「シムズ理論」とは何か
このところ、筆者が色々な人と経済についての話をする時に、必ずと言っていいほど話題に上るのが「シムズ理論」である。最近は様々な論者が「シムズ理論」を解説しているらしい。
筆者は他人が言っていることにあまり関心がないので詳しくは知らないが、どうも、論者によって内容も解釈も大きく異なっていて、多くの人は「シムズ理論」の意味がよくわからないと言う。
先週も述べた通り、「シムズ理論」とは、「物価の財政理論(the Fiscal Theory of Price Level)」といわれるものであり、「FTPL」という略語が使われている。この「FTPL」自体は、決して新しい経済理論ではなく、1990年代の終盤から2000年代前半にかけて、主にアメリカのマクロ経済学者の間で「理論的な可能性」として議論されてきた。「シムズ理論」のクリストファー・シムズ教授(プリンストン大学)はその主な提唱者の一人である。
最近、筆者もこのFTPLに関する論文に苦闘している。その内容は多岐に渡っており、一言で説明するのはなかなか難しい。簡単に言おうとすると、省略しすぎるきらいがあるので、枝葉末節にこだわる人には不満かもしれない。だが、誤解を恐れずに単純化していうならば、以下のようになるだろう。
まず、「通常の財政政策」では、(短期的に)積極財政に転じることで生じた政府債務は、将来の財政黒字(増税、もしくは景気拡大による税収増など)によって返済されるとみなされる。だが、そこで、ある事情で、政府がそれを保証しない場合はどうなるか、という議論がFTPLである。
FTPLでは、政府が将来の財政黒字で政府債務を返済しない可能性を示唆した場合、政府債務は、物価の上昇によって「実質的に」減少していく可能性が示唆される(正確にいえば、政府債務の水準そのものではなく対GDP比率が一定水準に「収斂」していくと考えたほうがよいだろうか)。
何人かの論者が、日本で「シムズ理論」を実践すると、物価上昇が止まらなくなると懸念を表明しているが、FTPLの世界での物価上昇は「ハイパーインフレ」を意味しない。財政赤字拡大にともなう景気拡大で税収が伸びれば、将来の財政収支が改善するので、それも政府債務を減らす源泉にもなる点が考慮されている。
そのため、「通常の財政政策」が実施される場合と比較すると、確かに物価は上昇するが、やがて、ある一定の水準に「収斂」していくことになる(「ハイパーインフレ」の場合は「発散」していく点に注意)。よって「ハイパーインフレ」の懸念が生じるのは、FTPLとは「別の世界」に入ったときであると考えた方がよいだろう。
金融政策と財政政策、4通りの組み合わせ
ところで、これまでのFTPL研究は、専ら理論的分析がほとんどであったが、最近の研究では、過去の経済政策において、「金融政策と財政政策の組み合わせ」がどのようなものであったか、そして、FTPLは、その中でどの組み合わせなのかという点が強調されるようになっている。
すなわち、FTPLは、いくつかある金融政策と財政政策の組み合わせの中の1つであるとみなされるようになっている。
この「金融政策と財政政策の組み合わせ論」では、金融政策と財政政策をそれぞれ、「積極的(Active)」、「受動的(Passive)」の二種類に分類する。したがって政策の組み合わせは、4通りあることになる。
そこで、ここでいうところの「積極的な金融政策」とは、インフレ率の変動幅を上回る規模で政策金利を変動させることと定義している。従って、現在の日本のように政策金利を操作する余地が小さい場合は、たとえ、大幅な量的緩和政策が実施されていたとしても、この議論の世界では、「受動的な金融政策」に分類される。
一方、「積極的な財政政策」とは、政府債務(の対GDP比率)の変動幅が、税収の伸び率を上回るように国債を発行する(簡単にいってしまえば財政赤字を拡大させる)財政政策であると定義している。
この議論では、「積極的な金融政策と受動的な財政政策」の組み合わせ(頭文字をとって「AM/PF」)が「平時」の経済政策とされている。
すなわち、「平時」では、中央銀行が、金融政策でインフレ率の変動を上回る幅で政策金利を操作できれば、あえて政府債務を拡大させるような財政拡張策を用いなくてもよいという考え方である(ただし、一時的な財政出動による財政赤字増はその後の財政黒字ですぐに返済されると仮定されている)。