない。道路を走っている限り邪魔になることはないし、BBQの若者たちも、わざわざ自転車のおっさんを威圧しに来たりはしない。

 私は風紀の乱脈を嘆いているのではない。
 そもそも河川敷は、上品な場所ではなかった。私が子供だった頃から同じだ。川原に集まってくるのは、社会を支えているタイプの人々ではない。学校をサボった高校生や熱意を喪失した営業マン、職業不詳のおっさん、暗い顔の中学生、犬と老人、ラジコン中年、行き場のないカップル、そういう成長経済のメインストリームからドロップアウトした人々が、三々五々通り過ぎるのが、私たちの「荒川」だった。だから、休日の河川敷で時間をツブしていたということは、あんまり大きな声で他人様に宣伝することでもなかったわけで、結局のところ、川の周辺の暗がりは、一貫して、公明正大な市民的スペースではなかったのだ。

 だから、私は嘆いているのではない。
 むしろ心配している。
 より正確に言うなら、「いい若い者」が、「川原なんかで遊んでいる」ことに対して、言い知れぬ寂しさのような感慨を感じているのだ。
 というのも、「近所の川原でタムロっている」ことは、若い人たちの「悪さ」でなく、彼らの「退行」を示す事実であるように思えるからだ。

 元来、川原にやってくるのは冴えないヤツだった。昔から同じだ。
 カネがなくて、友達もいなくて、そのくせ時間だけは腐るほどかかえている地味な連中のための一時的な避難場所、それが都市近郊の河川敷の偽らざる実態だった。
 だから、若い者でも威勢の良い組の連中は、川原なんかには近づかなかった。何より貧乏くさいし、底辺っぽいし、どうにもこうにも男を通すには格好のつかない場所だったからだ。

 ヤンキー志向の若者は、むしろ盛り場を好んだ。池袋、新宿、渋谷あるいは西麻布か六本木。地元の駅前でくすぶってるヤツは負け組、問題外だ。よしんば都会に倦んだのだとしても、そこいらへんの川原や公園には引っ込まない。むしろ遠征をする。それが男の甲斐性ってヤツだ。当然、湘南を制圧し、九十九里浜に向けて車列を並べ、あるいは峠道を攻めるべく十国峠や箱根ターンパイクに向かう。間違っても近所の河川敷なんかには集まらない。そういうことをするのは中学生まで。ガキじゃあるまいし、誰が地元の川っぺりなんかでツルんでうれしいんだ?

 ところが、21世紀の若者は近所の川原に集まる。
 どういうことだ?
 キミらは、恥ずかしくないのか。

 恥ずかしいとか誇らしいとか、そういう問題ではない。
 たぶん、単にカネが無いのだ。
 彼らには、クルマを買うカネも、ガソリンを入れるカネも無い。盛り場に繰り出すための最低限のジャラ銭さえ無い。だから川に集まるのだ。赤とんぼみたいに。
 不良のくせに見栄ぐらい張らないでどうする、というご意見はもちろんある。
 が、無駄な見栄は節約しないとやっていけない。昨今の不良は世知辛いのだ。

 若い人たちについて書かれた文章には、「○○離れ」という描写がいつもついて回っている。曰く、若年層のクルマ離れ、若者の海外旅行離れ、大学生の活字離れ、二十代のビール離れetc.…。たしかに、彼らは、携帯電話関連以外のあらゆる消費アイテムから遠ざかっているように見える。
 かくして、小利口なマーケッターが、何か新しいデータを見つける度に、次々と新しい名称を発明開陳する。そうやって、若い連中の消費行動を観察して、特徴を分析すれば、新しいマーケットが発見できるはずだってな調子で。○○夫婦とか。○○需要とか。大喜利のお題でも考えるみたいに。全く。バカにした話だ。

 本当の主題がマーケットの縮小それ自体であることは、本当は誰もが知っている。
 「○○離れ」と言われているものの正体は、要するに相対的な貧窮化のことで、煎じ詰めれば可処分所得を多く持たない若者が増えているということ以上でも以下でもないのだ。とすれば、新しいマーケットなんて生まれるはずもないではないか。債務整理みたいな葬儀需要は別にして。

 若者の貧乏には未来がない。これはとてもキツいことだ。
 私が若い者だった時代も、貧乏は若い人間にとっての既定値だった。この点は、現在と変わらない。
 でも、われわれは未来を信じていた。だから、現状の貧困は問題にならなかった。
 初期設定がゼロで貧乏が出発点だということは、未来が豊かであることの裏返しで、つまり、心配はご無用の前途は洋々なのだと、そういう筋道でわれわれはものごとを考えていた。

 であるから、われらバブルの申し子たちは、より豊かな明日の到来をテンから確信し、それゆえ、貯金が無いことを気に病むこともせず、今月の収入のすべてをきれいに使い切って、あまつさえ図々しくローンまで組むことができた。錯覚であれ脳天気の結果であれ、とにかく20世紀の若者は、未来を信頼し、クルマを買い、海外旅行に出かけ、全集を予約し、借金の担保のために借金の証文を作っていた。で、その若いオレらの無思慮な消費行動が経済をドライブし、市場を回転させ、企業を潤わせていた。奇跡だ。社会の全員で回す壮大なねずみ車。

 今の若い人たちに同じことをやれと言っても無理だ。
 時代が違う。
 彼らが暮らしているのは、借金がインフレで棒引きになる時代ではない。収入が右肩上がりで伸びていくことが前提になっている社会でもない。正社員がクビにならない保障もないし、それ以前に、上場企業は若い人々を正社員として雇用したがらなくなっている。とすれば、誰が未来を信頼できる?

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