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ブックマーク / thurayya65.exblog.jp (27)

  • 宮城の”今” 東日本大震災から1年半に | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    先月、宮城で震災復興ボランティアに参加してきました。震災後、募金をメインに、被災地・被災された方々へ何かできないかと思ってきたのですが、お友達が震災復興ボランティアをしているので友人に「参加して活動してみないか」とお話をいただきました。体力面や、ボランティアに参加する際に伴う”責任”などが心配になったこともありました。しかし、自分でも現地で何か少しでも力になれるなら惜しまず力になりたい。そして、テレビや新聞、ネットでしか観てこなかった被災地の現状、現実に、自分の問題として正面から向きあいたい。震災後、私の地域は大きな被害はありませんでしたが、様々な面で「自分とは関係の無いこと」とは思えなかった。自分も向き合わねばならないことだ…そう感じてきました。2日間、短いですが参加して思ったこと、そして被災地で見たもの、聞いたこと、考えたことを、震災から1年半の今日、書こうと思います。(もっと早めに書

    宮城の”今” 東日本大震災から1年半に | 見知らぬ世界に想いを馳せ
  • 見知らぬ世界に想いを馳せ : 苦い思い出と共に

    昨夜、気が向いて、表には出さない昔の日記を読んでいました。それを読んでいて、昔の苦い思い出を思い出してしまいました。 以前、好きなこと・興味のあることがきっかけで、苦い経験をした事がある。例えば、ピアノの練習が厳しくて辛いとか、難しい天文学の話題に勉強不足でついていけなくて辛いというのは、我慢できる。我慢すると言うより、それが今後の課題となる。さらに道を究める糧になる。 しかし、例えば、何かを好きな者同士で意見がい違ったり、ちょっとしたことでギクシャクした関係になってしまったりして、辛い思いをし、今もそれを引きずっている…。これは耐えられない。当に辛い。私は、過去にそういうことを体験して、未だに心に引っかかっている。そのある好きなものに向かう時、苦い思い出・古傷も一緒に思い出してしまう。好きなものを楽しみたいのに、心の奥底には暗く重いものがずしりとあって、忘れられない。徐々に薄れてきた

    見知らぬ世界に想いを馳せ : 苦い思い出と共に
    hatayasan
    hatayasan 2010/06/01
    「例えば、何かを好きな者同士で意見が食い違ったり、ちょっとしたことでギクシャクした関係になってしまったりして、辛い思いをし、今もそれを引きずっている…。これは耐えられない」
  • 道標を見失って、つかめたもの | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    これまで、「課題を持って取り組むこと」、「道標を見失う」で悶々と悩み続けてきたことに、ようやくうっすらと答えを出せました。今もまだ、はっきりとは答えを出せていない。好きなものに対して、何を課題にして取り組んでいきたいのか、何を学んでいきたいのか、それをどうしたいのか、「これ!」という答えは出せていない。目の前にある宇宙関係の話題を追いかけていたり、星空を眺めたり、好きなクラシック曲を気ままに聴いていたりするような、ただ追いかけている状態は相変わらず続いている。続いている…やめられないのだ。 そう、好きなものは、「好き」なのだ。興味がある、面白いと思う、もっと知りたい学びたいと思う、それに関係する話題があれば飛びつく、棚には好きなもの関係のが並び、落ち込んでも好きなものからは離れられない…。この「好き」の気持ちだけは、悩んでいても変えられなかった。これはもうどうしようもない。好きなんだか

    道標を見失って、つかめたもの | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2009/10/12
    「「好き」という気持ちは、誰かによって承認されるものではない…好きなものでどう楽しむか、どう学ぶかは自分次第。これをしなければいけない、これをしなければ「好き」と認められないのは、ないはず」
  • 趣味は身近に | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    今、家の中がゴタゴタしていて、ブログやネットにあてる時間が減っている。ゴタゴタで疲れて、PCに向かうよりも眠りたい。そんな毎日だが、時間を見つけて読書やピアノ、音楽を聴いている。ルーリン彗星が接近中なので星空観望もしたいのだが、天気が悪いのとたっぷり眠りたいので無理そうだ。大変な時、忙しい時こそ、趣味に没頭したいと感じる。気分転換がしたいのか、現実逃避か…。 私は趣味を特別な存在ではなく、いつも身近にあるものとしていたいと考えている。読書音楽もピアノも、星も教育テレビ鑑賞もイラスト描きも。日常の一部として、気軽に付き合いたい。特別な存在と考えると、気負ってリラックス出来ないと思う。それに、身近に自分をリラックスさせるもの、仕事以外に打ち込めるものがあれば、支えとなり心が落ち着く。やる気や元気も充電出来る。日常生活で問題を抱えていても、趣味で混乱した頭の中を整理して、新たな気持ちでまた問題

    趣味は身近に | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2009/03/10
    「日常生活で問題を抱えていても、趣味で混乱した頭の中を整理して、新たな気持ちでまた問題に取り組める。だから、私は趣味や好きなものに、日常の一部として捉えたい。」
  • 初級者として思うこと | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    年末の忙しさで、ゆっくりブログを書く時間が有りません。携帯から、最近感じたことを。 私はピアノでも、クラシック音楽鑑賞でも、天文・天体観望でも初級者だ。レベルの高い人の話を聞いたり、実演を見たりすると凄いなと思うし、勉強になる。その一方で、レベルの低い自分にはどうあがいても届かない距離や、追い付けない話題があって、悔しく寂しい思いをすることもある。たとえ誰でも、初級者歓迎としていても、ある程度のレベルの人以外は門前払いされているような心理的な壁を感じる。結局は、その悔しさをバネに頑張るしかない。卑屈になっていても、もっと辛くなるだけだ。ただ、努力すれば何でも出来るとは限らないので…その辺の捉え方、視点の変え方が大事になってくるだろう。諦める、という意味ではなく。 レベルの高い人には高い人なりの悩みや辛さがあると思う。初級者には初級者なりの悩みがある。今思うことは、お互いに悩みや辛さがあるこ

    初級者として思うこと | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2009/01/05
    「ある程度のレベルの人以外は門前払いされているような心理的な壁を感じる。結局は、その悔しさをバネに頑張るしかない。卑屈になっていても、もっと辛くなるだけだ。」
  • 書き手として、読み手としてのブログ | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    いつも読んでいるefさんのブログ「なかきよ」にて、「何のためにブログを書いているのだろう」と問うエントリを読んで考えたことを。 ◇なかきよ:ブ、ブログなんてお遊びなんだからねっ ◇なかきよ:続・ブ、ブログなんてお遊びなんだからねっ 私も、このブログを何のためにやっているんだろうと考えていた時期がありました。アクセス数が伸びないとか、コメントが少ないとか、同じ趣味のブロガー仲間が増えないとか…。今は、そんなことはあまり気にせず、好きなもの、気になったこと、考えたことをのんびりと書いています。記事投稿の頻度が減って、アクセス数も減ると「減ってきたな…」とは感じますが、無理して記事を書いても面白くない。 以前も書いたが、私がブログを始めたのはブログがまだ流行していなかった頃、ホームページで好きなことについて語っている人たちのサイトを見て、自分もこんなサイトを作れたらと思ったのがきっかけだった。そ

    書き手として、読み手としてのブログ | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2008/11/14
    「読み手と書き手がお互いを意識・期待しすぎると、「ブログ疲れ」やブログの意味を考えたりするのではないか」
  • 「趣味」として、楽しみとして | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    私がこの春から通い続けている「星空案内人」講座も終盤に。星座を探したり、望遠鏡を扱ったりと実践的な内容も学んでいる。しかも、これまで私がやってきたように、何となく星座を探して、望遠鏡も適当に使って…ではなく、観望会でお客さんにどう教えるか、どう伝えるか。例えば、あれが「夏の大三角形で…」と言うだけではなく、星の並びだとか、特徴などを交えて話す必要がある。自分でやるのと、人に話すのでは全然違うんだなと感じている。 また、講座が縁で、宇宙・天文つながりの知人が増え始めた。天文部漫画「宙のまにまに」3巻で「星猛者」という言葉が出てきていたが、まさにそれ。星猛者・天文猛者に圧倒されてばかり。そんな星猛者さんにも色々な方がいて、きれいな天体写真を撮る人、プラネタリウムで解説し普及活動を行っている人、子ども向けに観望会を開いている人、天文学の歴史を調べている人…と当に様々。天文学がカバーする範囲はと

    「趣味」として、楽しみとして | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2008/08/01
    趣味に生きがいを見出そうとするとどこかを切り詰める必要が出てくる。でも趣味を悠然と楽しむにはまだ少し早いとも思う。このジレンマ。
  • わかって、わからなくなって | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    現在、「星空案内人」講座に通い、案内人の資格取得を目指している。講座の内容は毎回盛りだくさんで、1回2時間の講義では時間が足りない。自分でさらに勉強しなければ。そこで、これまでと同じようにを読んだり、夜空を見上げる時間を少しでも多くしたり(最近はISSばっかり見ているが)している。これまで足を運ぶことがなかったプラネタリウムにも通うようになった。投影内容も勿論だが、解説員の説明の仕方や話術・わかりやすい話し方にも注目しながら話を聞いている。さすがその道のプロは違う。どうやったら人々がより星空に興味を持ち、話を聞けるかを熟知している。毎回うまいなぁと感心する。 そしてまた、宇宙関係のを探そうと図書館へ行く。しかし、天文・宇宙関係の棚を見ながら、だんだん不安になってきた。天文・宇宙と一言で言っても扱う範囲は非常に広い。どこから手をつけたらいいのかわからなくなってしまった。今自分がどこに立

    わかって、わからなくなって | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2008/06/08
    「それでも、わかっていたものがわからなくなって、またわかる時が訪れることを信じて進み続ける。そうすれば、不安や焦りなど感じずにわかっていた時よりも、理解や考え、学んだことが深くなっていくんじゃないか」
  • 立体としての音楽 | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    このところ、演奏会に行くことのできるチャンスが増えてきた。オーケストラ、ピアノ、室内楽…さまざまな形態に触れてみようと思っているので嬉しい。今回行ったコンサートはチェロとピアノのデュオ。前回、舘野泉さんのコンサートでピアノだけのコンサートを初めて体験したが、今回の室内楽も初めて。オーケストラは沢山の楽器に、一度に触れられる。その音の重なりや規模の大きさを体感できる。ピアノだけの場合は、ピアノだけに集中できる。室内楽は楽器は少ないけど、それぞれの響きをじっくり味わえるし、少ない楽器だからこそ出来るかけ合いも聴ける。 そのコンサートを聴いていて、思ったことを。まず、音楽って立体的なものなんだ、と。楽譜は平面、2次元に書かれている(現代音楽を除く)。それを演奏する時、その2次元のまま演奏しても、平坦な演奏になってしまう。楽譜に書かれてあることに、表現や解釈、響きや音の質感をプラスして、3次元にす

    立体としての音楽 | 見知らぬ世界に想いを馳せ
  • すべては音楽から生まれる | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    音楽関係のを読んだのは、久しぶりかな?タイトルやら、シューベルトの副題やら、帯やら内容紹介やら…色々な点で惹かれて、買う予定も無いのに買ってしまった。 すべては音楽から生まれる 脳とシューベルト 茂木 健一郎/PHP研究所・PHP新書/2008 茂木さんと言えば「クオリア」の考え方で有名。でも、私自身その「クオリア」が何なのか良く分からずにいた。脳科学において、脳の働きは数量化できる。しかし、数量化できないものがある。それが「クオリア」。「質」や「状態」を表すラテン語のことだ。数理や物理で表すことの出来ないものが、音楽にはあふれている。このはそこから出発する。 音楽(このではクラシック音楽を指す)を聴いていても、自分で演奏しても、音楽とは何なのか分からなくなることが良くある。何を目指しているのか、何のためなのか。聴けば聴くほど、演奏すれば演奏するほど分からなくなってしまうのだ。好きな

    すべては音楽から生まれる | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2008/02/18
    「わからない、完全には理解できないけれども、そのよさを感じることが出来る音楽の不思議。そのよさとは「質感」でもあったのか。」演奏はおろか、音符もろくに読めないのに「いい」と感じられるのはなぜ。
  • 天文学者はロマンティストか? | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    宇宙が好きな私にとって、宇宙に関わる仕事は憧れの存在。でも、実際何をしているのか良く分からない部分もある。天文学者もそのひとつ。天文学者は何をしているのか。天文学とは何なのか。そんな疑問に答えたのがこの。 天文学者はロマンティストか?―知られざるその仕事と素顔 (生活人新書 236) 縣 秀彦/日放送出版協会/2007 筆者の縣さんは、国立天文台の「天文情報センター」で天文学の普及と国立天文台の広報に当たる仕事をされている方。縣さん自身子どもの頃から宇宙・天文が好きで天文学を学び、国立天文台で天文学者を一番近くで見ているけれども、縣さん自身は天文学者とは異なるため客観的な立場にもある。 そんな縣さんの視点での"天文学"と"天文学者"とは。 冒頭にある、4人の天文学者たちへのインタビューがかなり面白い。天文学者と言っても、望遠鏡で星を観るだけが仕事じゃない。コンピュータや、紙と鉛筆と自分

    天文学者はロマンティストか? | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2008/01/07
    「「科学」と「文化」は相反するもののように考えられるけれども、ゴールが良く分からないものを追求するという点では似ているのかもしれない。追求しようと思えば、どこまでも追及できるのだから。」
  • 「人間嫌い」のルール | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    以前efさんのブログで見つけて、面白そうだと思った。「人間嫌い」という強い言葉に、私も惹かれてしまった。 なかきよ:先月の新刊 中島義道 「人間嫌い」のルール (PHP新書 468) 中島 義道/PHP研究所/2007 「人間嫌い」というと、人との関係を拒絶し、引きこもって独りでいるようなイメージを持つ。または、誰とも理解しあおうと思わず、心を閉ざしているイメージ。そういうのも「人間嫌い」に分類されるけれども、この筆者である中島さんの「人間嫌い」はちょっと違う。 人と何かについて話した時に、誰かの意見に共感して相槌を打つ。または、当はそうは思っていないのだけれども、相手との関係を保つためにお世辞を言ったり、嘘を言ったりすることがある。それはこの社会で生きてゆくために必要なスキルとも言える。しかし、そんな行動に対して、気で悩む人たちもいる。相手とは違うことを思っているのに、それを言った

    「人間嫌い」のルール | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2008/01/01
    「自分の考え方で他者のことも考え、理解しようとしてしまう…「自分が正しい」と思って。それで苦しむ人がいることを、心に留めて、理解したい。それが本当の意味での、「共感」なのかもしれない。」
  • 自己完結する自分 | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    私は思っていること、考えていることをほとんど自分の中で処理してきた。悩みも人に相談せず、一人で考えて答えを出す。特にマイナスの気持ちに関しては出来る限り表に出さないようにしてきた。それを表現したら、誰かに伝えたら、弱みとして誰かに握られるかもしれない。それが怖くて、嫌だった。 それから、好きなことやハマっていること、興味のあること等もあまり人には話さず、ひとりで行動してきた。ピアノを弾いても誰かに聞かせるわけでもない。イラストを描いても、誰にも見せずそのまま。同じものに興味を持っている人が身近にいても、そういうものには興味ないフリをしていた。自分のやっていることはあくまで個人的なことで、人に見せるようなものじゃない。気楽にやっているのに人に教えたら、人からの圧力や視線が加わり耐えられなくなるんじゃないか。そう思っていた。 だが、こうやって何もかも自分ひとりだけのものにしてばかりいることの方

    自己完結する自分 | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2007/12/18
    「これまで自分の中で完結していたものを外に出してみると、何となく居心地が悪い。それでも自分ひとりでは考えもしなかった反応がかえってくるのはありがたく、面白い。」携帯からの長文、すごいな。
  • スオミの風景を追い求めて | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    今日12月6日はフィンランド独立記念日。1917年の独立、今年は90回目の記念日です。日人であり、戦後生まれである私は、他の国から"独立する"ことの重大さがどれほどのものか、よくわかっていません。身をもって知った方々から見れば、当に平和な世界に生きている。想像することしか出来ませんが、心をこめて、この場を借りて言わせていただきます。独立記念日おめでとう。 そんな独立記念日を記念して、私の好きなフィンランドについて語ろうかと思う。フィンランドで好きなもの、ため息をついてしまうくらい憧れてしまうものは色々あるが、一番好きなのは?と訊かれたら多分「風景」と答えると思う。フィンランドの風景が好きだ。青と緑と白の、森と湖がどこまでも続く。森の木々は凛と立ち、水面には空の青さと雲が写る。季節によって表情を変える森。真冬、漆黒の夜空にはオーロラも輝く。一方、街を見ればヨーロッパの石造りの町並みに、ロ

    スオミの風景を追い求めて | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2007/12/07
    「魁夷が観た風景と、私の観る風景は違うだろう。感じることも違うだろう。私ならどう言葉にするだろうか。どんな構図で写真におさめるだろうか。絵を描くなら、どんな絵を描くだろうか…。」
  • 誰かへつながる細い道 | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    「電脳コイル」最終回、とても面白かったです。25分いっぱいボロボロ泣いてました。感想は後でゆっくり書くことにして、コイルを観た後で思ったことを。 この最終回で、「人と人のつながり」「痛みと人間関係」がキーポイントになっていたと思う。ヤサコとイサコはああいうラストシーンになったけれども(まだ内容は詳しく書きません。あとで)、それに至る過程が妙にリアルで、引き込まれてしまった。 第23話で、イサコは人と人の関係を細い道に例えた。まさにそうだと感じる。コミュニケーションが上手くいっている時は、道の細さなんて気にしない。太くしっかりした道だと信じて疑わない。でも、出会った時、関係が上手く行かなかった時、私はその道の細さを実感する。イサコの言うように、ちょっとでも油断するとその道は途切れてなくなってしまう。その道を自ら断ち切ることだって出来るし、誰かに向かって切り拓こうとすることも出来る。それは現実

    誰かへつながる細い道 | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2007/12/02
    「"痛み"があるからこそ、私たちは心を持って生きていられる。"痛み"を感じることが出来るからこそ、誰かとコミュニケーションをとることが出来る/痛いからと言って、誰かとの心の道をつなげることをやめたくはない」
  • 集めるむなしさ | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    私はオタク趣味ゆえに、色々なモノを集めてしまう。クラシックCDなんて聴いても聴いてもキリがないし、もどんどん増えるばかり。PCの中もネット上で拾った変なものが詰まっている。集めれば集めるほど、収集欲は増すばかり。無限ループの地獄だ。 でも、集めて一体何になるのだろうと時々自分に問いかけることがある。持っているモノでも、衝動買いしたもの、持ったはいいが活用に困っているものもある。でも、手放せない。いつか役に立つだろう、今度ゆっくり使ってみようと思うと手放せない。困ったものだ。 よくわからない100のものより、強い思い入れのある10のものを大切にした方がいいんじゃないか。思い入れがあって、大好きなモノならば飽きることなく持ち続けることが出来る。モノを持つことが目的なんじゃない。そのモノによって楽しむことが出来るか、それが目的のはずなのに。物欲って怖い怖い。 手放すことが出来ないなら、まずはも

    集めるむなしさ | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2007/11/28
    「よくわからない100のものより、強い思い入れのある10のものを大切にした方がいいんじゃないか。/手放すことが出来ないなら、まずはもう一度そのモノにじっくり触れてみよう」
  • グーグル翻訳すごすぎる マイバージョン | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    今日は面白ネタで遊びます。はてなブックマーク経由で見つけたこの記事をまずご覧ください。 F速VIP(・ω・)y-~:Googleすげえwwww 2chまとめサイトです。苦手な方、ごめんなさい。Google翻訳で、映画のタイトルなどを日語で入力すると、ちゃんと英語の題名に翻訳してくれる。爆笑しつつも、グーグルのすごさに驚いてばかり。 上のまとめブログではアニメのタイトルを中心に翻訳していましたが、ここからは私の趣味関係で翻訳させてみます。 Google翻訳 「日語から英語へ」で翻訳します。 まずは教育テレビ関連。 ・NHK教育テレビNHK Educational TV 普通…だな。次行ってみよう! ・おかあさんといっしょ→OKAASANTOISSHO ローマ字に直しただけ…。しかし、「お母さんと一緒」と漢字を混ぜてみると違う結果に。何かのタイトルなのか、普通の文章なのかの区別が付けられ

    グーグル翻訳すごすぎる マイバージョン | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2007/11/17
    「きぼう→Japanese Experiment Module」宇宙に関する固有名詞もちゃんと認識して翻訳するらしい。
  • 轟きは夢をのせて 喜・怒・哀・楽の宇宙日記 | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    「はやぶさ」「かぐや」と宇宙機ネタを続けるブログです。日の宇宙開発になくてはならない人を挙げるとしたら、私は真っ先にJAXA宇宙科学研究部(旧ISAS・宇宙科学研究所)の的川泰宣先生の名前を出します。その的川先生が日惑星協会のメールマガジン「TPS/Jメール」で連載しているコラムをまとめたのがこの。「TPS/Jメール」はいつも購読させていただいております。 轟きは夢をのせて―喜・怒・哀・楽の宇宙日記 的川 泰宣/共立出版/2005 1999年に始まった的川先生の「YMコラム」。メルマガでは、「的川泰宣」ではなく、肩書きを捨てて「YM」として執筆している。長年宇宙開発・宇宙科学に携わってきた権威として語るのではなく、いち宇宙工学者としての視点で語られている。しかも、堅苦しい科学的な話ではなく、現場の科学者・技術者たちの生の声をリアルに伝えるもの。宇宙への熱い魂が伝わってくる。読んでい

    轟きは夢をのせて 喜・怒・哀・楽の宇宙日記 | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2007/11/14
    宇宙科学研究所(JAXA)の的川泰宣氏について。中の人はかくも情熱的。
  • この鍵盤の向こう側 | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    ピアノの練習をしながら、考えたことがある。私にとってピアノを演奏することって、何なのだろうと。 きっかけは、音楽を楽しんでいる人々を見て、私も音楽で楽しみたいと思ったから。ブルグミュラーを弾いていた友達、「クインテット」のアキラさんたち。聴くだけでも楽しいのだが、自分で演奏できればもっと楽しい。私もやってみたい。そのちょっとした感情がきっかけだった。 そして子供の頃に練習嫌いで辞めたピアノにもう一度向かった。独学でも、自力でも近づいてみたかった。だんだん指が動いて、その曲の世界に少しでも触れることが出来た瞬間の感覚がやめられない。そこにたどり着くまでが辛いけど、それも己を鍛える試練だと思う。学ぶことも多い。テクニックや作曲家のエピソード、楽典などなど。ただ美しいだけじゃない。心を揺さぶられる秘密が曲の中にある。なかなか理解できないこと、習得できないことも多いが、最初から分かってしまったらそ

    この鍵盤の向こう側 | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2007/10/30
    「ふと思う。私はあるひとつの曲が弾きたいのではなくて、その曲を通して音楽の世界に浸りたい、のではないかと。」ブログの記事と中の人との関係と似たようなもの?
  • 好きなものがあるひとが好きだ | 見知らぬ世界に想いを馳せ

    朝職場に向かう道で、2人の男子中学生とすれ違った。彼らはサッカーボールを交替で蹴りながら歩いていった。これから部活の練習なのだろうか。学校のジャージを着ている。学校に向かう道でもボールを蹴りあっている2人を見て、ああ、サッカーが好きで、楽しくてたまらないんだろうなととても微笑ましい気持ちになった。 何かが好きで、それに対して一生懸命になっている人を見ているのが好きだ。趣味でも、好きな人でも、"好き"という気持ちが表れていれば何でもいい。好きなものがあって、それを楽しんでいる姿を見ると、こっちまで楽しくなってくるんだ。それまで特に興味が無かったものでも、楽しんでいる人たちにつられてだんだん興味を持ち始めた、ということは私は多い。でもアニメでも、音楽でもイラストでも…。どっかで誰かが楽しそうにしていて、「面白そう」と興味を持ちそのままハマってしまう。影響されやすいのだろうか。でも、悪いことで

    好きなものがあるひとが好きだ | 見知らぬ世界に想いを馳せ
    hatayasan
    hatayasan 2007/10/24
    「求める違いは、その人の感情。同じ好きにも温度差があるし、言葉も表現も違う。その違いを求めて、ブログを探すんだ。」