英国の繁華街からまた1つ、消費者に愛された小売りブランドが姿を消すかもしれない。

ロンドンのオックスフォード・ストリートにあるHMVの旗艦店
ロンドンのオックスフォード・ストリートにあるHMVの旗艦店

 1月15日、英国最大のCD販売チェーンであるHMVが倒産した。HMVは1921年に1号店を開いてから、長年にわたってこの国のエンターテインメント文化の一翼を担ってきた。レコードやCDのアルバムを初めて買った店がHMVだったという英国人は多く、HMVのバウチャーはクリスマスの代表的なギフトとしてすべての世代に親しまれてきた。

 だが、現実は厳しかった。同社の経営陣は事業を継続させるための買い手を探しているが、先行きは不透明だ。

倒産の日、店内に若者の姿はまばら

 HMVが倒産した日の朝、ロンドンの繁華街オックスフォード・ストリートにある旗艦店を訪れた。新聞やテレビでの報道にも関わらず、閉店セールを期待して押しかける消費者もいなければ、倒産に慌てる従業員の姿もない。いつものように、静かな平日の朝だった。

 仕事や学校があるのも一因だろう。店内には若者の姿はまばらで、中高年の買い物客がほとんどだった。その中の1人、アマンダ・ホッブスさん(43歳)は、「HMVが倒産したのはとても残念。実際にお店にCDを買いに来るのが好きだった。手にとって、ジャケットを見て。私は今でもiPodを持っていないし、使い方も知らない。インターネットでCDを一度も買ったことすらない。これからどうしたらいいの」と憤っていた。

 また、60代の女性は、「(倒産したから)もうバウチャーを受けて付けてくれない。まだ60ポンド分もあるのよ。HMVの失敗は、私たちのような年寄りの顧客を大切にしてこなかったからだわ」と怒りすらあらわにする。

CD市場でシェア35%、それでもiTunesに負けた

 HMVは約4350人の従業員を抱え、235店舗を展開してきた。昨年、英国のCD市場では35%のシェアを持っていた。それでも、業績は急降下していた。2012年4月期の連結売上高は前年比2割減の8億7300万ポンドで、最終赤字は縮小したものの依然として8000万ポンドに上っていた。

 経営悪化の背景には、米アップルの「iTunes」に代表される音楽配信サービスの台頭がある。

 英国の音楽業界団体であるBPI(The British Recorded Music Industry)によると、2012年第1四半期に音楽配信などデジタル形式による売り上げが市場の55%を占めて、CDなど物理的な媒体による売り上げを初めて上回った。シングル曲に限れば、昨年販売された1億8900万曲のうち、実に97%がダウンロードによるものだった。事実、レコードレーベル会社にとっても、もはや最重要顧客はHMVではなくなっていた。ソニーミュージックUKのニック・ガッツフィールドCEO(最高経営責任者)は、「英国最大の音楽小売店はiTunesだ」と打ち明ける。

遅すぎた配信サービス進出

 HMVも、音楽配信に取り組んでいなかったわけではない。2010年には、音楽配信を手がける英セブンデジタルと合弁会社を設立してサービスを開始していた。だが、小売業の著名コンサルティング会社、英コンルミノのニール・サウンダース氏は、「HMVの参入は遅きに失した。既にiTunesが大成功を収めていた上に、iPodやiPhoneと統合されたサービスの牙城を崩すことは不可能だった」と話す。

 そもそも、英国の消費者はインターネットでモノを買うことに対する抵抗感が少ない。米ボストン・コンサルティング・グループの調査によると、2010年時点で英国の小売業におけるネット販売の売上高は全体の13.5%を占めており、G20 (主要20カ国・地域)の中で最も高い。オンラインへと消費の舞台が急速に移行していることが、「ハイストリート」と呼ばれる英国の繁華街にチェーン店を展開してきた大手小売りを追い詰めている。

 消費者の購買行動が変化したことの犠牲となったチェーン店は、HMVだけではない。今年に入ってから倒産した大手小売りチェーンとしては、カメラチェーン大手のジェソップス(Jessops)に続き、HMVは実は2社目。そして16日にはDVDレンタルのブロックバスターUK(Blockbuster UK)が倒産した。新年早々3社が立て続けに経営破綻する事態は、まるで“倒産ドミノ”だ。

 倒産ドミノは、既に昨年から始まっていた。スポーツ用品のJJBスポーツ(JJB Sports)、格安衣料のピーコックス(Peacocks)、アウトドア用品のブラックスレジャー(Blacks Leisure)、カード専門店のクリントン・カーズ(Clinton Cards)、ビデオゲームのゲームグループ(Game Group)、家電のコメット(Comet)が相次いで倒れている。

倒産ドミノでハイストリートは荒廃?

 

 これらの小売りチェーンは、音楽業界のHMVのように、それぞれの分野で英国の消費者に親しまれてきたブランドばかりだ。そのために、相次ぐ倒産で荒廃が始まっているハイストリートの将来を懸念する消費者は多い。だが、iTunesなどのデジタル配信サービスや米アマゾン・ドット・コムに代表されるオンライン小売業者との競争激化によって、今後もさらなる倒産は避けられそうにない。

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