連載
「放課後ライトノベル」第23回は,恥ずかしい妄想を大声で叫んでしまい,あとで我に返って悶絶する『空色パンデミック』でエターナルアトーンメント!
先日,映画「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を見てきた。
「ヤマト」については,「総員,対ショック,対閃光防御」「地球か……何もかもみな懐かしい」といったネタレベルでしか知らない筆者の目から見た感想としては,正直なところ,良くも悪くもまあまあといったところ。あれやこれやと突っ込みどころはあるものの,それを含めて最後まで楽しめるくらいの出来ではあった。熱烈なヤマトファンの感想はまた別かもしれないが,豪華キャスト陣にピンとくる人なら,見に行って損はないのではないだろうか。
しかし,こうしてあらためて振り返ると,ヤマトというのはちゃんと人類を救うために,多くの人々の期待を背負って旅立っていったのですな。筆者はどちらかというと,「キミとボク」の関係が,世界の命運に直結する――俗に言う「セカイ系」作品が流行していた時代に育った人間。「新世紀エヴァンゲリオン」から始まったとされるセカイ系ブームの中で,さまざまな作品の評価をめぐって知人と激論を戦わせたのも今となってはいい思い出だ。
そんなセカイ系もそろそろ下火になり始めたか,と思い始めた2010年,セカイ系という概念を下敷きにしつつ物語を描く,メタセカイ系とでもいうべき作品が登場した。それが,今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『空色パンデミック』である。
『空色パンデミック Short Stories』 著者:本田誠 イラストレーター:庭 出版社/レーベル:エンターブレイン/ファミ通文庫 価格:588円(税込) ISBN:978-4-04-726892-0 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●真実はどこにある? 虚々実々の空想病
作中には独自の設定として,特発性大脳覚醒病,通称「空想病」という病が登場する。
この病気にかかった人間は,普段は健常者と何ら変わりなく生活をしているが,ひとたび発作を起こすと,自分が特別な存在――たとえば物語の主人公のような――になったと思い込んでしまう。そうなったが最後,周りのすべてが物語の中の産物に思え,物語が自分の思いどおりの結末を迎えるまで,本人の意識は空想世界から帰って来られないのだ。
それだけならただの困った人,で済むのだが,話はそう簡単ではない。空想病には本人の意識だけが空想の中に入り込む「自己完結型」のほかに,発作時に発生する特殊な脳波で周囲の人間まで空想世界に巻き込んでしまう「劇場型」というものがあり,後者は社会に大きな危険をもたらす可能性をはらんでいる。実際,作中では劇場型患者の空想によって世界が一度崩壊しかけており,同様の事態の再発を防ぐために,空想病患者を管理し,発作を起こしたときは速やかに空想を完結させるための社会システムが構築されている。
物語では,主人公の仲西景(なかにしけい)と,自己完結型空想病患者の穂高結衣(ほたかゆい)の二人を軸に,空想病をめぐる奇妙な日常と非日常が描かれるのだが,真の主人公はその空想病そのもの,といってもいいかもしれない。というのも,患者本人や,劇場型空想病の発作に「感染」した人間は,そこが空想の中だということを知覚できないからだ。そう,主人公である景でさえも。
どこまでが真実で,どこからが空想なのか? 「空想病」という設定を最大限に活かし,いい意味で読者を煙に巻き,だましてくれる構成の妙が『空色パンデミック』の大きな魅力だ。1巻の本文最終ページまでたどり着いたとき,あなたはきっと驚愕することだろう。
●結衣の空想巻き起こるところ,周囲に心の休まる時はなし!
『空色パンデミック』は現在シリーズ4冊が刊行されているが,その名もズバリ「セカイ系編」とされている1〜3巻では,「(結衣の空想の中の)世界の危機」に対する景の戦いが描かれる。対して今回紹介するシリーズ4冊めの「Short Stories」は,打って変わってコメディ路線。描かれるのは,結衣の発作に振り回される景の受難の日々だ。
3巻で初登場した天才幼女・メアリーがトラブルを巻き起こす「バッド・メディスン」を除く3編は,いずれも結衣の空想を,景たちが悪戦苦闘しつつ完結させる,という筋書き。「空をあおげば」では文学少女に,「閉じた世界の片隅で、私に響くほしのおと」では人類の命運を背負って戦う巨大ロボットのパイロットに,「そして伝説は引き継がれる」では潜入工作を得意とする女エージェントに,それぞれなりきった結衣を,景たちがどうやって現実に引き戻すのかが見どころだ。
それまでの3巻では,空想が広範囲に感染するとどんなことが起こるのか? という,空想病の危険な可能性がクローズアップされてきたが,ひとたび大きな危険がないと分かれば,空想病はお手軽な喜劇発生装置と化す。空想に付き合わされ,慣れないゲームの特訓をすることになったり,人前で弾けもしない楽器を弾く羽目になったりと,事あるごとにえらい目に遭わされる景には同情を禁じ得ない。
女装の美少年(ということになっている)・青井晴(あおいはる)や,景の悪友・森崎進一(もりさきしんいち)らレギュラーメンバーに加え,すっかりおなじみとなったセーフガード(空想病患者に随行し,発作が起きたら早急に終結させる役目を負ったスタッフ)の木村もいい味を出している。
ちなみに今作で登場する結衣の空想は,いずれも明らかに実在するアニメやゲームをモデルにしていると思われる。どれも有名な作品ばかりなので,見る人が見ればニヤリとしつつ読み進めることができるだろう。
●空想病は,僕たちを一歩空想世界に近づけてくれる夢の設定?
この「Short Stories」に限らず,結衣の空想は,本人の趣味嗜好もあってアニメやマンガ,ゲームの影響が色濃く見られるものが多い。景が結衣と出会ったきっかけの空想からして《無原罪の十字剣(イノセントブレイド)》《永遠の贖罪(エターナルアトーンメント)》といった固有名詞が頻出する,中二病感バリバリなものだった。
ライトノベルでもよく見かけるそうしたタイプの物語が,いざ目の前で展開されたらどんなに「痛い」か。羞恥心と戦いながら結衣の空想に付き合う景や,正気に返って結衣が恥ずかしがる様は,そのことを我々にいやというほど痛感させてくれる。
しかしね,筆者は思うのですよ。誰もが一度は「全校生徒の前でライブ」「学校を占拠したテロリストに単身戦いを挑む」といった空想を頭に描いたことがあるはず。空想病の発作に巻き込まれた人間は,空想を終結させるという目的を理由に,そうした中二病的妄想世界の住人になりきれるということでもあるのだ。そこに同情と共に,ある種の羨ましさを感じるのは,果たして筆者だけだろうか。
現実世界ではどんなに空想しても,空から女の子が降ってくることも,世界の命運をかけた戦いに巻き込まれることもない。空想病はそれを,形だけ&一時的とはいえ現実のものにしてくれる。『空色パンデミック』という作品は,決して交わることのない現実と空想世界とをほんの少しだけ近づけてくれる,新機軸のセカイ系作品,といえるのではないだろうか。
■まだまだある,こんなセカイ系作品も合わせてどうぞ
セカイ系とは,アニメやマンガ,ライトノベルなどのサブカルチャー作品群の中で,とある傾向を持った作品をひとまとめに総称する,物語の類型の1つ。セカイ系という言葉が生まれたとされるのは2000年代に入ってからだが,起源としてはしばしばアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が挙げられる。
『イリヤの空、UFOの夏』(著者:秋山瑞人,イラスト:駒都えーじ/電撃文庫)
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セカイ系の特徴としては「個人の関係性が世界という大きな問題に直結する」「社会の描写が欠落している」などが挙げられることが多いが,その実,何をもってセカイ系とするか,という判断は個人によって差があり,明確に定義が定まっているわけではない。
セカイ系とされる作品としては,新海誠のアニメ作品「ほしのこえ」,高橋しんのマンガ『最終兵器彼女』が挙げられることが多い。ライトノベルの中にも,セカイ系と言われることのある作品は多いが,中でも秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』がその筆頭とされている。
なお,セカイ系をめぐる言説については,『セカイ系とは何か ポスト・エヴァのオタク史』(前島賢/ソフトバンク新書)に詳しいので,興味のある方はぜひご一読を。
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