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ブックマーク / www.tonao.net (4)

  • 【古代】近江國の生靈、京に來たりて人を殺す語-今昔物語集より|言霊 -日本の物語を語り継ぐ-

    ツイート 昔、京から美濃、尾張へ下ろうとする下級役人がおりました。男は翌朝の日の出と共に出発するつもりでしたが、まだ夜が明けない時間に目が覚めたのでそのまま出発する事にしました。月明かりの中男は辻道に差し掛かると大路に青っぽい着物を着た女が裾を取り一人で立っていた。 どんな女であろうか?このような時刻に一人でいるわけがない、何処かに男もいるだろうなどと考えながら通りすぎようとすると女が「そこのお方、何処へ行かれるのですか?」と問いかけてきた。 「美濃、尾張にまかり下ります」と男は答えると女は「それはさぞお急ぎの所でしょう。ですが、折り入ってお願いがあります。しばしお付き合いを」という申すものですから男は足音とめて「いったい何事ですか?」と女に問います。 「この辺り民部の大夫の某という人の家はどちらでしょうか?そこに行こうと思って、道に迷ってしまったのです。私をその場所に案内しては頂け

    Itisango
    Itisango 2012/09/02
  • 【神代】古事記より国生み-三貴神-|言霊 -日本の物語を語り継ぐ-

    ツイート 黄泉の国から逃げ帰った伊邪那岐(イザナギ)は、「我はなんとも穢れた国に行ってしまった」と申されて筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(宮崎県宮崎市阿波岐原町の日が良くあたり緑が生い茂る清らかな川)で禊ぎを行います。 その時に身につけていたもの全てを投げ捨てられました。 初めに手に持っていた杖を投げ捨てると水辺に突き刺さり、災いを避けの神が成されます。次に身に着けていた帯びを投げるとみるみるうちに伸びて道之長乳歯神と申します道の神が成されます。 その他にも腰に着けていた袋から時量師神(きはかしのかみ)、衣から和豆良比能宇斯能神(わづらひのうしのかみ)、袴から道俣神(みちまたのかみ)、冠から飽咋之宇斯能神(あきぐひのうしのかみ)、左手の腕輪から奥疎神(おきざかるのかみ)、奥津那芸佐毘古神(おくつなぎさびこのかみ)、奥津甲斐弁羅神(おきつかひべらのかみ)の3柱の神様が右手の腕輪から辺疎神

  • 【神代】天岩戸|言霊 -日本の物語を語り継ぐ-

    ツイート 神々は永遠に続く闇を恐れた。にわかに続く夜は様々な邪神や災いを呼び起こす。神々は、安の河原に神集い思兼神(オモカネカミ)の妙案を待つ。 思兼神は、まず長鳴鳥という鶏たちを常世から呼びよせ朝日が登ったように大きな声で鳴かせた。次に天津麻羅(アマツマラ)という鍛冶師に安河の川上にある硬い鉱石を削らせ鉄を採取した。その鉄を伊斯許理度売命(イシコリドメ)が綺麗に磨き上げて八咫鏡を作り上げた。次に玉祖命(タマノオヤ)は500の美しい珠を連ねた八尺勾玉を作った。 天児屋(アメノコヤネ)と布刀玉(フトダマ)は霊山のフトマニ(鹿の骨を焼かきそのひび割れによって吉凶を占う)により先々の事を占わせた。暗黒の世界で神々はそれぞれの神業をあらわされた。 天の香山の青々とした榊を抜き取り、その枝の上段に八尺勾玉、中断に八咫の鏡をかけて、下の方の枝に楮の布と麻の布の祭具を垂らしました。神々の準備が終わ

    Itisango
    Itisango 2012/04/04
  • 国生み-黄泉の国- | 奇画録

    黄泉の国の入り口である黄泉比良坂は島根県松江市東出雲町にひっそりと残っています。 黄泉比良坂といえば、イザナギとイザナミが離縁した別れの地であり、イザナミとイザナミにより寿命と生命誕生が定まった地です。 イザナギは、黄泉の国での死に姿を見て思わず逃げてしまいます。 怒ったイザナミは、大軍をつれてイザナギを追いかけます。 その時、イザナギを救ったのは一の桃の木でした。 古くから聖なる果実とされていた桃はその実で黄泉の国の軍を追い払ってしまうのです。 その事を大変喜んだイザナギは、その桃に神名を与えて人々を救うように命じます。 イザナギは、最後まで追いかけて来たイザナミを止める為にこの世と黄泉の国との境である大穴を 大岩で塞ぎます。この大岩が道祖神の始まりとされています。 この岩を経てイザナギとイザナミの夫婦は離縁をするのです。 私は、イザナギの気持ちとイザナミの気持ち両者

    Itisango
    Itisango 2012/02/06
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