(写真=Christelle Alix/Presidence de la Republique Francaise via The New York Times/アフロ)
(写真=Christelle Alix/Presidence de la Republique Francaise via The New York Times/アフロ)

フランスの2015年は1月のシャルリエブド襲撃事件で明け、今回の11.13同時多発テロで終わろうとしています。

吉田:この国の長い歴史の中でも、記憶される年になるに違いありません。ただ、シャルリエブド事件と今回のテロを同列に論じるべきではないでしょう。

<b>吉田 徹(よしだ・とおる)</b> 1975年東京生まれ。慶應義塾大学卒。日本貿易振興機構(JETRO)パリ・センター調査担当ディレクター、東京大学総合文化研究科博士課程などを経て、現在北海道大学法学研究科教授および仏国立社会科学高等研究院リサーチアソシエイト(フランス・ヨーロッパ比較政治)。著書に『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4588603027/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4588603027&linkCode=as2&tag=n094f-22" target="_blank">ミッテラン社会党の転換</a>』(法政大学出版局)、『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/414091176X/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=414091176X&linkCode=as2&tag=n094f-22" target="_blank">ポピュリズムを考える</a>』(NHK出版)、『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062585820/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4062585820&linkCode=as2&tag=n094f-22" target="_blank">感情の政治学</a>』(講談社メチエ)、編著に『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4589034336/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4589034336&linkCode=as2&tag=n094f-22" target="_blank">ヨーロッパ統合とフランス</a>』など。
吉田 徹(よしだ・とおる) 1975年東京生まれ。慶應義塾大学卒。日本貿易振興機構(JETRO)パリ・センター調査担当ディレクター、東京大学総合文化研究科博士課程などを経て、現在北海道大学法学研究科教授および仏国立社会科学高等研究院リサーチアソシエイト(フランス・ヨーロッパ比較政治)。著書に『ミッテラン社会党の転換』(法政大学出版局)、『ポピュリズムを考える』(NHK出版)、『感情の政治学』(講談社メチエ)、編著に『ヨーロッパ統合とフランス』など。

 前者はイスラミック・ステート(イスラム国、以下IS)からの教唆は考えられるにせよ、ムハンマドの風刺画に対する抗議であり、また同時に起きたユダヤ人商店襲撃はイスラエルへの反撃でもあり、思想や宗教を理由にした典型的なテロでもあったといえます。

 これに対して13日に起きたパリの同時多発テロは、この9月にIS空爆に参加したフランスへの軍事的な攻撃とみなすことができるからです。実際、ISは最近になってフランスを具体的な標的にするよう、呼びかけていました。

 詳細はまだ明らかではありませんが、パリ市内と郊外での6カ所の攻撃は、8人以上からなる3組の武装集団がベルギーを拠点に綿密に連携して展開されていたとされています。突撃銃以外にも手りゅう弾や自爆用の爆弾を持っていたことからも、重武装化が伺えます。シャルリエブド事件の時は、突撃銃を持ってはいましたが、襲撃先を最初は間違えたり、立てこもり中にメディアと会話したり、と、ある意味「緩い」ものでした。フランスの一市民による社会への復讐と政治的テロリズムが重なる典型的な「ローンウルフ」によるテロだったのです。

テロではなく「戦争」であることの意味

 外部からの支援や動機づけがあったのは確かですが、ユダヤ商店を攻撃したクルバリは、ISではなくそれと対立するアルカイーダの一員と表明していたし、ローンで買った車を売って資金稼ぎをした証拠も見つかっています。

 これと比べて11.13テロは、より大規模で残虐です。郊外のサッカースタジアムで行われていた仏独の親善試合はフランスのオランド大統領とドイツのシュタインマイヤー外相が観戦していました。爆弾テロはスタジオの場外でしたが、大統領を狙っていた可能性もあります。100人近くの死傷者を出したのは、小劇場「バタクラン」への攻撃でしたが、証言を信じる限り、犯人は予備の弾倉も持っていたし、最後は自爆によって被害をもっと拡大しようとしている。

 テロ犯は「全てはお前たちの大統領に責任がある」とフランス語で叫んだと報道されています。そうだとすれば、これは、見た目はテロ行為といえども、フランスとISが「戦争」に突入し、パリがその戦場のひとつになったということです。大統領、首相ともに直後の声明で「戦争状態」という言葉を使ったのも当然ということになります。

 ISは国家のような主権体ではありませんから、国籍や人種も関係ない、世界のどこにでも頭をのぞかせることのできるユビキタスな武装集団です。それゆえ、戦争の前線と、国民国家からなる人々の社会が底抜けにつながってしまっている。今の対テロ戦争の特徴が、誰の目にも見える形で明らかになった事件、と考えることができます。

この事件がフランス政治に与える影響は。例えば選挙で極右政党が勢いづくでしょうか。

吉田:オランド大統領は、月曜に召集した上下両院合同会議(コングレ)で、ISへの爆撃拡大と対テロ対策の強化とともに、戒厳令を含む憲法条項の改正を訴えました。対テロ対策を強く打ち出すことは、極右に隙を与えないことにもつながります。

 注目は、12月6日と15日に行われる地方議会選挙です。次の大統領選は2017年5月に行われる予定で、それまで全国選挙はないため、各党の勢いが決まる重要な選挙です。テロ発生前の下馬評では、自治体選挙ではすでに無視できない勢力となっている国民戦線が議席を大きく伸ばすだろうと言われていました。ただ、11.13テロが極右の追い風になるかといえば、そうではないように予測しています。

「戦争」という状況下では、むしろ極右は支持しにくい

 まず、申し上げたとおり、このテロは移民や治安などの「日常の問題」ではなく、戦争という「異常事態」です。そうなると、統治経験のない極右よりも、既存の大政党の方に信頼が寄せられるでしょう。国民戦線の支持は、日本と違って、実際の失業や治安の悪化、社会での個人主義やリバタリアン的価値の蔓延への不満などを背景にしています。いわば一般市民の日常生活の不満が背景にありますが、今回のテロは、それ以上の衝撃をもたらすものです。危機時には既存のリーダーが有利になります。

 国民戦線は今回のテロを現政権の治安政策の失敗と言っていますが、120名以上の死者、300名以上の負傷者を出した今回のテロを政争の具とすることに、多くの有権者はむしろ反発するでしょう。地方議会選挙までまだ少し時間がありますが、テロが起きたことで、少なくとも大きな番狂わせはないのではないかと、いまのところは見ています。

 これは単なる希望的観測ではなく、前例に基づいての分析です。2012年の大統領選が行われる直前に、モアメド・メラというローンウルフが兵士とユダヤ人学校を襲撃して、立てこもった末に射殺されるという、やはりフランス社会に大きなショックを与えたテロ事件がありました。セレモニーには、各政党の党首が出席しましたが、大統領選や政策論争そのものに直接的な影響を与えるものではありませんでした。

では、EU、特にドイツの難民政策はどうでしょう。この事件の影響で、難民受け入れは頓挫しないのでしょうか。

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