倭国と日本国の関係史 「わ」と「やまと」について |
Ryushun
倭国の歴史は中国史書からでないとわかりません。『日本書紀』は8世紀初めに編纂された「やまと」の歴史書です。
倭国は中国・魏の時代にだけ存在していたわけではありません。中国は紀元前からずっと倭人を記録してきました。その中で初めて「倭人・倭・倭国」の歴史を具体的に描いたのが『魏志』倭人伝(『三国志』『魏書』烏丸鮮卑東夷伝倭人条)なのであり、この史書だけで日本の古代史がわかると思ったら大間違いです。歴史は時間の流れの中で生まれます。倭人・倭・倭国が描かれている『新唐書』までの一連の中国正史は必須であり、これらの史書を通して整合する歴史こそが正しい「日本古代史」だと考えます。
中国正史によれば、「日本古代史」は、正確には『旧唐書』までは「倭国古代史」と呼ぶべきものであり、安易に「日本古代史」というと、日本の古代を見る目を見失ってしまう恐れがあります。現在からみるから、表現方法として「日本古代史」と呼ぶのだという理解と、「倭」と「日本」の正確な使い分けが必要です。
「中国正史」などの史料をしっかりと見つめ、自分本位や嘘のない、定説にとらわれない、たとえ少数派であっても、史・資料が訴える真実を届けていきたい・・・
邪馬台国【正しくは邪馬壹(臺)国】はどこにあったのか
倭国女王卑弥呼が居た国・邪馬壹(臺)国はどこにあったのでしょうか。それを解く鍵は『隋書』俀国伝の行路記事の中にありました。「東」「海岸」「十日」です。これら3つの語(熟字)は、卑弥呼の居た国は有明海北東部沿岸にあることを教えてくれました。
中国史書に「邪馬台」と書く国は存在しない
中国正史『三国志』の『魏書』烏丸鮮卑東夷伝倭人条(通称『魏志』倭人伝)には、 3世紀中葉、日本列島には倭という国があり、邪馬壹国を都とし、卑弥呼という女王がいて、魏に遣使朝貢していたと書かれています。その国の都を「邪馬台国」と書く研究者が多くいますが、中国史書にあるのは「邪馬壹」「邪馬臺」あるいは「邪靡堆」で、「邪馬台」と書く国は存在しません。
「邪馬臺」の「臺」は「台」とは別字で、しかも「ト」とは読みません。『日本書紀』も『万葉集』も「臺」と「台」を使い分けています。「邪馬臺≠邪馬台」「邪馬臺≠やまと」であり、「邪馬臺→邪馬台=やまと」は成立しないのです。「臺」を「台」に置き換えることはできないのであり、卑弥呼の国を「邪馬台」と書いた時点で、真実は遠ざかっていきます。
邪馬壹(臺)は「邪馬台=やまと」ではないのですから、畿内の「やまと」と発音する国名は、中国史書がいう「邪馬壹(邪馬臺・邪靡堆)」に由来するものではない、ということになります。「邪馬臺→邪馬台=やまと」である「邪馬台」は、ある思いが史料事実よりも勝ってしまったことにより生まれた幻の国名なのです。
『魏志』倭人伝だけでは「邪馬台国」問題は解決しない
『魏志』倭人伝は魏の時代の倭国の様子を描いているのであって、『魏志』倭人伝だけでは、邪馬壹(邪馬臺、邪靡堆)がどのようにしてでき、どのようになったのかはわかりません。『魏志』倭人伝だけでは「邪馬台国」問題は解決しないのです。少なくとも、それは『後漢書』『魏志』『隋書』『宋書』『旧唐書』『新唐書』の大きな時間の流れの中で整合することが必要であり、小中学生にも理解・納得できるもの(矛盾のない単純明快なもの)でなければならないはずです。『魏志』倭人伝だけからみたものは、歴史ではなく永遠に解けない謎解きゲームであることを、もういい加減認識する必要があります。
総論
はじめに
日本古代史を科学する
日本人の起源と系統について
日本人の起源と系統について-倭人と北東アジア系渡来人
倭人の国について
「やまと」について
日本国について
日本人誕生の意味
九州の倭国と『日本書紀』の日本
倭国と日本国-通史
私論概要 邪馬臺国の位置と倭(わ)国と日本(やまと)国の関係
個々の論考 古代史ノート
Blog 日本古代史一人旅
史料
中国・朝鮮史料の紹介
中国史書の倭と日本(原文比較)
日本の金石文
百済三書
任那加羅
加耶
翰苑(新羅 倭國)
高句麗広開土王碑文
元興寺伽藍縁起并流記資財帳
任那加羅・加耶(日本書紀・朝鮮史料・中国史料比較)
『日本書紀』の任那 要約版
年表 百済滅亡-白村江敗戦
宋書の倭の五王と日本書紀の天皇 比較
古鏡
主要紀年・銘文鏡一覧
九州北部-畿内 出土鏡比較
その他参考文献・図書
干支早見表
著書
『隋書俀国伝』の証明
縄文から「やまと」へ
倭と山東・倭・日本(電子書籍、『縄文から「やまと」へ』改訂版)
日本書紀10の秘密(電子書籍)
※ かつて掲載していました、『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』の記録と朝鮮史書・中国史書との記録を比較した表、及び「雑考ノート(現古代史ノート)」の一部論考につきましては、『日本書紀10の秘密』(2019年4月)に編纂収録しました。