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2015年11月30日月曜日

グラフを変えて見る「過去最高の防衛費」

報道によると、防衛費が初の5兆円台の大台に乗り、過去最高になるそうです。

政府は2016年度当初予算編成で、防衛関係費を今年度(4兆9801億円)より増額し、過去最高の5兆円台とする方向で調整に入った。沖縄の基地負担軽減や、海洋進出を活発化させる中国を念頭に置いた離島防衛力強化に充てる予算を増やすため。防衛費の増加は4年連続。安倍晋三政権の発足以降、一貫して増えている。防衛費が5兆円を超えるのは初めて

<防衛費>初の5兆円台…沖縄基地負担軽減 来年度予算案

今までも概算要求で5兆円超えだった事はありましたが、当初予算で5兆円超えは今回が初めてになりそうです。

記事中では防衛費が4年連続増加していること、社会保障費を除く各経費が横ばいの中での「例外枠」になっている事を指摘しており、防衛費増に否定的な方からは批判の声が上がると思われます。

一般的に防衛費は、国外の情勢に応じて増減されます。周辺国と緊張状態にある時は上昇圧力が働きますし、逆に周辺国と関係が安定すれば大規模な削減も可能です。厳しい財政状況の中、日本が防衛費を増額するのは、活発化する中国の海洋進出を睨んでの事と各紙は指摘しています。日本の周辺情勢が怪しくなってきた、ということですね。

日本の周辺情勢が怪しいとなると、周辺国の防衛費はどうなっているのでしょうか。かつて、日本が防衛費世界2位の時期もありましたが、現在はどうなのでしょう?

そこで、今回はこの20年間の防衛費の推移について、トップグループの中で日本がどの程度の位置にあり、それがどう推移したのかをグラフィカルに見ていくことで、「過去最高の防衛費」がどういった意味を持つのかについて考えてみましょう。



単純な比較が難しい防衛費

防衛費は世界の様々な国で計上されていますが、国によってその内容は大きく異なっています。

例えば、イギリスでは沿岸警備隊はもっぱら救助活動を行う組織で、領海の警備活動は海軍が行うのに対し、日本やアメリカでは海上保安庁や沿岸警備隊のような専門組織が領海での警察活動を行っています。そのため、イギリスと日本の国防費を厳密に比較する場合、海上保安庁の予算も防衛費に含める必要があるかもしれません。

また、公表されている中国の国防費には、装備品の輸入にかかる費用や、装備の研究開発費などの様々な軍事関係経費が含まれておらず、実質的な国防費は公表値の倍近くあるのではないかという推計もあります(中国の国防費については、拙稿 「日本の防衛費過去最高を記録。近隣国は?」を参照ください)。

このような各国の軍事組織や制度の違いから、公表される防衛費を比較するだけでは不十分な事が分かると思います。しかし、比較のための修正は、修正方針の一貫性や修正者の思想まで問題が及ぶため、信頼性と中立性を担保するのは簡単ではありません。

そこで比較には、国際的に定評のあるスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が集計・公表している、各国の軍事支出データベース(SIPRI Military Expenditure Database)のデータを利用したいと思います。SIPRIでは様々な要素を勘案して各国防衛費を集計し、その国の通貨ベースの防衛費や、為替変動を考慮したドル換算の防衛費など、増減に影響を与える様々な条件下でのデータを公表しており、中立性の面でも信頼性が高いとされます。



ツリーマップによる各国防衛費の比較

それでは、現在集計・公表が済んでいる2014年の防衛費トップ15を見てみましょう。一般的に防衛費の推移は、折れ線グラフを用いて表現される事が多いです。しかし、1位が圧倒的で2位以下が近い額で固まっている防衛費を折れ線グラフで表すと、下のグラフのように線が密集して比較しづらい問題がありました。


防衛費トップ15国の防衛費の20年間の推移

そこで今回は視認性を重視して、全体に占める面積で数値の大きさを表すツリーマップ表現を用いてみたいと思います(本来のツリーマップは階層構造を表現するものですが……)。トップ15の中で、どの国がどれだけ防衛費を使っているかがよく分かると思います。

2014年の防衛費トップ15国(出典:SIPRI Military expenditure(current US$))

2014年はアメリカが大きく他を引き離して1位。次いで中国、ロシア、サウジアラビアの2~4位組がトップグループを形成しています。フランス、イギリス、インド、ドイツと来て、9位に日本。10位以降は韓国、ブラジル、イタリア、オーストラリア、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコの順で、この15カ国が現在の世界の軍事支出トップ15になります。

この15カ国の防衛費について、20年間の推移を見ていきましょう。

20年前の1995年はどうでしょうか。この頃は日本がアメリカに次いで防衛費2位でした。ソ連崩壊以後の混乱でロシアが大きく順位を落としており、イタリアや韓国よりも低いのは時代を感じさせます。なお。SIPRIのデータベースでUAEの防衛費が集計されるのは1997年以降で、この頃はまだ載っていません。

現在の防衛費トップ15国の1995年時点の防衛費比較
2000年の状況はどうでしょうか。この年もアメリカに次いで日本という傾向は変わりませんが、全体に占めるアメリカの割合が増大しているのが分かります。アメリカ一強です。

現在の防衛費トップ15国の2000年時点の防衛費比較

2005年はアメリカ一強がさらに強まります。2001年の米国同時多発テロ以降、アメリカが戦争状態になったために防衛費が増大したためです。また、日本の順位は5位となり、この年初めて中国(4位)に抜かれる形になっています。

現在の防衛費トップ15国の2005年時点の防衛費比較

2010年になると、アメリカ一強の状況ではあるものの、中国が存在感を見せてきます。2005年よりアメリカの防衛費は増えているのですが、それでもトップ15に占めるアメリカの割合が低下しているのは、中国が金額ベースで倍以上の伸びを見せているためです。2007年以降、アメリカ1位、中国2位という状況が固定化されており、3位以下に大きな差を付けるようになります。一方、日本は安保理常任理事国の下という形になり、この傾向が今に続いています。

現在の防衛費トップ15国の2010年時点の防衛費比較

もう一度2014年に戻りましょう。アメリカ一強であるものの、中国の存在感が年を追うごとに大きくなっています。日本はインドよりも下の順位です。日本は4年連続で防衛費を増額していると言っても、その上昇額が僅か過ぎて、他国の伸びには追いついてない状況です。このペースですと、日本の防衛費が韓国に抜かれるのも時間の問題と思われます。



控えめな「過去最高」

さて、ここ20年の防衛費の推移を見ると、相対的に日本は減少傾向にあり、絶対的な額でも周辺国から突出したものではない事が分かります。防衛費が過去最大となる事をして「軍拡」と批判する向きも見られますが、周辺国とのバランスを見れば僅かな上昇に過ぎず、むしろ抑制的なレベルと言えるでしょう。「過去最高」でも、周辺と比べて突出して高い訳ではありません。

防衛費が抑制的である事は誇って良いと思いますが、その結果として、周辺国との軍事バランスが不均衡が生じるのは良い事ではありません。ですが、現実的に周辺国(特に中国)の増加ペースに合わせた防衛費の増額は不可能と言っていいでしょう。

防衛費の飛躍的な増額が見込めない中、軍事力の不均衡を防ぐにはどうすればいいでしょうか。その1つの答えとして、強い軍事力を持った国との協力関係を強固にする方法があります。つまり、同盟関係の強化です。日本政府が日米同盟の強化を推し進め、集団的自衛権保持についての解釈変更も辞さなかったのには、こういう背景もあるのでしょう。

同じデータでも、グラフを変えてみると、相対的な関係がより分かりやすくなったのではないでしょうか。今回は防衛費がネタでしたが、違った分野でも様々な視点・切り口で見ることで、面白い結果が出るかもしれませんね。


※本記事中では画像ファイルとしてツリーマップを掲載しておりますが、下記URLではツリーマップ画像を生成したJava Scriptによるアニメーションを公開してありますので、興味のある方は御覧ください。

http://dragoner.heteml.jp/index.html

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2015年3月24日火曜日

「国のために戦う」人の割合、日本が最低? データが意味するもの

「自国のために戦う」人の割合、日本が世界最低?

先日の報道によれば、「自国のために戦う意志」を問う国際調査にて、日本では「はい」と答えた人の割合が11%と、64カ国中で最も低い割合だったそうです。

【ジュネーブ共同】各国の世論調査機関が加盟する「WIN―ギャラップ・インターナショナル」(本部スイス・チューリヒ)は18日、「自国のために戦う意思」があるかどうかについて、64カ国・地域で実施した世論調査の結果を発表、日本が11%で最も低かった。


日本と同様に「はい」と答えた人の割合が低い国は、オランダで15%、ドイツで18%だそうです。日本もオランダもドイツも先進国という点で共通してますが、逆に情勢の不安定な国では「はい」の回答が高い割合を示したそうです。

この調査結果を受けて、ネット上では色々な意見が溢れています。「日本が右傾化してるって嘘じゃん」から「日本の平和教育の害」を唱える意見まで左右様々です。でも、それって正しいんでしょうか?



元データを見てみよう

この報道について、ネタ元であるWIN/Gallup Internationalの調査結果を調べてみたところ、なかなか面白い事が見えてきました。

元の調査は64カ国を対象にしていますが、ここでは分かりやすくするため、米英仏ロ中の5大国に加えて、日本とドイツ、韓国を加えた8カ国で比較してみましょう。まず、「国のために戦う意思があるか」という設問に、「はい」と答えた人の割合が8カ国の中で日本が一番低いのは既報の通りですね。8カ国では下の表の通りです。日本が最も低く、ドイツ、イギリスが続きます。

「国のために戦う意思があるか」国別回答


ところがちょっと待って下さい。設問への回答は「いいえ」と「わからない」もあります。はっきりと、明示的に、「国のために戦う意思はありません」とする回答も集計されています。この割合で順位付けするとどうでしょうか。


「国のために戦う意思があるか」国別回答(「ない」降順)

「国のために戦う意思が無い」と明示的に答えた人の割合が多いのは、トップがドイツの62%。次いでイギリスの51%、韓国の50%という順になっています。日本は43%で8カ国中5位となっており、中位ポジションです。そして、日本の特徴はもう一つ。「わからない」が47%で8カ国中最高と、態度を決めていない人が半分近くいるのです。



千差万別の「戦争」

「国のために戦う」と言っても、その内容は千差万別です。突然の武力侵攻から、聞いたことも無い遥か遠くの国で戦わされるものまで、全て同じ「戦争」です。理不尽な武力侵攻で親兄弟を殺されれば、温和な人も銃を手に取り戦うかもしれないし、逆に地球の裏側で戦わさせられるのは、ほとんどの人は嫌がるでしょう。

設問を調べると、英文では”If there were a war that involved (調査対象国), would you be willing to fight for your country?”となっていました。日本語に訳すと「国が戦争に巻き込まれたら、貴方は国のために戦いますか?」というところでしょうか。この各国語訳が設問になっていたようですが、設問が提示する「戦争」イメージが漠然としています。こんな戦争イメージでは、「わからない」と答える人が多いのは当然の事ではないでしょうか。態度を明らかにしなかった47%の日本人は、有事の際に「戦争」の「中身」を見てから判断することになるでしょう。

もっとも、日本の自衛隊は完全志願制の常備軍であり、仮に戦争を行うにしても、そのリソースの中で行う事を前提としています。「戦う国民」がいるとしても、それがどれだけ必要になるかは、実際に戦争になってみないと分かりません。

まず「戦う」のは自衛隊員


日本より深刻なのは?

むしろ、今回の調査で深刻なのは「国のために戦う意思は無い」と表明した人が多く、かつ周辺情勢が不安定な国でしょう。敢えて言えば、北朝鮮と対峙している韓国です。国際法上、朝鮮戦争は休戦中で準戦時下と言える状況に韓国は置かれており、2015年現在も徴兵制が存在する数少ない先進国です。その国民の半数が「戦わない」と宣言するのは、日本以上に問題ではないでしょうか。

報道では「国のために戦う」という答えばかり注目されてましたが、「国のために戦わない」、「わからない」といった他の答えに目を向けるだけでも、だいぶ違った様相が見えてきましたね。この結果から、皆さんはどう考えますか?


※「国のために戦うか」という設問に「はい」と答えた日本人は11%と報じられていますが、出典元のWIN/Gallup Internationalの調査結果は10%となっています。出典元を尊重し、表中では10%とさせて頂きました。


【関連】

2014年4月18日金曜日

第2回 護衛艦カレーナンバー1グランプリ開催

明日4月19日(土)、海上自衛隊横須賀地方総監部にて、「第2回 護衛艦カレーナンバー1グランプリ(GC1) inよこすか」が開催されます。

このGC1は昨年に第1回が開催され、海上自衛隊の護衛艦等の部隊が自慢のカレーを競いあい、最強のカレーを決めるグランプリです。長崎県佐世保市で開催された第1回GC1では海上自衛隊の艦艇10隻が集結し、2400人が訪れました。


第1回GC1優勝の護衛艦さわぎり表彰の様子(佐世保地方隊サイトより)

第2回となる今回は神奈川県横須賀市の横須賀地方総監部にて開催されますが、艦隊訓練の日程に併せて14隻の艦艇が日本の各地から集結。また、日本に6隻しかないイージス艦も4隻参加しており(当初の予定では5隻)、ここまで部隊が1つのイベントに集まるのは滅多に無いことです。

海上自衛隊では旧海軍からの伝統で、各艦艇ごとにカレーのレシピが受け継がれています。今回の参加艦艇が出すカレーもオーソドックスなビーフカレーから、豚角煮カレー、スープカレー等、バラエティに富んでおり、イベントではこれらのカレーを1皿500円で味わうことが出来ます。


参加艦艇・カレー一覧


護衛艦
むらさめ:昔懐かし「むらさめ」カレー
はるさめ:Chicken Soup Curry
たかなみ:燃えよ!!スパイシーカレー
おおなみ:おおなみプレミアムカレー
くらま:内閣総理大臣喫食カレー
あまぎり:天霧にくにくカレー
はまぎり:豚角煮と野菜のカレー
はたかぜ:はたかぜ豚カレー
こんごう:チキンカレー
ちょうかい:ちょうかい特製シーフードカレー
あたご:ビーフカレー
あしがら:ビーフカレー

※参加予定だった”きりしま”は参加中止。

補給艦
ときわ: ローストビーフカレー

訓練支援艦
くろべ: 呉代表カレー

潜水艦
横須賀潜水艦部隊: 濃厚味わいカレー

計14隻+部隊

また、GC1と併せて、護衛艦”こんごう”、”あしがら”の一般公開も行われます。'''艦艇の一般公開は事故防止の為、ハイヒール、サンダルでの見学は出来ません'''。護衛艦に乗ってみたい方は、動きやすい靴で来場しましょう。

会場は神奈川県横須賀市の海上自衛隊横須賀地方総監部で、朝9時から15時まで開催されますが、'''カレーがなくなり次第終了'''となります(艦艇の一般公開は入場15時半まで)。会場には駐車場は用意されていないため、'''公共交通機関を利用'''して行きましょう。最寄り駅はJR横須賀線横須賀駅(徒歩5分)か、京浜急行線汐入駅(徒歩15分)になります。

当日の予定がまだ無いカレー好きの方は、足を運んでみるのもいかがでしょうか? カレーが無くなり次第終了となりますので、お早めに!



【開催情報サイト】
横須賀市観光情報サイト「ここはヨコスカ」:第2回護衛艦カレーナンバー1グランプリinよこすか](※アクセス過多のためか繋がりにくいです)
第2回護衛艦カレーナンバー1グランプリinよこすか チラシPDF(※アクセス過多のためか繋がりにくいです)
海上自衛隊横須賀地方隊



イベント概要
日時:
2014年4月19日(土) 9:00~15:00※カレーがなくなり次第終了
艦艇の一般公開は、9時~16時(入場は15:30まで)

場所:
海上自衛隊横須賀地方総監部
問い合わせ:
カレーの街よこすか推進委員会事務局(046-822-9672)
海上自衛隊横須賀地方総監部広報係(046-822-3500 内線2208)


【会場のGoogle Maps】




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2014年4月11日金曜日

時代遅れな中国軍認識が蔓延る日本

防衛省の4月9日の発表によれば、昨年度の航空自衛隊の緊急発進(スクランブル)回数は810回と、空自が対領空侵犯措置を開始して以来9番目に多い回数で、この数字は冷戦期に匹敵する頻度です。

平成25年度の緊急発進回数は、前年度と比べて243回の大幅な増加となる810回であり、平成元年以来24年ぶりに800回を超えました。これは、昭和33年に航空自衛隊が対領空侵犯措置を開始して以来56年間で、9番目に多い回数でした。 推定を含みますが、緊急発進回数の対象国・地域別の割合は、中国機約51%、ロシア機約44%、北朝鮮機等その他約5%でした。

緊急発進急増の理由は中国・ロシアの2国が日本周辺での飛行を活発化させている事が原因で、近年急拡大する中国軍と冷戦後は低調だったロシア軍の復活を印象づける出来事です。特に冷戦期を通じても大人しかった中国軍の行動が、この数年で一気に活発化している点は見逃せません。10年、20年前とは行動がまるで異なる中国軍ですが、これに対峙する日本はどう認識しているのでしょうか。

日本周辺を飛行する中国軍の情報収集機(航空自衛隊撮影)


鉄道輸送が時代遅れ?

ニューズウィーク日本版3月25日号で「中国軍の虚像」という、中国軍の実情をテーマにした特集が組まれていました。テーマがホットなだけに目を通したのですが、稚拙なレベルの事実誤認と都合の良い解釈が全編に渡って貫かれており、あまりの出来にしばし唖然としました。著者が言うには、中国軍は「20世紀の技術さえ習得していない」そうで、その根拠を以下のように挙げていました。

人民解放軍は今も長距離の移動を伴う訓練に際し、戦車や大砲の運搬を貨物列車に頼っている。軍隊の移動は空輸が常識という時代に鉄道輸送とは、いかにも古臭い。ちなみに鉄道が輸送の主力だったのは第一次大戦までである。

この鉄道輸送は時代遅れとする指摘は2つの点で間違っていて、戦車や大砲等の重量物の輸送は現在のアメリカ軍でも普通に行われており、YouTubeでその様子を撮影した映像をいくらでも見ることができます。また、「軍隊の移動が空輸が常識」なんて常識はどの軍隊にも存在せず、軽武装の緊急展開部隊を除けば海上輸送がその主力です。仮に戦車を空輸しようとした場合、アメリカ輸送軍麾下の航空機動軍団が総力を挙げても、1個師団分の戦車を運ぶのがせいぜいです。そして、それを実行した場合の輸送コストは、とんでもない金額になるでしょう。



【動画:鉄道で輸送されるアメリカ軍戦車】

他の記述も頭が痛いですが、続けて見てみましょう。

核ミサイルを担当する精鋭部隊の第2砲兵部隊でさえ、広大な内陸部に展開するミサイル基地の警備には今も騎馬隊を用いている。監視用ヘリコプターがないからだ。

固定翼の軍用機も時代遅れだ。60年も前にソ連で開発された爆撃機ツポレフ16型の改造版は今も現役で、しかも本来の爆撃機としてのみならず、偵察機や空中給油機としても使っている。



まず、警備目的で騎馬を用いるのは欧米諸国の警察で現在も行われており、車両が入れない場所も通れる事や高い視界による監視等、数々の利点が評価されています。そして、アフガニスタンに展開するアメリカ軍でも山岳部に展開する特殊部隊が馬やロバを運用しており、アフガニスタンと環境が似ている僻地に展開する中国軍第2砲兵部隊が、ロジスティックスへの負担が低い騎馬を運用していてもおかしいことではありません。

アフガニスタンの前線基地を視察するシューメーカー陸軍参謀総長(右)とロバ(中央)

また、60年前に開発されたツポレフ16型爆撃機(Tu-16)を時代遅れと言っていますが、Tu-16と同じ1952年に初飛行したB-52爆撃機は未だにアメリカ軍で使用されており、2045年まで運用される予定です。Tu-16の開発時期をして時代遅れと言うのなら、同時期の機体を100年近く運用するアメリカはどうなるのでしょうか。

他にも突っ込みどころがありますが、キリがないのでここいらで止めます。ですが、こんなどうしようもないレベルの話で、中国軍が「20世紀の技術さえ習得していない」とするには、あまりに無茶があります。

もっとも、この記事を書いたライターの不見識を笑う程度で済む話ならば、大した問題は無いのかもしれません。しかし、そうはいかないようです。と言うのも、この記事の執筆者はPROJECT2049研究所というアメリカの民間シンクタンクの研究員で、この研究所の設立には知日派の重鎮リチャード・アーミテージ元国務副長官と関係の深い、ランダル・シュライバー元東アジア太平洋担当国務次官補代理が関わっています。PROJECT2049はアジア・太平洋地域の安全保障問題を専門にしており、日本の安全保障研究者との交流も行われるようになっていますが、このような立場の人間がイチャモンに近い理由で中国軍を侮っている事に驚きと不安を禁じえません。




中国・ロシアの空母は張り子の虎?

ここまでで挙げたニューズウィーク日本版の記事は、日本版オリジナルとは言え、書いたのは外国人ですのでまだ言い訳が聞きます。しかし、日本の大手マスコミ出身者にも、中国軍を侮る記事を書く人が見られます。朝日新聞の論説委員を努め、現在はジャーナリストとして活動している田岡俊次氏もその1人です。では、田岡氏が中国の空母”遼寧”について、原型となったソ連空母を含めた解説記事での記述を見てみましょう。

搭載する戦闘機Su(スホーイ)33の標準離陸重量(翼下の増加燃料タンクや爆弾などは着けない)は25.7トン、エンジン2基の推力は最大25.6トンだから爆弾、ミサイルを積まず、さらに燃料を減らさないと発進出来ない。飛行甲板の後端から全力で滑走してやっと浮くから、米空母のように甲板上に多数の航空機を並べておき、次々にカタパルトで射出することは不可能で、下の格納甲板から1機ずつエレベーターで上げては発進させるしかない。

この文章中の大きな誤りとして、垂直離陸をしない限り、エンジン推力が機体重量を超える必要は無いことです。田岡氏の言っている事が事実ならば、今も世界を飛んでいる民間・軍用含めたほとんど全ての航空機が離陸出来ない事になります。

B747。最大離陸重量875千ポンドに対し合計最大推力253千ポンドでも飛ぶ

これらの「クズネツォフ」の問題点は基本的に同型の「遼寧」でも全く同じだ。中国が自力で次の空母を建造しても、カタパルトと艦載早期警戒機、あるいはF35Bとオスプレイの早期警戒型(今はないが開発は可能)を米国から輸入しない限り問題は解消しない。

まず、カタパルトが無くても艦載機は発艦可能な上、F-35を導入しなくても中国では現在Su-33を基にしたJ-15艦上戦闘機を開発中で、さらにJ-XX計画として知られる第5世代ジェット戦闘機計画では、艦上機型も想定されているとの憶測も出ており、わざわざ米国からF-35を導入する必要性はありません。

田岡氏の空母を巡る発言で不思議なのは、かねてより日本のひゅうが型護衛艦を空母扱いする一方で、中国やロシアの空母に関しては戦力にならないと過小に評価する点です。田岡氏が中国空母に対して言った事が事実だと仮定したら、中国と同じくカタパルト開発経験もジェット艦載機開発経験も無い日本の空母も張子の虎のはずなんですが、これはどういうことなんでしょうか。

ネット上に流出した、中国が開発中の第5世代ステルス戦闘機J-31。艦載型も噂される


10年、20年前の認識が蔓延る日本

日本の防衛装備品技術に対する研究開発(R&D)投資は年々減少傾向にあるのに対し、中国軍のR&D投資は2007年で日本の4倍に達しており、現在はもっと差が開いているものと見られます。政府の投資に加えて民間でのR&Dも活発で、先にJ-XX計画機の1つであるJ-31は開発企業の瀋陽飛機工業集団の自社開発製品であるとも言われており、研究開発の環境そのものが既に日本とは別次元です。

それにも関わらず、中国軍の能力が低いとする言説が未だに見られます。確かに、R&D投資がすぐに現実の軍備に反映される訳でも無ければ、ソフト面という可視化し難い要素もあるのは事実です。しかしながら、防衛分野でのR&D投資額の逆転は相当以前から起きており、現実の軍備に反映されるには十分な時期が過ぎたと言えます。ソフト面においても中国軍は教育に重点を置いており、中国人民解放軍国防大学を始めとした10の大学機関と、多数の学校が設置されています。国防大学に留学経験のある自衛官によれば、留学生のために単身宿舎から家族帯同アパートメントまで用意され、学生は衣服だけ準備すれば生活に必要な物は全て支給される等の徹底したサービスぶりで、教育機関にも十二分に資金が回っている事が窺えます。少なくとも、何を解決すべきなのか、向こうは理解して投資をしているようです。

ここまで見てきた中で、現実の中国軍の進歩・改善した点は多くあると理解して頂けたと思います。しかし、冷戦期の中国イメージを未だに引きずっているかのような言説が日本ではまかり通っています。10年、20年前の認識ですら現在とは大きく異りますが、更に言えば、2012年から2013年の2年間で中国海軍が建造した戦闘艦は、この20年間で自衛隊が建造した護衛艦の数に匹敵するという事実を見れば、2、3年前の認識ですら時代遅れとなっているのが中国軍の進歩の速さと言えます。

現実に相当の差をつけられようとしていますが、相手に立ち向かうには正しい理解と認識が必要です。頭に蔓延る既成概念を取っ払い、現実を直視する事がまず必要なのではないでしょうか。



【参考になる本】

トシ・ヨシハラ「太平洋の赤い星」

以前も何度か触れた中国海軍戦略についての本。2010年に書かれたこの本の内容ですら、既に遅れてしまっている所が中国軍の進歩の速さの怖い所。

茅原郁生「21世紀の中国 軍事外交篇 軍事大国化する中国の現状と戦略 (朝日選書)」

中国軍の第一人者、茅原先生が書かれた本の中で直近の物。茅原先生の著書はハードカバーのガチ研究書が多い中、これは選書スタイルをとっており、読みやすさ、入手容易性、価格ともにお勧めです。


【参考にならない本】

Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2014年 3/25号 [中国軍の虚像]

全く参考になりませんが、写真は面白くて安い点は評価しても良い。


2013年12月24日火曜日

南スーダンで進展している虐殺の危機

国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に派遣されている自衛隊が、同じく派遣されている韓国軍の要請により、小銃弾1万発を韓国軍部隊に提供することになりました。


南スーダンのPKO活動に関連し、政府は、陸上自衛隊の銃弾1万発を、PKO協力法に基づき、国連を通じて韓国軍に提供する方針を決めました。
PKO協力法に基づき国連に武器が提供されるのは初めてで、政府は、緊急性が高いことから、いわゆる武器輸出三原則の例外措置として実施したとする官房長官談話を発表することにしています。


今回の措置は緊急性が強く、武器輸出三原則の対象外となるようです。韓国軍が弾薬提供を求めるまでに至った南スーダンで、どのような事態が進行しているのか、南スーダンの事情から現在の状況、韓国軍が提供を求めた背景について解説したいと思います。


南スーダン共和国の概要と内紛

南スーダン共和国は、2011年7月9日にスーダン共和国から分離独立した「世界で最も新しい国家」と言われ、国連を中心とした国際社会が協力して国造りを行っている最中です。日本も自衛隊の2012年1月から施設部隊を国連PKOに派遣し、インフラ整備に協力するなどの活動を行っております。

かつてイギリス植民地であったスーダンは、1956年にイギリスからスーダン共和国として独立しました。しかし、スーダン共和国は北部はアラブ系のイスラム教徒、南部はアフリカ系黒人の土着信仰・キリスト教徒といったように、人種・宗教の地域差が大きい国家で、アラブ系に占められていた政府と南部住民の間で対立していました。南北スーダンの対立は2度の内戦と和平を経て、2011年1月の住民投票により南部の独立が決定し、7月9日の独立に至ります。この時、南スーダンの政権を構成したのが、独立運動を主導したスーダン人民解放運動/軍(SPLM/A)でした。

南スーダンで見られる暴力の特色として、スーダン政府と南スーダン間の暴力に加え、南スーダン内部で住民同士でも苛烈な暴力が行われていた点にあります。

SPLA はディンカとヌエルと呼ばれる2つの民族が主流ですが、かつてスーダン政府は他の部族にSPLAと対立する民兵組織を結成させるなど、南スーダン内の民族分断対立を構造化させたため、現在でも南スーダン内にはSPLAに反発する部族がいます。また、当のSPLAも、ディンカ人が立ち上げた当初は、ヌエル人のアニャニャIIと呼ばれる反政府組織と敵対していた過去があります。SPLAは幾度もディンカ人の主流派(トリット派)とヌエル人の反主流派(ナシル派)の離散集合を繰り返していましたが、2002年1月にナシル派はSPLAに復帰し、南スーダン独立に至るまでは協力関係が続いていました。しかし、2013年7月に、ナシル派のトップであるマシャール副大統領が解任され、12月14日にはマシャール前副大統領によるクーデター未遂事件が発生に至ります。現在の南スーダンの状況は、このように複雑な民族間対立を背景にしたSPLAの内紛と言えそうです。



韓国軍の事情

さて、韓国軍が自衛隊に弾薬を求めてきた背景としては、韓国軍が活動している東部ジョングレイ州の州都ボルに反乱軍部隊1000名が接近しており、防衛体制を強化する必要に迫られた事と、日本と韓国が共に北大西洋条約機構(NATO)で標準化された5.56x45mm NATO弾と呼ばれる弾薬を使用している点にあります。UNMISSに兵力を派遣した国は、NATO弾を採用していない国が多く、大量に融通できる部隊が自衛隊しかなかった為とされます。なお、少数名展開中の米軍からも韓国軍は少量の弾薬の提供を受けています。

UNMISS参加部隊と展開地域(防衛省資料より

今回の小銃弾の提供は、国連を通じて行われます。これは、PKO協力法案で物資提供を国連組織に認めていますが、個別の国家に対しては認めていないためです。実は2012年に自衛隊と韓国軍の間で物資を相互に提供できる、物品役務相互提供協定(ACSA)を締結する予定でしたが、締結直前になって当時の李明博政権から延期の申し入れがあり、以後進展しておりません。ACSAでは弾薬を含む武器の提供は認められていませんが、今回のPKO協力法に基づく提供もこれまでの政府答弁で武器を含まないとしてきたため、仮に日韓ACSAが結ばれていたら、日韓で直にやりとりしていた可能性もあります。今回の事態を受けて、日韓ACSAに進展が出てくるかもしてません。

提供される小銃弾が1万発と聞いて「そんなに大量に!」と驚かれる方も多いと思いますが、派兵されている韓国軍兵士273名に1万発を均等に分けると、1人あたり40発以下で一般的な小銃の30発入り弾倉2個分にも満たないものです。全員が連射すると、数秒で撃ち尽くしてしまう量です。それほどの量でも弾薬を集めている韓国軍の状況は、かなり切迫しているのではないかと考えられます。元々、政府軍であった反乱軍はかなりの重装備を持っているものと思われますが、対するPKO部隊は重装備は限られています。現に避難民を保護していたインド軍が攻撃を受け、死者も出ているなど予断を許しません。



スレブレニッツァの虐殺に似た状況

軽武装の国連PKO部隊に重武装の武装勢力が迫る展開は、1995年のスレブレニツァの虐殺を彷彿とさせます。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中、オランダ軍を中心とする軽武装の国連PKO部隊が展開してたスレブレニツァで、8000名以上が虐殺されたスレブレニツァの虐殺は戦後ヨーロッパで最大の虐殺事件と呼ばれ、大きな衝撃を与えました。軽武装で人員、物資共に足りていなかった国連軍部隊は、重武装の武装勢力を前にして抑止力足りえず、虐殺を制止することが出来なかった事も問題になりました。今回、南スーダンで国連キャンプには難民が集まっているとされ、国連PKO部隊はその保護を行っており、状況はかつてのスレブレニツァをなぞっています。事態の進展によっては、比較的安定している首都ジュバに展開している自衛隊にも脅威が及ぶ可能性があります。

スレブレニッツァの虐殺被害者の墓地(写真:MichaelBueker)

今回の提供は、法的には問題が残るものの、その緊急性・重大性を鑑みれば妥当な判断と思います。韓国は25日には装備を空輸するとしており、それまで事態が急激に悪化しなければ、ある程度の抑止力として期待できるかもしれません。しかし、事態が好転しない限り、国連PKOと反乱部隊の衝突、あるいは住民虐殺の恐れは燻り続けるでしょう。

自衛隊、韓国軍を始めとする派遣国要員、そしてなにより南スーダンの人々のため、事態の一刻も早い収拾を望みます。



【参考】

大林一広「内戦後の暴力と平和構築  ―南(部)スーダンの予備的分析と研究課題の模索―」

栗本英世「「上からの平和」と「下からの平和」―スーダン内戦と平和構築」

また、スレブレニッツァの虐殺に関しては、長有紀枝「スレブレニツァ―あるジェノサイドをめぐる考察」
が多分、日本語における唯一の専門書籍。

また、Wikipediaの「スレブレニッツァの虐殺」の項目は、無料で読めるにしては信じられないくらいクオリティが高いので必読。


2013年11月19日火曜日

不足と過剰の間で揺れ動く、自衛隊の輸送能力

フィリピン中部を襲った台風30号における災害ですが、各国による支援が本格化し、日本も自衛隊員1180名と航空機、ヘリコプター、護衛艦を現地に送り、医療活動等の救援活動を開始しております。

ところが、この救援活動による派遣が、自衛隊の業務に波紋を与えているようです。先日、こんな報道がありました。

国内外で多発する台風被害への対応に追われる自衛隊が、相次ぐ訓練中止に頭を悩ませている。  沖縄県で実施中の大規模演習では、伊豆大島やフィリピンでの救援活動に輸送艦を派遣したことから、メーンの離島奪還訓練を一部取りやめ。米軍輸送機MV22オスプレイを使う予定だった高知県での日米共同訓練も、台風の接近で中止された。自衛隊の輸送力不足も明らかになり、幹部は「今後、訓練の穴をどう埋めていくかが課題」と複雑な表情だ。

国内外で相次ぐ災害派遣により、予定されていた訓練が実施できない状況に置かれているようです。自衛隊に限らず、平時の”軍隊”(自衛隊が軍隊かどうかの議論はここでは置いときます)の仕事の大部分は、教育と訓練に費やされています。言うならば、自衛隊の平常業務が災害派遣で滞る事態になっているのです。

その原因は、自衛隊の輸送能力を超えた派遣にあります。現在のフィリピン国際緊急援助統合任務部隊に組み込まれている自衛隊の輸送機は、航空自衛隊が保有する主要輸送機の半数近くに登っており、また輸送能力の高い艦艇についても、おおすみ型輸送艦の3分の1、とわだ型補給艦の3分の1、ひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦の半数と、自衛隊の輸送能力の半分近くを今回の派遣に費やしている事が分かると思います。


フィリピン救援に派遣された、自衛隊の輸送機/輸送艦の数と全保有数

1180名の隊員をフィリピンに送るのに自衛隊の輸送能力の半分が必要な事を、輸送能力が足りないと見るか、足りていると見るかは意見の別れる所かもしれませんが、現に訓練に支障が出ている事を考えると、かなりカツカツで予備の輸送リソースに欠けるのではないかと思います。

しかし、単に輸送能力を増やせば済むという問題でもありません。例えば、運送会社は普段から自社の運送能力のほとんどを業務に使用していると思います。しかし、自衛隊の輸送能力はその特性上、平時は全体から見ればわずかな能力で活動し、有事にはその能力を100%発揮するようになっています。言い換えれば、平時はリソースが過剰にならざるを得ない宿命にあり、有事に必要な能力を確保すると、平時にはその分維持コストがかかる事になります。自衛隊輸送能力の現状は、平時は過剰、有事は不足という事態になっているのかもしれません。

では、コストを抑えつつ、輸送能力を強化するのはどういう手段があるでしょうか。一つは、民間の輸送能力を使うことです。現在、自衛隊の演習で移動する場合でも、民間の運送会社を利用する事が増えています。

民間輸送船に搭乗する自衛隊員(防衛省サイトより引用
しかし、民間で輸送する場合、平時の輸送リソースとして期待できても、有事に利用できるかは不透明です。そのため、特別目的会社を設立し、平時は民間航路を運行し、有事や訓練の際に自衛隊が輸送船として利用する事を防衛省が構想していると報じられています。

防衛省が、海兵隊機能の柱として導入する「高速輸送艦」について、PFI方式での民間フェリー導入を検討していることが25日、分かった。PFI法に基づき特別目的会社を設立し、平時は定期運航などの運用を委ね、有事や訓練の際に自衛隊が使用する。厳しい財政事情を踏まえ装備導入費を効率化するためで、有事での自衛隊の優先使用権も確保する方針。

この案のメリットは自衛隊側が必要な時に輸送船を使えて、それ以外は民間業務に使うので維持コストを大幅に抑えられる上、運行会社側にも繁忙期に民間輸送に使い、閑散期には自衛隊の訓練に貸し出す事で自衛隊から収入を得られるメリットがあります。有事での使用については民間人保護の問題も含め、検討しなければいけない側面も多いのですが、厳しい財政状況の中で官民共に効率的にリソースを使えるので、問題をクリアしてくれればと思います。

今回のフィリピンの台風災害は予期せぬことでしたが、災害も紛争も予期せぬ時に発生することがあります。その有事に100%の能力を出せる能力は、普段からの取り組みにかかっています。厳しい財政状況が続きますが、効率的にリソースを活かせる方策を見出して欲しいと思います。


【関連書籍】



2013年11月15日金曜日

自衛隊の邦人輸送に、必要な情報と「力」

15日の参議院本会議にて、改正自衛隊法が自民・公明両党らの賛成多数で可決、成立しました。この改正により、自衛隊による海外での邦人救出にあたり、これまで航空機と船舶に限定されてきた輸送手段に、陸上での輸送が可能となりました。

    緊急時に在外邦人を救出するため自衛隊による陸上輸送を可能とする改正自衛隊法は15日午前の参院本会議で、自民、公明両党などの賛成多数で成立した。日本人10人が犠牲になった1月のアルジェリア人質事件を契機に、「輸送手段が空海路に限定されていては、安全確保の上で支障が出かねない」として邦人保護の在り方を見直した。

さて、法改正を受けて、自衛隊による陸上輸送が可能になった訳ですが、これまで認められていた船舶・航空機による輸送と比べ、戦闘地域を通過する可能性もある事などから、現地の部隊は従来より難しい判断を迫られるケースが出てくるものと思われます。今回の法改正では、武器使用基準が従来と同じように正当防衛・緊急避難の範囲に留められていますので、自衛隊側からは原則として発砲が出来ません。目的は邦人の輸送であって戦闘ではないのですから、不必要な戦闘は避けるべきで、保護対象の邦人が自衛隊車両に同乗している可能性が高い事からも、邦人の安全の為にも交戦を避けて輸送を行うかが重要になってきます。


自衛隊の輸送部隊

その為には、現地の事情や言語に通じた隊員を確保する必要があります。防衛省では平時から海外の日本大使館に駐在し、安全保障情報を収集する防衛駐在官を増強する方針です。これまで防衛駐在官がいなかった中南米で初となる防衛駐在官をブラジルに置き、人質事件のあったアフリカ地域でも、アフリカ全体で2カ国のみだった防衛駐在官派遣国を9カ国にまで拡大すると報じられており、人による情報収集活動と人材育成を活発化させるようです。

また、部隊レベルの対応として、輸送活動についての訓練が必要になります。もちろん、戦闘に至った場合の訓練も行われるでしょうが、重要なのは危険を事前に回避する為の訓練です。平時からの情報、新たに得た情報を精査し、的確な判断を下すことが求められますが、中には事前に回避できず、現地の武装勢力と威圧を背景にした交渉を行う事もあるかもしれません。威圧と言うと悪く聞こえるかもしれませんが、銃を持った軍人が歩いているだけでも、周囲の人間を威圧する効果があります。例として、在日米海兵隊の憲兵隊オフィスに貼られていた「力」の行使レベルを表した図を見てみましょう。

海兵隊憲兵の力の行使レベル


これによると、「力」の行使で銃器の使用は最高レベルの事態のみで、最も下のレベルでは軍服とアメリカ国旗を見せる事が「力」として用いられています。次いで対人交渉スキル、護送や手錠の使用と言った銃器以外の「力」の行使が行われており、海兵隊憲兵が状況に応じて有形無形の「力」を使っている事が分かります。これは警察活動を行う憲兵隊の基準ですので、邦人の輸送活動で想定される事態にそのまま当てはめる事はできませんが、このように明快な武力の行使レベルを定めて、各レベルに応じた対処の訓練を行う必要があるでしょう。単に「輸送」するだけならトラック運転手でも出来ますが、自衛隊がわざわざ海外で邦人輸送を行うのは、有形無形の「力」を示す事で事前に問題を防ぐ効果が期待されている事もあるのです。

今回の法改正は自衛隊が陸上での輸送活動を法的に認めるもので、その為に必要な装備や訓練等の措置はこれから始まります。報道では装備の面等目に見えるモノに注目が集まりますが、交渉術や「力」の行使の方法にも目を向けてもいいのかもしれません。



【関連書籍】



自衛隊による邦人輸送の問題が顕在化した、ルワンダ難民救援派遣でのNGO救出事件について、事の顛末が書かれています。
また、救出されたNGOのAMDAの側でも同様に本が出版されています。


2013年11月13日水曜日

韓国から日本に鞍替え? トルコの戦車開発パートナーと日本の事情

先日、三菱重工業がトルコ企業との合弁会社を設立し、トルコ軍向けの戦車用エンジンを供給する計画が報道されました。


政府がおととし、いわゆる武器輸出三原則を事実上緩和したあと、各国から日本に対し、防衛装備品の共同開発の要請が相次いでいて、トルコのユルマズ国防相も、ことし3月に、小野寺防衛大臣と会談した際、日本との技術協力に期待する考えを示しました。 トルコは、戦車用のエンジンを両国の企業が共同開発することを念頭に技術協力を行いたいとしており、これを受けて防衛省は、「防衛産業の基盤強化につながる」として、具体的な検討を進めています。

出典:トルコと防衛装備品で協力検討

日本とトルコは、今年5月に安倍晋三首相が訪問した際に発表した共同宣言で防衛協力の強化をうたっており、エンジン開発はトルコ政府が日本側に持ちかけた。


出典:トルコと戦車エンジン共同開発=三菱重、合弁会社設置へ

小野寺防衛大臣は具体的に共同開発が決定された訳ではないとしていますが、この合弁企業の話はトルコ側から持ちかけてきた話と報道されており、そうなると後は日本の判断待ちのようです。

トルコは次期主力戦車として”アルタイ”戦車の開発を終え、2015年から配備を開始する計画です。このアルタイ戦車は、韓国で開発中の K2戦車をベースに、トルコの軍用車両メーカーのオトカー社が、韓国の鉄道・軍需機器メーカーの現代ロテム社と共同開発を進めていたものでしたが、ベース となるK2戦車よりも先にアルタイ戦車が完成する事態になっています。

K2戦車の開発が遅れている最大の要因は、エンジン・変速機を統合した”パワーパック”(動力装置)と呼ばれる中核コンポーネントの国産化が上手くいっていない為です。今年の10月にも、K2戦車用パワーパックの開発延期が報じられています。


【ソウル聯合ニュース】韓国陸軍の次期主力戦車「K2」で用いられる韓国製パワーパック(エンジンと変速機を一体化したもの)の開発期間が再び延長された。  防衛事業庁は11日の防衛事業推進委員会で、韓国国内で開発する1500馬力エンジンおよび変速機のK2への搭載時期を来年6月から12月に延期することを決めた。


出典:韓国軍のK2戦車 国産パワーパックの開発期間を再延長


K2戦車がパワーパックで開発に躓いているのを尻目に、アルタイ戦車はパワーパックをドイツのMTU社から購入する事で、パワーパックで躓くこと無く開発を終えました。アルタイ戦車はサウジアラビア向けの輸出も決まるなど、これまでの出足は順調です。しかし、自国の防衛産業育成に熱心なトルコとしては、戦車の中核部品と言えるエンジン・変速機を自国で開発・生産する事で、より強い国際競争力を付けたいと思われますが、まだまだ技術的に他国に頼らざるをえない状況にあります。

アルタイ戦車は将来的に現在のMTU製の1500馬力のエンジンから、より高出力の1800馬力の国産エンジンに換装する計画ですが、トルコ単独での大出力エンジン開発は厳しいものがあると思われます。今までの共同開発国である韓国は、パワーパック開発で躓いているなど技術面で不安があり、技術力のあるドイツのMTU社もおいそれと中核技術を渡す事は無いでしょう。そうした中、日本の武器輸出三原則緩和によって、トルコにとっての新たな戦車 開発パートナーの候補として、日本が挙げられるようになったと思われます。

では、日本の事情はどうでしょうか。トルコが欲しい技術面を見ますと、国産の最新戦車である10式戦車は、世界で初めて戦車に油圧機械式無段変速機(HMT:Hydro- Mechanical Transmission)を搭載しており、スムーズな変速と効率的な出力伝達を可能にしています。これにより、10式戦車は後進でも最大速度の時速70キロを出せるなど、従来の有段変速機搭載戦車(10式以外の戦車全て)と較べて、機動性が大幅に向上しています(下の動画で機動力の一旦をご覧いただけます)。

国産最新鋭の10式戦車






このような高い機動性を誇る10式戦車を生んだ日本の防衛技術ですが、その前途は危ぶまれています。防衛省は戦車の定数を、現在の740輌から300輌へと削減する方針だと報道されています。


防衛省は、陸上自衛隊が保有する戦車数を現在の約740両から6割削減し、約300両とする方針を固めた。


出典:陸自戦車さらに削減300両に…新防衛大綱で


ここまで大量削減が行われると、国内にしか市場がない日本の防衛産業にとり、大きなダメージとなります。防衛省の装備調達数は年々減っており、このままでは日本の防衛産業に壊滅的ダメージを与えると懸念されています。このため、武器輸出三原則の緩和には、海外市場を開拓することで、日本の防衛産業を存続させようとする意向もありました。

このような状況の日本にとり、戦車の中核部品であるエンジン等の動力装置を海外で販売できる事は大きな意義を持ちます。一方、トルコとしても、アルタイ戦車の改良と装備の国産化は重要課題であり、そのために日本の協力を得られるのであれば、渡りに船と言えます。つまり、日本とトルコ双方に大きなメリットがある提案だと言えるでしょう。

問題は日本とトルコが組む事による政治的リスクです。従来から日本と共同開発を行ってきたアメリカや、検討中のイギリス・フランスと比べ、トルコには武器輸出を巡る問題があります。伝統的にトルコへの武器輸出はドイツが大きなシェアを持ちますが、1999年にはトルコへのレオパルド2戦車1000輌輸出計画を巡り、ドイツ政府で大きな政治問題になったこともありました。クルド人に対する人権弾圧をい行うトルコ政府に戦車を輸出する事に、緑の党から反対意見がなされ、緑の党と連立政権を組む社会民主党はドイツ国内の雇用維持を主張して戦車輸出を目指したために、連立政権解消寸前まで至る事態になりました。

武器輸出は国際環境に大きな影響を与える取引であり、その武器の行方にも責任が問われます。過去に日本でも、アメリカへ民間向けに輸出されたライフル銃が北アイルランドに送られて違法改造され、IRAのテロ活動に使われていた事が国会で問題となり、メーカーの豊和工業での製造が打ち切られる事件がありました。武器輸出をすることは、このような政治的リスクを覚悟した上で行う必要があります。

日本とトルコ双方にメリットの大きい合弁会社計画ですが、武器輸出そのものの政治性の大きさと、リスクを理解した上で判断を下す必要があります。過去、武器輸出が政治問題化する恐れが小さかった日本ですが、現在は世界的な装備の国際共同開発の潮流があり、成長戦略としての武器輸出も検討されています。あえて火中の栗を拾うならば、そこから生じる問題を解決するために備える事も、また重要になってくるでしょう。


【関連書籍】

2013年10月30日水曜日

防衛技術シンポジウム2013 RWSまとめ

防衛技術シンポジウム2013で展示されていたRWSについて、得られた情報、聞いた話をまとめてみました。


RWS外見

【陸幕からの要求事項】

・5.56mm、7.62mm、12.7mm機関銃、40mmてき弾銃を1つのプラットフォームで撃てること。

・小型の車両にも搭載可能なこと。


【要目】

・重量160kg(銃、弾薬未搭載で)

・5.56mm、7.62mm、12.7mm機関銃を搭載するプラットフォームと、40mmてき弾搭載のプラットフォームがある。機関銃とてき弾銃は構造が違いすぎて、共通プラットフォームでは無理だった。

・展示品は機関銃用。

・搭載センサーは光学、赤外線、レーザー測距儀。


【機能】

・視察モードは高視野角、射撃モードで高倍率ズーム。

・「自動追尾」では、指定されたターゲットに照準を合わせ続ける事が可能。マン・ターゲット、ハード・ターゲット双方で可能。

・機関銃はボルトの動作がRWSで可能(下写真の中央部分が動く)。40mmてき弾銃は人が操作する必要がある。

・揺動制御により、不整地走行中でも安定した射撃が可能。


写真中央部の物体がボルトを下げる

【操作】


・軽装甲車では後部座席に操作盤を搭載、操作する。

・RWSと操作盤間は有線操作。将来的には無線も検討(UGVへの搭載など)。

・表示部に物理ボタンは少なく、タッチパネルで操作。

・照準はジョイスティックで行う。

・ジョイスティックは精密操作に向かないが、車体の揺れなども考慮した結果採用。

・特に操作系に関して、陸幕より要求は無い。


表示盤

【その他】

・小型の車両にも積める事が要求だったので、軽装甲機動車で実験。他の装甲車両にも搭載可能。

・軽装甲機動車に搭載時、重量200キロ以上のモノを最上部に載せることについては、重心移動は5センチ程度で済むとのこと。

・陸幕からの要求で、最大で12.7mm機関銃を撃てるようにするために大型化したが、より小さい口径専用にすれば、小型軽量化は可能。

・陸幕から開発移行への要求はまだ無いが、装輪装甲車(改)の開発が来年度の予算要求でなされたので、それに合わせてRWS開発も要求があるかもしれない。96式40mmてき弾銃は、96式装輪装甲車とセットでの開発だったので、RWSもそうなるかもしれない。



2013年10月18日金曜日

機動戦闘車公開の動画に字幕を付けました

YouTubeにアップした機動戦闘車公開式典の動画に字幕を付けました。




開発官(陸上担当)の岩崎陸将の式辞を、日本語で書き起こししています。

が、YouTubeは字幕翻訳機能がありますので、こんな風に表示できます。




これで中国の憤青からマニアまで、動画を楽しめる人が増えるよ! やったねたえちゃん!

2013年10月9日水曜日

機動戦闘車、記者会見等でわかったことまとめ


ついに開発中の機動戦闘車の試作車が公開されました。
記者会見やその後の質疑応答等で分かったことを、とりあえずまとめてみました。



その他、質疑応答などで明らかになった点。

武装面

Q.74式戦車の砲弾が使えるとのことだが、減装弾ではなく、フル規格という理解で正しいか?
A.74式戦車の砲弾が発射可能。減装薬弾ではない。

Q:自動装填装置は取り付けられないのか?
A.装填は手動装填。重量・容積などのトレードオフで、自動装填装置はない。

Q.OTOメララを搭載すると当初は聞いていたが、なぜ国産砲になったのか?(dragoner注:そんな話あった?)
A.OTOメララを搭載するという話は承知していない。最初から国産。

Q.反動抑制に先進軽量砲で研究されていた電子制御駐退機などを使っているか?
A.従来技術のブラッシュアップによるもので、変わった技術は使っていない。

Q.試作(その2)での契約額上位が、光学機器・センシングメーカーが多い。これは、従来の装甲車両に比して、機動戦闘車では偵察・監視能力を重視しているのか?
A.試作(その2)では、センサ関連の構成要素技術の試験をやったため、光学機器・センシングメーカーの契約額が大きい。

Q.なぜタイヤがミシュランなのか?
A.開発開始時で採用可能なのはミシュランしかなかった。装備化の際は国産も可能になると検討しているが、細部は検討中。

運用面

Q.機動戦闘車は新しいカテゴリに属する装備なのか、あるいは何かの後継なのか?
A.新しいカテゴリの装備と考えている。

Q.輸送面以外で、統合運用を考慮した点はあるか?
A. 運用に関わる面なので、細部についてはお答えできない。

Q.政策評価書で当初機甲科での運用とされていたが、後の政策評価書では「戦闘部隊」に変わっていた。実際の部隊運用はどこになるのか。
A.その時その時の検討によって変わっていた。 戦闘部隊というのは、普通科・機甲科・偵察と理解していて、実際どこに入るかは検討していると承知している。

Q.横幅が2.5mの道交法制限を超えているが、今後の装輪装甲車では道交法を考慮しないのか?
A.大口径火砲を搭載し、安定性確保のために車幅を決めた。今後の開発でどうするかは検討していない。











2013年9月30日月曜日

ネトウヨ・陰謀論者の肥やしとなる、自衛隊将官の陰謀論

2008年11月、アパグループが主催する懸賞論文への応募作の内容が問題となり、田母神俊雄航空幕僚長が更迭、退官することになった騒動は記憶に新しい。航空自衛隊の現職トップが、政府見解と大きく異なる歴史観の論文を明らかにしたのが物議を醸した訳だが、その「論文」内容のお粗末さは目に余るものがあった。

田母神論文で参考文献として挙げられた『盧溝橋事件の研究』の著者で現代史家の秦郁彦は、田母神論文における自著の恣意的な引用に不快感を表明し、総論として「論文というより感想文に近いが全体として稚拙と評ざるをえない。結論はさておき、根拠となる事実関係が誤認だらけで論理性もない」と酷評し、著書「陰謀史観 (新潮新書)」でも、田母神元空幕長の歴史観を陰謀論と認定している。後に防衛大臣となる森本敏拓殖大学大学院教授も「あの程度の歴史認識では、複雑な国際環境下での国家防衛を全うできない」と批判するなど、論文の程度の低さや事実関係誤認等、学識者から多々指摘されている。

田母神論文については、航空幕僚長の更迭といった事件を引き起こした事もあり、多くの学識者らによって俎上に載せられ、その内容のデタラメさが明らかにされた。しかし、田母神論文の他にも、自衛隊の元将官による稚拙な陰謀論の主張が見られる。ここではその一端を紹介するが、自衛隊の将官は200名以上おり、退官者も入れると相当数な数に登る。ここで紹介する陰謀論者、あるいはトンデモな将官は、将官の中の少数だとあらかじめ断りを入れておきたい。

上官の訓示を待つ自衛官(イメージであり、写真の部隊・隊員は本記事と無関係です)


民主党政権に北朝鮮の息のかかった在日朝鮮人議員が70人?

――2009年の民主党政権成立時、「朝鮮人政権である民主党政権」に70人もの在日朝鮮人議員が送り込まれた――。そう主張するのは、陸上自衛隊の化学戦の専門家で、幹部学校・第4戦術教官室長を勤め、平成元年(1989年)に退官した倉田英世元陸将補だ。現在は、WebメディアのJBプレスの執筆者として活動しているが、9月24日の「さらば韓国、反日を煽り続ける国とは断絶を」の内容が物議を醸した。その内容を見てみよう。

日本国内での在日朝鮮人工作は、帰化した在日朝鮮人である「なりすまし日本人」の活動が主体である。過去に想起した在日朝鮮人工作は、第1に、仲間を国会に送り込むことから始められ、2009年朝鮮人政権である民主党政権に、分かっているだけでも70人が日本の国会に送り込まれた。

2009年の衆議院選挙における民主党の当選者は308名だから、倉田元陸将補の弁では、当時の民主党代議士のおよそ4分の1が在日朝鮮人と言うことになる。かなり具体的な数字を挙げているが、所謂”ネット右翼”が主張している話と同じで、この手の主張の根拠を一度も見たことがない。倉田元陸将補はWebメディアで署名記事を書いている以上、何らかの根拠を持っていると思われるが、不思議なことにそれは明らかにされていない。”赤狩り”の時代、「国務省内の共産主義者のリストを持っている」と宣言したマッカーシー上院議員が、一度もそれを明らかにする事無く失脚したのを彷彿とさせる。2013年の衆議院選挙での民主党の再選は56人だから、単純に計算すれば今も10名以上の在日朝鮮人が民主党代議士にいるはずだが、現在の民主党議員から事実無根と訴えられても、訴えを跳ね除けるだけの根拠を倉田元陸将補はお持ちなのだろうか。

また、田母神論文と同様、倉田記事も事実関係の誤認が多い。突っ込みどころを挙げていこう。

日本はこの左傾化が進む韓国にいかに対処して行くかの政策を、日・米および東シナ海および南シナ海等周辺の自由圏諸国とともに、検討・確立。左傾化が止まらないうえに、対日関係の悪化を徹底的に追求しつつある韓国と、いかに対処して行くべきか、日本としての戦略を速やかに確立し、対応して欲しいというのが好日専門家の要請である。

倉田記事において、左傾化が進む韓国はより親中・親北になっていくと懸念しているようだ。しかし、日本の保守層に多く見られる誤解だが、韓国における保守派は伝統的に親中勢力であり、逆に左派・革新派は自らが韓国の民主化に果たした役割を自負しているために、非民主主義的体制である中国を軽視する傾向があるとされる(韓国内の政治勢力と中国の関係については、日本経済新聞の鈴置高史編集委員のコラム 「早読み 深読み 朝鮮半島」を参考にされたい)。日本における左右の認識を、そのまま韓国に当て嵌めようとして失敗しているパターンだ。でも、これはまだ可愛いレベルの事実誤認だ。

総選挙当日、日本では予想通りの異変が起こり、55年体制と言われていた自民・公明体制が敗北し政治運営に未知な「民主党新政権」の確立が援助され、中国・韓国・北朝鮮との国交正常化を後押しする社会世論を喚起させていくことが奨励され、一応の任務を達成した。

まず義務教育レベルの間違いとして、55年体制とは1955年以降の与党自民党・野党第一党社会党を占めていた体制の事であり、55年体制は1993年の細川連立政権発足で既に崩壊している。なお、公明党の成立は1964年であり、自公が連立を組むのは1999年以降で、公明党は55年体制とは関係が無い。民主党の政治運営の「未知」(原文ママ)を指摘する割に、倉田元陸将補の政治についての知識はかなり怪しい。また、ここでも北朝鮮らによる援助の根拠は語られていない。

NHK、フジテレビ、TBS、テレビ朝日、日本テレビなどが、韓国・北朝鮮から多大な影響を受けて自他ともに許し合いの下で継続している。これらのテレビ局、産経新聞、読売新聞を除く新聞界、世界、岩波などの左翼系雑誌がみな傘下に入っているのだ。

産経新聞、読売新聞を除く新聞社と、主要キー局は全て韓国・北朝鮮の傘下にあるそうだが、フジテレビは産経新聞と同じフジサンケイグループの企業であり、フジテレビの日枝会長は産経新聞社の取締役相談役を兼任している。同じく韓国・北朝鮮の影響を受けているとしている日本テレビも読売新聞グループ本社の傘下企業だが、なぜこの2社だけ「韓国・朝鮮からの多大な影響」から例外扱いで、グループ企業は韓国・北朝鮮の傘下なのか、まるで説得力が無い。

しかし1980年以降は、北朝鮮だけでなく、韓国に対しても北朝鮮指向の有能な若者を手なずけるのために、毎年平均で2400億の巨額の資金が流れ込んでいっていた。その金額のほとんどは、北朝鮮に忠誠を誓う大学生の援助資金に使われ、その総額は今日までに約2兆ウォンに達していると言われている。
元将官なのに、算数もできないのかと唖然となった。1980年から30年以上経過しているが、年平均で2400億ウォンの金が流れ、そのほとんどが工作資金に使われたなら、総額は今日まで7兆ウォン以上になるはずだが、倉田元陸将補の出した数字はその3分の1も無い。倉田元陸将補の論拠が不明だが、ソースから丸写ししたとしても数字の検証すら欠いており、酷い記述であると言わざるを得ない。

突っ込みどころを挙げると他にもキリがないが、ここらで止めておこう。だが、倉田元陸将補が可愛く見える将官がいる。倉田元陸将補は退役後にやらかしてるが、次は現役時代からアグレッシブだった。



制服着用でホメオパシーを称揚。水道水の塩素添加はGHQの陰謀

陸上自衛隊小平学校人事教育部長を勤め、平成22年に退官した池田整治元陸将補。現役時代から現在に至るまで、池田元陸将補はネット上の一部メディアで様々な主張を開陳していたが、そんな氏のネット上での評判はどんなものか? 人に聞いた評判では偏りがあるので、機械的に関連ワードを収集しているGoogleを使うことにする。池田元陸将補の名前をGoogleに入力すると、予測検索で様々な単語が出てきた。

「池田整治」とGoogleに入力すると……


なお、Googleは検索結果をユーザーに最適化する為、最適化を避けるために匿名化ブラウザのTorBrowserを用いて検索したが、上記のキャプチャ画像と同じ結果だった。ネット上で氏を知る大多数に、氏はこういう人物だと思われているようだ。

池田元陸将補のトンデモ主張については、いちいちツッコミ切れない程あるので、主なものを簡潔に箇条書きで挙げる。

現役自衛官時代
  • 「水は話しかけると美味しくなる」と自衛隊部内紙に寄稿。
  • SPA!誌におけるインタビューで、新型インフルエンザに対してホメオパシーが有効だと推奨。
  • 水道水への塩素添加は、GHQによる日本弱体化の陰謀と自著で主張。

退官後
  •  「江戸しぐさ」と呼ばれる歴史的事実として認められていないマナー運動について、江戸しぐさが現在に伝わっていないのは「新政府軍の武士たちに老若男女にかかわらず、わかった時点で斬り殺されていったからです。」と主張。

ホメオパシーは19世紀からある民間療法の一種だが、近代医学に対する否定的な姿勢で知られ、レメディと称する砂糖玉の高額販売トラブルや、2009年には山口県でホメオパシーに感化された助産師が新生児にビタミンKを投与しなかった為、ビタミンK欠乏症により死に至らしめる事件が発生するなど問題化している。死者が出た事を受け、2010年8月に日本学術会議が「ホメオパシーには科学的に全く根拠がない」と声明を発表し、日本医学会、日本歯科医師会、日本薬剤師会の3師会全てがそれに賛同するなど、医学界全てがホメオパシーをエセ科学だと認定し、その悪影響排除に乗り出している。

しかし、ホメオパシーで死者が出てから間もない2010年1月、池田元陸将補はSPA!誌上のインタビューにて、新型インフル対策にホメオパシーを推奨する旨を主張している。このインタビュー記事はホメオパシー団体のホメオパシージャパンの公式HPで掲載されるなど(後に削除)、エセ科学の広告塔として現役幹部自衛官(2010年1月当時)が肩書を強調して使われており、問題があると言わざるを得ない。この記事の科学的デタラメについては、下記のブログで詳しく検証されており、興味のある方はぜひご覧頂きたい。


幻影随想: SPA!のトンデモ記事および池田一等陸佐の免疫学に対する無知を切る

池田整治氏による予防接種否定論と自衛隊 - Not so open-minded that our brains drop out.


ここまで自衛隊将官のトンデモ発言について触れたが、彼らに共通しているのは、話の根拠が単純な事実誤認か、根拠を明らかにしない、或いは恣意的に利用している点だ。このような根拠に乏しい話であっても、自衛隊の将官という社会的信用を得ている地位にある人間の発言として、賛同者達によって様々な形で引用され、あたかも真実かのように語り継がれていく。ネット右翼や陰謀論者、似非科学信奉者たちの唱える話の根拠として繰り返し利用される。そう、ネット右翼や陰謀論者にとっての肥やしと化しているのだ。



中国軍で好戦的発言する将官は出世できない。だが、自衛隊では……

ここまで自衛隊のトンデモ将官について紹介したが、自衛隊は25万人を擁する日本最大級の組織であり、トンデモな人が人口に一定数含まれている以上、自衛隊にも多くのトンデモさんが集まるのは避けられない事だ。しかし、そのトンデモさんが、将官にまで出世するのはいかがなものか。

ここで、中国軍の将官の例を挙げよう。日本のメディアで「中国軍高官」とされる軍人、彭光謙少将、羅援少将といったタカ派将官らの好戦的発言が取り上げられることがある。ここで彼らの発言を論評する事はしないが、Googleで彼らの名前を検索すれば、過激な発言は山ほど出てくる。だが、少将である彼らは下位の将官だ。

立命館大学の 宮家邦彦教授によれば、中国人民解放軍で「高官」と呼べるのは共産党中央委員である40名であり、その中に好戦的な発言をする将官はいない(詳細は「好戦的発言を繰り返す下級将官は出世できない」を参照のこと)。出世コースから外れた将官の発言が「中国軍高官」の発言として日本では報道されているが、実は高官でもなんでもない彼らの言葉を額面通りに、中国軍主流派の意思だと捉える必要はない。そういう意味で、少将と同格の倉田・池田両陸将補の発言も、自衛隊で主流の意見とは見做せない。だが、言い逃れできない人物がいる。航空自衛隊のトップに上り詰めた、田母神元空幕長だ。麻生政権は即座に更迭したものの、自衛隊高官は陰謀論者でも勤まる事を明らかにしてしまったのは痛い。本当の中国軍高官は、影で自衛隊を笑っているかもしれない。



何故、陰謀論者が自衛隊高官に?

何故、陰謀論者が自衛隊高官に就く事態になったか、その詳細は明らかではないが、ここからは著者の推測を述べる。

自衛隊の陰謀論者の多くに共通しているのは、一貫した被害者意識だ。――コミンテルン、ルーズベルト、GHQ、マスメディア、中国・韓国・北朝鮮……。日本は彼らの術中にあり、破滅の道を進んでいる。日本古来の大和魂・武士道を取り戻し、日本を復活させねばならない――。彼らの認識は概ねこれが基本路線だが、情けないほど日本が陰謀に弱い被害者として描かれている。「首謀者まで特定されるようなザルな陰謀なのに、まんまとそれにハマる日本って馬鹿なんじゃねえの? てか、日本人馬鹿にしてるだろオイ」と普通の人は思うだろうが、被害者意識に染まりきった陰謀論者はそうは思わないようだ。

戦後に発足した自衛隊が、様々な謂れのない理不尽な仕打ちを左派・マスコミから受けてきたのは事実だ。革新自治体による成人式への自衛官出席拒否、大学へ進学した自衛官への暴行とそれに見ぬふりをしたメディア、自衛官を殺害した過激派の逃亡に協力したマスコミ関係者等、左派やマスコミへの不信の材料は枚挙に暇がない。敗戦という屈折からスタートし、さらに守るべき国民からの理不尽な仕打ちに歪んだ被害者意識を醸成させる自衛官がいたとしても無理なからぬ事だろう。

陰謀論者の自衛官の回りにいる人物達――右派論客、”親日”外国人、陰謀論者――は、叩かれる自衛官を承認し、味方してくれる数少ない存在だった。 彼らの影響を受けた自衛官は、陰謀論を振りかざすようになる。この経緯は、北朝鮮による拉致が公に認められていなかった頃、拉致被害者の親族友人らで結成された「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(通称:救う会)が、広範な協力を得られない中で、唯一協力的だった右派諸団体の影響を受けて政治的に先鋭化・右傾化し、各地で分裂騒動を起こした事例に似ている。孤立無援にある者は、優しく擦り寄って来る者に、とことん弱い。

屈折した被害者意識に苛まれた彼らにとり、過去から現状の問題の原因全てを他者に転嫁できる陰謀論はさぞかし魅力的に映っただろう。だが、彼らは面と向かって陰謀の首謀者(特にアメリカ)を糾弾することはしない。このような姿勢について、現代史家の秦郁彦は『陰謀史観 (新潮新書)』の中で、「彼らがこの種の「正論」を引っさげ、アメリカへ出かけて論戦しようと試みた形跡はなく、日本人の一部有志に訴える「国内消費用」の自慰的言論に終始した」と評しているが、まさに自らの心理的逃避先としての主張でしかないのだ。

繰り返すが、このような陰謀論に走る自衛官は少数だろう。田母神論文を批判した森本教授は、田母神元空幕長の6期上の先輩にあたる元自衛官だ。また、1970年の楯の会事件で、自衛隊によるクーデターを訴えた三島由紀夫に抵抗し、失敗に追い込んだ健全さが、その場にいた旧軍経験者含めた自衛官にはあった。その際の三島の演説や檄文は、自民党を批判している点を除き、現在のネット右翼の陰謀論とそう変わらない。今、楯の会事件が起きても、多くの自衛官は抵抗し、決起は失敗するだろう。

だが、上位者の言動は下位の者に確実に影響を与える。前述の宮家教授は、中国軍の次代を担う若き幹部候補生は、軍内部の少数派であるタカ派将官以上に強烈なナショナリズムの持ち主で、それは将来の日米にとっての脅威となるだろうと警告している。これと同じ現象が、自衛隊内部で起きていないという保証は無い。主張好きな陰謀論将官達は、盛んに自衛隊内での講話を行っていた。自衛隊の中堅幹部から国政に転身した現職国会議員が、粗暴な言葉で陰謀論をツイッターで呟き、後に撤回した騒動も最近起きている。不安の種は、ある。

しかし、国民の自衛隊へのイメージは冷戦終結以後に好転しており、特に阪神大震災、東日本大震災を経て、国民が自衛隊に寄せる信頼はかつて無いほどに高まっている。あからさまな反自衛隊活動も鳴りを潜めており、反自衛隊活動を展開していた急進的平和団体・過激派関連組織は、新組織に鞍替えして存続を図るなど、活動の転換を迫られている。かつての冷遇と比べれば、今の状況はだいぶ明るいものだ。だが、長年の鬱屈を抱え続けている自衛官が未だにいるのも事実だ。
虐めた側はすぐにその事実を忘れるが、虐められた側は一生忘れない。
自慰的な言論に終始するのは、慰撫して欲しい傷がある事の裏返しだ。

屈折した被害者意識の持ち主が、自衛隊高官にまでなってしまった事実は、戦後の日本を考える上であまりに重い。我々日本国民が、彼らの被害者意識を解消させる日は来るのか、それとも厳しい清算を迫られる日がやってくるのか――



【関連書籍】



なんだかんだ書いたけど、池田元陸将補のアレは、素だと思う(オチ)

2013年9月2日月曜日

【告知】Yahoo!ニュース個人に「自衛隊に“海兵隊機能”を持たせる事の意味」掲載

Twitterでも告知しましたが、Yahoo!ニュース個人に記事を投稿しました。

自衛隊に“海兵隊機能”を持たせる事の意味(dragoner) - 個人 - Yahoo!ニュース

先日、2回連続でブログに載せた海兵隊記事を1つに統合し、リライト及び写真追加したものです。
まだ見てやるぜという方は見ていってやって下さい。

2013年9月1日日曜日

自衛隊に海兵隊機能を持たせる前に、そもそも海兵隊ってなんなのさ? <後編>

前回ではアメリカ海兵隊の歴史を振り返ることで、海兵隊が絶えず自己を変革することによって、状況に対処してきたことを説明しました。
では、現在の海兵隊はどのよう考え、行動する組織なのでしょうか。後編では、そのドクトリンの中心的概念から装備について考え、自衛隊への海兵隊機能を持たせることについて考えてみたいと思います。



Maneuver Warfare:機略戦

現在の海兵隊を考える上で欠かせないのは、“Maneuver Warfare”という概念です。単純に和訳すると、「機動戦」という言葉が一般的になるかもしれませんが、米国海兵隊ドクトリン総論『WARFIGHTING』を邦訳した戦争平和社会学者の北村淳氏は、”Maneuver”は「機動」よりも広い意味を包含しているとして、「機略戦」という言葉を訳に充てています。ここでも北村氏に倣い、「機略戦」という言葉を使いたいと思います。

さて、この機略戦とはどのような概念なのでしょうか。原語の”Maneuver”の一般的な訳である「機動」は、「有利な場所を得るために機動する」といったような空間的な概念に用いる言葉です。これに対して「機略」は、空間的・心理的・技術的・時間的といった広い概念に適用され、中でも最も重要なのが「時間における機略」であるとされます。
「時間における機略」を達成するために用いられるのが、スピードであり、奇襲です。敵に対応する時間を与えず、次から次へ手を打つことで、敵を心理的麻痺状態に陥らせて機能不全にすることが理想的とされます。このように時間を重視する海兵隊は、その意思決定から持つ装備までがスピードを重視したものになっています。



意思決定から装備までスピード重視の海兵隊

海兵隊の意思決定は、OODAループと呼ばれるサイクルに基いて行われます。これは、監視(Observe)ー情勢判断(Orient)ー意思決定(Decide)ー行動(Act)の頭文字から取られたもので、敵の戦闘力が喪失するまで、このサイクルを繰り返し実行することで迅速かつ効果的な意思決定を図るものです。

もともと、OODAループは朝鮮戦争において、ソ連製MiG-15に機動性能で劣る米空軍のF-86が、実際の戦闘ではMiG-15を圧倒していたことについての調査研究から発見されたものです。その結果、F-86が360度の視界を確保し、操縦桿が軽くて機敏に操作出来ていたのに対し、MiG-15の後方視界は悪く、操縦桿が重くて素早い操作が困難だった事が明らかになりました。つまり、F-86のパイロットは迅速に状況を把握・判断して意思決定を行い、素早く行動に移せたが、MiG-15はその意思決定スピードに追いつけなかったことが勝敗の原因と考えられました。機体の機動性能ではなく、意思決定のテンポの速さが勝負を分けたのです。

海兵隊ではOODAループの回転を高速に行うことで、敵に思考と行動する隙を与えず、抵抗を封じます。このようなスピードを得るため、現場の小部隊に対しても自発的な意思決定を行わせるための裁量権があります。また、軍隊では上の命令は絶対とイメージする方も多いと思いますが、海兵隊では部下に対して「指揮官の意図」だけを伝え、その手段を部下が自発的に考え行動します。現場が自発的に考えて行動することで、スピードと敵の意表をつく大胆さが得られるという考えなのです。

意思決定だけでなく、装備にも海兵隊のスピード重視が現れています。まず、昨今話題のMV-22オスプレイがそれです。海軍と空軍もオスプレイを導入しますが、海兵隊は米軍中で最も多い360機を取得する予定です。オスプレイは従来使われていた、CH-46ヘリの約2倍のスピードと4〜5倍の航続距離を持ち、より遠方の目標により短時間で到達することが可能です。

CH-46EとMV-22Bの比較

戦闘行動半径を下図のように実際の地図上に表示すると、活動範囲が極めて増大することが分かります。また、CH-46の約2倍の巡航速度により、作戦も迅速に行うことが可能です。

CH-46EとMV-22Bの戦闘行動半径比較図(中心:普天間基地)
また、CH-46以外にも海兵隊のスピード重視が現れているのが、高速輸送船HSV-2 スウィフトの存在です。揚陸艦・輸送艦は海軍の所属(しかもHSV-2は民間からのチャーター)となるために厳密に海兵隊とは言えないのですが、真っ先に運ばれるのは海兵隊の兵士になります。

HSV-2 スウィフト(Wikipediaより
スウィフトは最大速度45ノット毎時の双胴の高速輸送船で、従来の揚陸艦と比べて迅速に大兵力を輸送可能です。MV-22がいくら優速であっても航空機では軽武装の少人数しか輸送出来ない為、重武装の兵員の大量輸送は未だに海上輸送に頼らざるを得ません。このスウィフトは大兵力の高速輸送を可能にするという点で、MV-22と並んで注目される装備です。



自衛隊の海兵隊機能強化の施策

さて、自衛隊に話を戻しましょう。昨今の自衛隊の海兵隊機能の付与・強化については、具体的な施策がいくつか出ております。

平成26年度予算の概算要求では、陸上自衛隊内に「水陸両用準備隊」を創設するための予算が計上されています。この部隊で装備品や作戦のノウハウを集めて、早期に水陸両用作戦の戦力化を目指すとしています。この概算要求よりも前、今年の5月から7月にかけて、陸上自衛隊員30名が沖縄のアメリカ海兵隊で水陸両用作戦訓練の研修を受けており、この研修を受けた隊員が水陸両用準備隊や水陸両用作戦教官の中核メンバーになるものと考えられます。

また、装備面でも水陸両用車両のAAV7を参考として、米国から2両購入することも要求される他、既存のおおすみ型輸送艦でも水陸両用車両が運用できるようにする改造費も盛り込まれています。

AAV7イメージ (平成26年度概算要求より)

また、アメリカ海兵隊はスピード重視の装備を志向することについては先ほども触れましたが、自衛隊の海兵隊機能についても同様の事が言えるようです。ティルト・ローター機導入検討のための予算が盛り込まれており、現在実用レベルにあるティルト・ローター機はオスプレイ以外にいないため、自衛隊がオスプレイを早ければ平成27年度予算で取得する可能性があります。

オスプレイの他にも高速輸送船で動きがあります。 津軽海峡フェリーが所有する高速フェリー”ナッチャンWorld”をPFI(民間資金等活動事業)法に基づく特別目的会社に平時の運行を委ね、有事に自衛隊が利用するという案が報道されています。

ナッチャンWorld(Wikipediaより
ナッチャンWorldはHSV-2 スウィフトを設計・建造したインキャット社で建造されたもので、スウィフトに近い性能を持つ高速輸送船です。これまでも、東日本大震災や演習での装備輸送で自衛隊にチャーターされてきましたが、本業の旅客輸送においては運行経費の高さから、繁忙期以外運行されていないなどの問題がありました。
しかし、特別目的会社に運行を委ねることで、繁忙期は旅客輸送を行い、閑散期や有事に自衛隊が使用料を払って利用することで、海運会社は資産の有効利用が出来、自衛隊側は購入よりもコストを抑える事が出来、民間・自衛隊双方にメリットがある方策です。これは、スウィフトをチャーターしている米海軍に近いと言えるかもしれません。

水陸両用車両、V-22オスプレイ、高速輸送船と、アメリカ海兵隊と同じような装備の取得を進める自衛隊ですが、意思決定などの面ではどう変わっていくのでしょうか。その中核と言えるのが、3自衛隊の統合運用と言えるでしょう。



自衛隊の統合運用=海兵隊化?

自衛隊は陸海空の3軍に分かれており、アメリカ海兵隊に相当する軍はおりません。アメリカ海兵隊では、作戦に必要な軍種を海兵隊内で保有することで、組織間の意思疎通のスピードを大幅に早めていました。近年の自衛隊は、海兵隊のような1つの組織とは言わないまでも、3自衛隊を統合的に運用する体制を目指すとしております。この動きは、最近の富士総合火力演習などでも統合運用を押し出したシチュエーションになっていることや、自衛隊の組織改編、人事異動などでも見て取れます。

統合運用の象徴的な出来事が2006年の統合幕僚監部の新設です。それまで3自衛隊は長官(現・大臣)を各幕僚長が補佐する形で活動していたのに対し、統合幕僚監部の設置により、長官の補佐は統合幕僚長に任され、3自衛隊の指揮は一元化されることになりました。また、東日本大震災においても、自衛隊最大規模の統合任務部隊”災統合任務部隊”が組織され、陸上自衛隊の東北方面総監の指揮下に3自衛隊の部隊が組み込まれて災害救援活動に従事するなど、統合運用の事例は確実に増えつつあります。

しかしながら、報道や発表を見る限り、どうしても装備面ばかりが目立つのもまた事実で、自衛隊の統合運用をどの程度まで進めるのか、そのゴールが見えません。アメリカ海兵隊式の装備を揃えただけで、アメリカ海兵隊の様になれる訳でもなく、思考や行動原則もハードに見合ったものが求められます。

報道では、「陸上自衛隊の海兵隊化」と陸に限定して書いているものも散見され、実際に自衛隊内で海兵隊志向が強いのは、陸上自衛隊ではないかと見る向きもあります。しかし、迅速に行動するために、自前で作戦に必要なものを自前で揃えたアメリカ海兵隊の本気度合いを見ると、それでは不十分ではないかと思われます。本当にアメリカ海兵隊のような組織と能力を持つのならば、陸だけでなく、全自衛隊が海兵隊としての意識を持つ必要があるのではないでしょうか。


【関連資料】

2013年8月25日日曜日

自衛隊に海兵隊機能を持たせる前に、そもそも海兵隊ってなんなのさ?<前編>

最近、自衛隊に「海兵隊機能」を持たせる、という報道が相次いでなされています。

朝日新聞デジタル:自衛隊に海兵隊機能 新防衛大綱の中間報告 - 政治

自衛隊に海兵隊機能、無人機も導入へ 防衛大綱中間報告 - MSN産経ニュース

報道では海兵隊機能について、V-22オスプレイや水陸両用車の配備によって、離島奪還のための水陸両用作戦機能を強化することと説明しているようです。ですが、装備などのハードウェア面のみで海兵隊機能と言うのは、些かの違和感があります。

今回は、自衛隊が範としようとしているアメリカ海兵隊から、「海兵隊機能」とは何なのかについて、考えて行きたいと思います。

ドーンブリッツ2013で海兵隊員と打ち合わせを行う自衛隊員(海兵隊サイトより)

第4の軍


まず、アメリカ海兵隊とはどのような組織なのでしょうか。海兵隊は海軍に属する組織だと思われがちですが、海軍からは法的に独立した組織であり(調達など、海軍が行う業務もありますが)、陸海空軍に続く「第4の軍」として機能しています。

現在の海兵隊は陸戦要員となる海兵隊員に加え、戦車、航空機などを自軍で保有しており、海兵隊のみで陸海空軍の機能を備える自己完結性と緊急展開能力がその特徴となっております。しかし、海兵隊が現在に近い形になったのは歴史的に見れば第二次大戦の前後からで、海兵隊は誕生からの長い間、海軍と陸軍の間でその存在意義が問われていた存在でした。

1775年に誕生したアメリカ海兵隊は、海軍艦艇内の規律を保つ警察要員、または上陸時の警護要員としての役割が与えられており、ペリーの浦賀来航時にも200名の海兵隊員が護衛として上陸しています。植民地獲得競争の時代には、植民地における米国人の保護や海賊退治などが主任務で、戦争に海兵隊が大々的に参加するようになったのは第一次大戦になってからです。
第一次大戦でドイツ軍がパリに迫った際、陸軍の補助として参戦していたアメリカ海兵隊が、ベローの森にてドイツ軍の猛攻を防ぎきった事で海兵隊は賞賛されます。しかし、陸上で陸軍と変わらない戦闘をするならば、それを海兵隊がやる必要性はありません。第一次大戦後の軍縮では、海兵隊は大きく削減され、陸軍との予算を巡る争いの中、海兵隊の存続を危ぶむ声が海兵隊内部から出ました。



新たな使命の創造


第一次大戦後、海兵隊は自身の存在意義、新たな任務を見出します。第一次大戦の勝利により、ドイツから南洋諸島を獲得した日本が、太平洋におけるアメリカの新たな脅威となり、将来の日本との戦争に備えたオレンジ計画が準備されます。その策定の中、海兵隊のエリス少佐が、太平洋に点在する日本軍の拠点を順次奪取し、島嶼伝いに直接日本本土を叩く方針を示します。この方針を実現する為の手段として考えられたのが「水陸両用作戦」で、海兵隊がその任を担うものとされました。海兵隊は陸軍にも海軍にも出来ない、水陸両用作戦という新たな任務にその存在意義を見出すことになり、その実効性は第二次大戦における日本との戦闘の中で証明される事となります。

第二次大戦後、海兵隊は水陸両用作戦にとどまらず、新たな任務を見出していきます。朝鮮戦争やベトナム戦争を経験し、船艇による上陸作戦のみならず、ヘリコプターを利用し紛争地に迅速に展開する即応軍として海兵隊は変化していきます。即応性を新たな存在意義とした海兵隊は、「アメリカの911(日本の110番に相当する緊急通報番号)フォース」と呼ばれるまでに至っています。

このように自身の存在意義を問われ続けてきた海兵隊は、自身を絶えず革新することで存在意義を見出していく組織文化を持っており、このことをして「海兵隊は使命を創造する」と評価されています。


<続くよ>


【関連書籍】





2013年6月21日金曜日

国際演習ドーンブリッツ2013 映像まとめ

最近、自衛隊関連で一番ニュースになっていることとは、アメリカ西海岸で行われている、多国籍演習のドーンブリッツですね。
Dawn Blitz(夜明けの電撃)って名前、今はBlitzは英語圏でも使われるとは言え、英語とドイツ語混じりの中二センス溢れるのがええですね。STEINS;GATEみたいで。

さて、6月10日から始まって26日に終了ですから、もう演習も終盤です。
今回は離島奪還演習なども含まれる注目度の高い演習であると同時に、海外での演習であることから、非常に映像が豊富なのも特徴です。
今日はドーンブリッツの映像を紹介してみたいと思います。



オスプレイ・ひゅうが関連




話題になった、しもきたとひゅうが甲板へのオスプレイの着艦動画。
前半がしもきた、後半がひゅうがです。
このアカウント、US Militeryって名前だけど、非公式のアカウント。でも、アメリカの公務員が業務上作成した映像は、パブリックドメインとして著作権が無いので、こういう転載が多くあります。
日本もパブドメにしちゃった方がええのにね。




ひゅうがへのオスプレイ着艦を艦側から撮影。さらには、艦内に収容される様子も分かります。






ひゅうが艦上でのインタビューの様子1と2。日米両者の会見が聴けます。
中国が演習にナーバスになっていることも質問されています。




ひゅうが艦内・艦上に米軍関係者を案内。


http://bcove.me/dnrugvd1
http://bcove.me/upztzp0i

この2つは演習地であるサンディエゴの地方紙、U-T San Diegoのによる取材映像です。ひゅうが内部での取材の様子が分かります。
最初はプレイヤー表示にしていたんですが、再生ボタンを押さずとも自動で再生が始まってしまったので、リンクのみにしておきます。



演習全般




第一海兵遠征旅団(自衛隊の公式リリースだと「第一海兵機動展開部隊」という訳。英略は1stMEB)のYouTubeチャンネルの映像。
あたごの入港、ひゅうがの接岸と記念式典の模様が映っています。




同じく1stMEBによる、しもきたから発艦したLCACの上陸と、輸送されたトラックの積み下ろし、LCACの帰投までの様子です。
映像から切り出した画像ですが、LCACのデカさが分かりますね。





こちらもLCACの上陸の様子。




トラックから木箱に入った弾薬を搬出します。
アメリカ海兵隊と共同で運んでいますね。




演習に参加している西部方面普通科連隊の様子。
最初が120ミリ迫撃砲の設置で、それ以降は測候・パトロール演習の様な感じです。終盤、隊員が坂道でバテています。
日本国内の演習だったら、ここまで接近して長時間の動画撮影はあまりないと思います。




海兵隊との協同作戦です。地図で互いに状況を確認しあい、オスプレイや自衛隊のCH-47、AH-64D、LCACからの部隊が続々と到着します。
これは17日に行われた演習で、オスプレイに搭乗した海兵隊員による滑走路の制圧後、CH-47Jで運ばれてきた陸上自衛隊員が滑走路の確保を引き継ぎ、続けて揚陸艦から発進したLCACによる部隊揚陸というシナリオだそうです。

この日の演習については、読売新聞でシナリオの説明があります。
敵から離島奪還の想定…自衛隊・米軍が共同訓練 : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)




自衛隊はでませんが、ドーンブリッツ参加国のカナダ・ニュージーランド軍と米海兵隊の演習。戦車を交えた市街戦訓練のようです。



ざっとドーンブリッツ関連の動画をまとめてみましたが、結構ありますね。
アメリカ側の映像は、先にも書いたとおりパブリックドメインになっている可能性が高いので、たくさん動画が転載されていて、本当の配信先が見つからなかったりしましたが……。

日本国内の演習でも、このくらいオープンに行われると面白いんですがどうでしょうか。



おまけ

Marines land Osprey on Japanese ship, a first Page 1 of 3 | UTSanDiego.com より
ひゅうがに着艦するCH-47Jチヌークの吹き下ろしを喰らうカメラマン達。
おなかがすごい。