上野動物園創世期からパンダに湧くころまで、動物園で起こった「事件」(著者の言葉)をたどりながら、上野動物園の歴史を振り返る本である。動物のエピソードがそのままその当時の世相を反映していて、連作短編小説を読むような味わいで読める、大変内容豊かな本である。
クロヒョウが逃げ出し、住民が恐怖におびえた事件(後に無事捕獲)、お猿電車導入と廃止の裏話、平和の使者としての象など、どれも興味深い話題ばかりだが、私には、有名な「戦時猛獣処分」と「サルの生き胆事件」が特に印象的だった。
戦時中、空襲で檻が壊れ、猛獣が街中に逃げ出しては危険という理由で、ライオン、ヘビ、ゾウなど、多くの動物が処分された。この悲劇を童話化した土家由岐雄の「かわいそうなぞう」が小学校の教科書に載ったことで、ゾウが餓死させられたことについては、特に世に知られることとなった。その「かわいそなぞう」には、以下の記述がある。
「せんそうがだんだんはげしくなって、東京のまちには、朝もばんも、ばくだんが、雨のようにおとされました -中略― それで、ぐんたいのめいれいで、らいおんも、とらも、ひょうも、くまも、だいじゃも、どくやくをのませて、ころしたのです」
児童文学者の長谷川潮は、これは史実と違うと異を唱える。東京に実際に爆弾が「雨のようにおとされる」のは、猛獣が処分された1年以上も後のことだし、軍が猛獣を処分せよという命令を出したという記録もない。それでは、動物たちは、誰の命令で、何のために殺されたのか。詳しくは、本書と、併せて長谷川潮の「戦争児童文学は真実をつたえてきたか」を読んでほしい。
1943年9月2日、動物慰霊碑の前で慰霊法要が行われた。象舎は幕で覆われ中が見えないようになっていたが、実はワンジー、トンキーの2頭は、このときまだ生きていた。慰霊法要は、2頭の生存を隠して強行されたのだった。戦争を遂行しようとする人間はかくも残酷で、醜いものなのかと思う。また、戦争は、人間の持つ、平時は隠れていた暗黒を表面化させ、人を危険な「猛獣」に変えてしまうものなのだろう。
「サルの生き胆事件」は多摩動物公園で起こったことだが、重い腎臓病患者のため、チンパンジーの腎臓を提供してほしいという依頼が動物園に来る。人助けだし、チンパンジーも生きて帰ってくるということなので、当時多摩動物公園に勤めていた著者は協力することにする。しかし、手術を担当する某医科大学教授の意外な言葉に著者は激昂し、手術反対を表明、辞表を書くまでに至る。これも詳しくは本書を読んでほしいが、長いものに易々と巻かれることが「賢い」だとか「大人」だとかとするこの国の無様な姿を毎日見せられている私としては、著者のように誇りを持って生きている人間には、一人で万雷の拍手をおくりたい。
冒頭にも書いたが、本書は連作短編小説のように楽しんで読め、命について、生きることについて考えるきっかけを与えてくれる。絶版のようだが、古書店や図書館を探して、ぜひ読んでほしい本である。、
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もう一つの上野動物園史 (丸善ライブラリー 236) ペーパーバック – 1997/7/1
小森 厚
(著)
- 本の長さ176ページ
- 言語日本語
- 出版社丸善出版
- 発売日1997/7/1
- ISBN-104621052365
- ISBN-13978-4621052365
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商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
シフゾウ嬰児盗難事件、戦時猛獣処分、インディラと吉田首相…等、明治15年開園以来100年を超える上野動物園の歴史の中から事件といえる話題を集めた。見慣れた動物園の違った姿を見ることができる一冊。
登録情報
- 出版社 : 丸善出版 (1997/7/1)
- 発売日 : 1997/7/1
- 言語 : 日本語
- ペーパーバック : 176ページ
- ISBN-10 : 4621052365
- ISBN-13 : 978-4621052365
- Amazon 売れ筋ランキング: - 639,575位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 2,338位動物学
- - 117,485位ノンフィクション (本)
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上位レビュー、対象国: 日本
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- 2003年12月6日に日本でレビュー済み著者は上野動物園、多摩動物園などで半世紀以上にも渡って実務に携わってきた人物。そのなかで出会った様々なエピソードが紹介されている。
開園初期のヒグマの咬傷事件やお馴染みの戦時猛獣処分、お猿の電車など34の物語はいずれも飼育係ならではの愛情と苦労を感じさせる。
タイトルにある「もう一つの」というフレーズは、小森氏が別に手掛けた『上野動物園百年誌』との対比から来ていると思われるが、一般読者が「動物園史」と聞いて期待するのはむしろ本書のような内容だろう。