麻生副総理のこの度のナチスへの言及(「ナチス発言」というタグが付いたようですね)について、いまさら論評するのは、手遅れなのかもしれない。
 というのも、麻生さんは、既に、発言を撤回しているからだ。

 つまり、当欄でこの話題をとりあげることは、収束しつつある問題を蒸し返す姿になる。そういう小姑くさい態度は、本来、私の好むところではない。
 なので、なるべく麻生発言を断罪するみたいな書き方は控えて、どちらかといえば発言の波紋に焦点を当てる体で話を進めたいと思っている。

 10年前と比べて、政治家の失言は、10倍速で拡散するようになった。
 20世紀のジャーナリズムの常識では、政治家の言葉は、せめて半月はかけて、じっくりと検証する対象だった。が、昨今は、発言の5分後には煙があがり、半日後には炎上している。で、三日もすれば、すっかり灰になっている。遺骨は無い。誰かがトロフィーとして自宅の玄関に飾っているからだ。

 揮発性の言葉がもてはやされる時代にあって、原稿を書く人間は、ともすると放火犯ないしは火事場泥棒の役割を担ってたりする。この点は、強く戒めなければならない。

 そもそも私は、新聞をはじめとするメディアが、政治家の片言隻句をとらえて問題化するやり方について、ずいぶん前から強い疑念を抱いている。 

 であるからして、今回の騒動の第一報が流れて来た時点では、冷淡だった。

 「また、閣僚発言の揚げ足取りか」

 という構えで眉に唾をつけてから記事を読みはじめた感じだ。
 鉢呂発言の経緯などを思い出すにつけ、まじめに取り合う気持ちになれなかったのだ。

 最初に流れて来たのは、読売新聞のこの記事だった。

 読んでみると、果たして、判断がつかない。
 「問題発言」であるようにも見えるし、例の調子の「揚げ足取り」にも見える。

 麻生さんは、問題となったナチスへの言及の前段で、憲法改正について、「狂騒、狂乱の中で決めてほしくない。落ち着いた世論の上に成し遂げるべきものだ」と述べている。

 で、その言葉を受ける形で「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた」例を挙げて、「あの手口を学んだらどうか」
 ということを言っている。

 これは、解釈が難しい。
 前段から続く講演全体の論旨に沿って解釈するなら、麻生さんの「真意」は、あくまでも「憲法については、静かに議論してほしい」というところにあるはずだ。とすれば、ナチス云々は、あくまでも「例」としての言及と見なすべきで、そう読めば、麻生さんのこの日の話は、大筋において問題のないものと言える。

 しかし、「ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうか」という部分を中心にして読むと、発言の「真意」は、ずいぶん違って見える。

 なにより、麻生さんは、「手口」という言葉を使っている。
 「手口」には、「悪事を成し遂げる際の手法ないしは手順」ぐらいなニュアンスがある。

 ということは、麻生さんは、「国民が気づかないうちにこっそりと」憲法を改正する「手練手管」について語っていたことになる。とすると、これは穏やかではない。副総理の任にある者が、国民をたばかる方法についてしゃべっていたことになるからだ。

 どっちにしても、本当の「真意」は、記事に引用された部分だけを材料に判断するわけにはいかない。
 そう思って、私は、この段階では判断を保留した。
 
 水曜日に出演したラジオ番組の中で、私は、麻生さんのナチス発言について、大筋、以下のようなコメントを述べた。

・麻生さんの真意はおそらく、「静かに」というところにある。
・好意的に解釈すれば、麻生さんは、「ナチスのような評判の悪い人たちでさえ、憲法を変える時には静かな手順を踏んだ」というひとつの例として、ナチスの話を持ち出したのだと思う。
・その意味からすると、新聞がこの発言を問題視しているのは、揚げ足取りだ。
・とはいえ、もののたとえとしてナチスを持ち出した鈍感さはやはり麻生さんならではのものだ。
・「手口」という言葉を使っているところにも粗忽さを感じる。
・「学んだらどうか」という言い方はさらに良くない。ナチスを「あらまほしき先例」として称揚している感じを与える。最悪だと思う。
・結局、言葉の使い方が相変わらず粗雑だということ。
・まあ、その粗雑さがファンにとっては魅力なのだろうが。

 歯切れの悪いコメントだと思った人もあるだろうが、講演録の部分引用で書かれた記事をネタに、そのまた引用で論評する以上、これ以上のことはなかなか言えないものなのだ。 

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