古典医学研究家の“槇佐知子”さんに関してはたびたび取り上げてきたが、『医心方』はこの人なしには語れないと思われる。中国渡来人の流れを汲む丹波康頼(912~995)が、当時の中国医学書を参考に医療全般を網羅して編集した全30巻の『医心方』は、長い間「秘本」とされ、1984年国宝に指定されたものである。槇さんによれば、内容が知られず埋もれていた理由は三つあり、一つは文字が難解であること、二には古漢文であること、三つめは禁闕(きんけつ=皇居)の秘本とされ、安政年間まで門外不出であったこと、という。 この『医心方』全30巻を一人の主婦に過ぎなかった“槇佐知子”さんが完訳したのだが、この書は医学書でありながら引用文献は宋以前の医書、仙書、史書、思想、哲学、文学、博物学、易学、辞書類など200以上にのぼり、中には一書で百巻、五十巻のものもあり、すでに中国では失われている文献もあるという。内容は内科、外
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