本日の夜実況。ネタバレ指定。
キュアフレンディのキャラデザが素晴らしい。
素直に「かわいい」と言わないのがプリオタで、では「どんな可愛さなのか?」について説明をするなら、「デザインが優れている」となるわけ。
デザイン上のチャームポイントは、金髪とコスチューム。
鏡石が叶えたいろはの願いは、初見では「こむぎを助けたい」だった様に見えたが、本当は「こむぎと一緒に走りたい」だったことがわかっている。
この真相を踏まえて2話を振り返りつつ、キュアワンダフルとキュアフレンディの印象的な並走シーンを改めて観てなるほどと納得する。
こむぎがいろはと出会う直前に、何か大切な出来事があったことを示唆する回想が、この2話を皮切りに度々描かれる。
正解は「ガオウと会っていた」ことで、初見では、何か大事な会話をしていたのだろうと深読みした。実際には何もなく、ただ仲良くなっただけだったけど、何もなかったのが逆に良かったのだろうなと今は思う。
余談だけど、こむぎとユキの後頭部にあるハートの模様について。必ず意味があるだろうと自分は予想していて、ならばここでのガオウとの会話は、「こむぎ(やユキ)の出生の秘密についてだろう」などと勝手に想像していた。妄想乙。
今日から夜実況は、先日終わったばかりのわんぷり。
自分はアニメは2周目が本番と思っているから。(そう言いつつ2週観られていない作品もあるけど)初見で気付けなかった伏線を見つけられれば嬉しい。
ぱっと見、画的にはいろはが主人公に見える。この先、犬であるこむぎを主人公として立てていくのが課題になる。
正直、折返しぐらいまではそれがあまり上手くできていなかった印象だけど、初回はOK。
ガルガルは怖いが、いろはの為には勇気を出さなければいけない。そんなこむぎの願いを鏡石が叶える流れ、改めて観ても自然。
周回した上で、自分はわんぷりを「対話の物語」と解釈してみたが、「戦わないプリキュア」であることは最後までブレなかったな。
こむぎはプリキュアの力を持ったにも関わらず、その力を暴力に使わずただ「遊んでいた」という異様な初回。
いや、こう言ってはなんだが。今までは救うべき敵であっても、必ず一度ぶちのめしてから改心させていたプリキュアではないかw
改めて、この初回は「プリキュアとして」新しかったと思う。
戦わないプリキュアのアクションシーンをどう見せるかは課題としても。
間が空いたが、おさらい実況。ネタバレ指定。
サブタイにもある「刻の魔法」。創造の魔法はないという世界観だけど、時を操る魔法ならあってもいいの?
シリーズタイトルにもある「MIRAI」。みらいは「未来を変えてみせる」と言ったけど、果たしてそんなことは可能なの?
未来と過去を行き来するのがアイルの能力と思えるけど、実は過去に戻ることしかできない?
等など。ゆっくりと進む、時にまつわる謎解きは楽しい。
今日子さん(みらい母)がリコに抱きつくシーンがよかった。ふたりの関係は、前作でも特別なものがあったから。
特に好きなのは23話「これからもよろしく!おかえり、はーちゃん!」での今日子さんで、自分に悩みを打ち明けないみらいのことをリコに託すシーンがある。今日子さんは、みらいにとってのリコは家族以上の存在であると察していたのだろうな。
また、リコの口から「ソルシエール先生」という言葉が。
前作の最終回、魔法学校のモブシーンにその「ソルシエール先生」が登場するけれども、この小ネタがただのお遊びではなく公式なものになっていて嬉しい。このあと是非、ご本人に登場してほしいものだが。
「スマホを置いて離れるなんて、ぜったいあり得ないモフ!」モフルンに叱られたリコに吹き出すw
伸び伸びになってしまったが、おさらい視聴。
初回から欠かさず感想を書くつもりが、途中で途切れてしまいまったく面目ない。
ニコ様がニコダイヤの力をすべて回収し、プリキュアたちは一度は奇跡の力を失った。
しかし、たとえ話せなくても動物たちと意思疎通はできるし、友達で居続けることも出来る。それが「わんだふる」。…という結末のほうが筋が通っているのは確か。しかし、動物たちと話せればそれはそれで「わんだふる」である。そんなファンタジーがあってもいい。
このオチが、大福の最後の台詞「話せなくてもマブダチはマブダチだけどよ。話せたほうがわんだふるだな」に大体凝縮されている様に思う。
「絶滅した狼の人間への憎しみ」とは、また成田さんはえらいお題を持ってきたなと思った。
このとんでもない大風呂敷は畳めたのか?人は狼に対する罪を償うことができたのか?…いやいや、そりゃ無理というものでしょうよ。
自分は「身の丈」という言葉をよく使うのだけど。
誰しも自分の身の丈の範囲で出来ることしか出来ない。たとえ人知を超えた力を持つプリキュアも、あくまで定命の範疇の存在であり、せいぜい目の前にいる狼の亡霊に赦してもらうことしか出来ない。それが人の身の丈であり、種の絶滅など難しいことを考え解決するのはニコ様の様な神の身の丈。
人の身の丈でも持てる誠意ってなんだろう。そういえばニコ様も、登場した頃はプリキュアたちを「試す」態度だった。
眼の前に人を憎む狼がいても、その狼と友達になりたいと思えるか?お題を陳腐化するつもりはないけど、シンプルに相手を愛しいと思えることこそが全ての入口であり、ニコ様がプリキュアたちに求めた「わんだふる」だったのではないか。
多田Pが公式サイトに書いた、「おうちのかたへ」と題したご挨拶を思い出す。
この言葉の通りに、分かり合う物語として着地させたのだとすれば、自分は割と満足。
音楽の「とても良い」は、宮本佳那子さんのOP「We can!! HUGっと!プリキュア」から。
また、川村さんのキャラデザはすばらしかった。ここまでが、掛け値なしに「良かった」要素。
以下は、特に消化して欲しかった要素。
・社長の動機。未来の世界で何に絶望したのか、時を止めてまで守りたかった思い出は何か。
・「剣」を選んだ未来の4人のプリキュアが、未来の滅びを止められなかった経緯。
・結局、どんな「母の強さ」を描こうとしていたのか。
・女神マザーとは何者だったのか。特に、キュアトゥモローとの関係を。
以下は、特に求めてはいなかった要素。
・多様性
・いじめ問題
・プリキュアオールスターズ
・ツインラブのステージ
・名前の由来の種明かし
宮本さんがOPを歌っていた唯一の作品。
本当はこんな苦言を言いたくないのだが。
本日の夜実況。
作監は川村敏江、宮本絵美子、山岡直子(敬称略)と奇跡のような豪華さ。
はなの表情アップなどで「これは典型的な川村絵だな〜」とわかって嬉しくなる。
初回からのメインテーマのひとつだった自己実現。
はなの「なりたい自分」あるいは「イケてるお姉さん」とは、母だったのか。社長(仕事での成功)だったのか、どちらでもないのか。
「はなは結局、自己実現を果たしたのか?」については、観た我々が決めて良いのだあろうが。
旦那が誰だったかを映してくれないと母としての彼女を評価できないし、かたや「社長」のほうは。きみそんなキャラだった?w
未来の記憶を共有しない別人のルールーを、「ルールーの代わりはいない」と言っていたえみるが本人と認めてしまう。
この結末によって、劇中のえみルーエピソードは全て茶番に成り果てた。
本日の夜実況。
評価の難しいラス前回。良いところと、とても悪いところを併せ持った回だから。
キャラデザ川村敏江さんが直々に作監をしており、キュアエールは見惚れるような美しさ。
「社長が未来の世界で、いかなる絶望を味わったのか」という説明が端折られることがなければ、キュアエールと社長の愛憎がシリーズの柱となり、この回は物語の幕引きになり得た。
それも「ご想像にお任せします」になってしまう?
未消化の伏線がたくさんあるHUGプリだけど、せめてこの柱ぐらいは守られれば良かったのに。本当に惜しい。
「みんなプリキュア」という超展開。
「なりたい自分」を持つ者は誰しもプリキュアになれるのは、42話で既に分かっていること。それと同じ現象が全世界規模でもう一度起きたといえなくもないが、ご都合主義が繰り返されることには絶句。
何より看過できないのは、本編の中で禊を済ませていない悪人、ダイガンやジェロスまでプリキュアになってしまったこと。「なりたい自分」を持つ者は誰しもプリキュアになれるというが、「悪人ではないこと」という暗黙の条件はさすがにあるのだろう?
本日の夜実況。
宮本絵美子、山岡直子というツートップが作監しているだけあって、作画は綺麗。
一方、サブタイ通りの最終決戦という状況にも関わらず、琴線に触れるところが全くない盛り上がらない回。
ダイガンやジェロスといった小悪党たちが、善人ヅラしてドヤ顔でプリキュアたちに加勢するシーン。
根が悪党だとわかってる連中の加勢には、生暖かい視線を向けざるを得ず。
はぐたんことキュアトゥモローは、社長にとっては娘なのではないかと思われるけれども。
そのことに全く触れないということは、尺の都合で、設定ごとなかったことにしたかったのだろうなと邪推。
本日の夜実況。
この回を単独で観ると悪くない気もするが。
はなとよく似た、但し顔が隠された女性が2回映る。内訳は写真と回想で、それぞれは一瞬。
彼女は恐らくは社長の嫁で、キュアエール本人。社長の動機に深く関わっているのはこの女性であろうと匂わせる伏線。
社長は何故、それほどまでに時を止めたいのか?彼女を失ってしまう絶望的な未来が耐え難いものだから?
繰り返しになるけど、もし社長の動機が嫁を失ったという私怨であったら、このキャラクターはどれほど魅力的だったか。写真の女性の正体が語られなかったから、そのせいで社長は、抽象的な「民衆の悪意」なるものを激しく憎む、何を考えているかわからないキチガイに成り果ててしまった。
おそらく尺の都合なのだろうけど。オールスターズ回なんかに2話も使うぐらいなら、社長の動機をちゃんと話して欲しかったのである。たった2回、一瞬映っただけのこの女性が社長の動機であると、観る側に察しろというの?1年もので話数は十分にあったはずなのに、そんなぶん投げがあっていいの?
この回も、回収されない伏線を投げっぱなしにしてうやむやにした回。
本当の動機が説明されない悪役に魅力を感じない。だから、「良くない」。
本日の夜実況。
トラウムとジェロスの登場シーンを全てカットすれば、なんとか観らないこともない楽しい回だったのだが。
特にジェロス。
31話において、ジェロスはふたりの部下を見捨てた。部下のやらかしも、むしろジェロスの管理責任が問われる類のものだ。
にも関わらず、ジェロスはなんの責任もとらなかったし、あろうことか全ての責任を部下に負わせてクビにした。
この経緯を踏まえて観ると、なんの謝罪もなくジェロスが許された美談めいたエピソードは、本当に気持ち悪い。
本日の夜実況。
おふざけシーンから真面目なシーンへの揺り戻しが多く、観ていて酔いそうになる。軽薄で説教臭く、「意識高くてバズに満ちてるな」という印象。
何より、女優と産科医の間でのさあや葛藤がここまでの回で全然足りていないから、26話が好きな自分には納得がいかない。
ダイガンは裏切りを謝罪していないし、一条蘭世はさあやへの数々の意地悪を謝罪していない。
禊を済ませていない小悪党たちが善人ヅラして登場しているのを見て、細かいところでも不誠実な脚本だなと感じる。
本日の夜実況。
そういえばこの回も、プリキュアで初めての告白回と話題になったのだっけ?
とはいえ、前後の回よりは全然好き。
さあややほまれにスポットが当たる回は安心する。
昨晩のリアタイ実況からの、おさらい分。
みらいもリコも、魔法が随分上達していてうれしい。
リコは苦手だったみかん解凍もお手の物だし、杖を削り出したみらいの魔法も見事だった。グスタフさんが後継者になってほしいと思うほどとは。
杖の木から作られた魔法の杖ではないから、ひすいは魔法は使えない?
いやいや。はーちゃんだって、リンクルスマホンのスタイラスを即席で杖に使っていたけど、あの杖は本当は必要なかったんじゃないかと思われるし。ひーちゃんもいずれ、みらいから授かった杖で、すごい魔法を使えるようになるのではないか。
ひすいが最初に使おうとした魔法が、いつもの「怪物よあっちへ行け」だったのは良かった。
謎解きについては、今の情報量では他愛のない妄想しか出来ないけれども。
アイルがはーちゃんに続き、ひすいも狙っているのは明らか。ひすい本人も、理由はわからないにせよ、プリキュアと一緒に行動しないといけないことを理解している。
安定して面白く、楽しませてもらっています。
ルビーフォームの変身バンクについては、前作のスピード感とキレがある変身のほうが好み。
おじいちゃんの墓はピラミッド。(というネタバレ)
ツッコミどころしかない良回だった。
面白かったが、「良くない」評価のテストをしないといけないので。
水着回だったというネタバレというほどでもないが、ネタバレのテスト。
ネタバレかつ「悪評価」のケース。
「ビーチテニス」をやってた。
「ビーチテニスはほんとにあるそうです」という字幕が面白かった。
本日の夜実況。
「なりたい自分」になるという自己実現。それはちょっと、独善めいた響きのあるフレーズでもある。
しかし、どんなに優れた者も、本人の力だけで「なりたい自分」になれるわけではない。誰かの力を借りてこそ「なりたい自分」になれる。何者かになることができるのは、応援されてこそなのだ。
HUGプリの「なりたい自分」と「誰かにエールを贈る」は対でありセット。シリーズ本来のテーマには、意外にも忠実な回ではある。
準レギュラーと言っていいキャラクター、若宮アンリ。
彼が坪田文さん始め、スタッフからの贔屓を一新に受けているのを感じる。
OPの1カットがアンリに書き換えられた厚遇からもわかる。
にも関わらず、この回の気持ち悪さは何なのだろうな。バズに満ちているとでも言えばいいのか。
「応援したい」ととても思えない、独善的なアンリのキャラクターが受け付けないのか。
「唐突な交通事故から、プリキュアになって奇跡の復活」というご都合主義がうすら寒いのか。
20話のプリハート分裂を、自分は「ご都合主義」と言った。
プリキュアへの変身にそもそもプリハートが必要ないことが今回わかったから、ご都合主義という意味では20話の比ではない気もする。
本日の夜実況。
実は改めて観るたら、この回単体ではそこまで悪くないなと思っていたところ。
元々、えみるがルールーを好きな理由はちゃんと説明されていると思っているから(逆はともかく)、Aパートでの奇行から声が出なくなるまでの流れはえみるの気持ちがよく描写されていると感じる。
えみるがルールーに「未来に帰らないでほしい」と頼むシーン、ルールーが「未来に歌を持ち帰りたい」と返して、更に未来での再会を約束するシーンは良いと思う。
えみるはかつて、「ギターの代わりはあっても、ルールーの代わりはいないでしょう?」とも言った。この台詞と併せて、ふたりの関係が美しい想い出と共に語られるのは悪くない。
但し!その評価は「再会」という約束が守られ、伏線として回収されてこその話だ。
最終回においてえみるは、想い出を共有しない別人のルールーをルールー本人と認識し、あろうことか涙まで流していたが?
このシーンはふたりの間で約束された「再会」とは到底認められないから、美しい約束が台無しになるだけにはとどまらない。
結末を知っている立場からは、この回自体がむしろ、「存在するべきではない茶番」と感じられた。
そう思えば、評価は「良くない」が妥当と思う。
本日の夜実況。
ルールーがトラウムに、心変わりの理由を尋ねた。
なるほど確かに、初登場回(23話)でダイガンを黒焦げにしたトラウムとこの回のトラウムが、同じ行動原理を持った同一人物には見えず。
ルールーはそう思ったのだろうな。自分もそう思う。
この問いに対し、トラウムは、
「人間とはそういう矛盾したものなんだよ」
「私は矛盾の中で生きている」
などと。脚本の矛盾に対して、キャラクターの台詞で予防線を張っている様にも見え失笑。
色々言いたいことはあるけど、あらすじ朗読のような説明的な脚本。
そういえば前回から最終話までの10話あまり、脚本担当はすべて坪田文さんなのであった。前代未聞。
キュアトゥモローのキャラデザだけは素晴らしく、彼女に免じて「普通」にしておく。
本日の夜実況。
いやはや全く意味がわからない。
ボーボボ回とでも言おうか、正確には「理解されることを拒否している」というか。
状況が目まぐるしく変わるけど、その説明が足りていなくて、今起きていることが全く理解できない。
おふざけのシーンかと思いきや、そこで大事な説明をしていたりする。脚本の意図がわからない。
説明不足を突き詰めるとこんな回になる。
前回が「憎い回」であるとするなら、今回はちょっとベクトルが違っていて、「びっくりするほど出来が悪い回」。
まほプリの正当続編が帰ってきたのである。そのことを喜びたい。
何をもって「正当」と言っているのかといえば、その根拠ははーちゃんである。
前作のラスト。キュアフェリーチェはラパーパの力とお役目を受け継いだ、この世界の女神となった。この結末がきちんと踏襲され、アイルは最大の脅威であるキュアフェリーチェの力を真っ先に封じているのである。
実はまほプリが終わったあとも、キュアフェリーチェはプリキュアシリーズに何度か登場している。
しかし、キュアフェリーチェが大女神であることは、シリーズ最大のネタバレ項目であることもあり決して語られなかった。彼女を語るには欠かせない大切な設定であるにも関わらずである。
この事実を隠すことは、彼女の強さだけでなく、動機や行動原理も秘すことになる。だから、キュアフェリーチェがその後の作品に何度登場しても、自分はいつも消化不良だった。
新フォームのピンクダイヤは、実質的にはダイヤスタイルの後継。
ダイヤはまほプリのアイコンであると同時に、旧作ではここ一番の戦闘で使われたフォームだったから思い出深い。ダイヤ曲が流れると、自分の体温が上がるのがわかる。
そのダイヤ曲を、順当とはいえ初回から頂きました。スタッフさんありがとう。