■企画概要 大和ミュージアムのリニューアルにともなう休館対策の一環として、入船山記念館で企画展示をおこないます。 本展示では、陸上で建造した船を海上に浮かべることで船の誕生を祝うものとして行われてきた「進水式」に着目します。 呉海事工廠では133隻の艦船が建造されました。進水式は呉市民にとっても大きなイベントでしたが、戦時下には機密保持のため一般公開されなくなるなど、その折々の時代背景を物語るものでもあります。 本展示では、進水式の記録写真や当時の新聞資料、進水する船体と式台をつなぐロープ(支網(しこう))を切断する際に使用された斧、進水式で配布された記念品など、大和ミュージアムと入船山記念館の所蔵資料を中心に、明治期から戦後復興期にかけて呉で行われた進水式を紹介します。 ■主な展示資料 ・進水斧 タンカー,鉱石運搬船など ・進水記念品 航空母艦「赤城」,一等巡洋艦「那智」,戦艦「大和
Home 原爆放射線医科学研究所 [75周年]【2024/10/28-12/25開催・霞】2024年度企画展「信州から来た2人の学長、原爆を見つめる: 長田 新と飯島 宗一」を開催します [75周年]【2024/10/28-12/25開催・霞】2024年度企画展「信州から来た2人の学長、原爆を見つめる: 長田 新と飯島 宗一」を開催します このたび、「広島大学創立75+75周年記念事業」の一つとして、原爆放射線医科学研究所(原医研)でお預かりしました、長田 新先生と飯島 宗一先生の資料の展示を企画いたしました。 ペスタロッチ研究で著名な教育学者・長田 新は、原爆投下時は広島文理科大学教授であり、敗戦直後から同学の学長となって大学の復興に努めました。また、彼は、原爆を体験した少年少女の手記『原爆の子』の編集も行いましたが、この本は現在、平和教育の基礎と言われています。 新制大学となった本学で
特別展 「外国奉行と神奈川奉行 ―幕末の外務省と開港都市―」Part1 「外国奉行―幕末の外務省」 開催のお知らせ【横浜開港資料館】日米和親条約締結170周年を記念した特別展が開幕します! 今年は、安政元年(1854)に横浜で日米和親条約がむすばれてから170周年にあたります。この条約の締結によって、日本は欧米諸国と恒常的に外交をおこなう必要に迫られ、幕府は安政5年(1858)外国奉行(外国方)を創設します。一方、安政6年(1859)に開港された横浜には神奈川奉行が置かれることになりました。 外国奉行と神奈川奉行の研究・展示は、これまでほとんどおこなわれてきませんでした。外国方は外務省の前身にあたる組織で、幕末の厳しい国際環境のなか、幕府外交のかじ取りを担います。一方、神奈川奉行(所)は神奈川県(庁)の前身機関で、開港場周辺の行政をおこないつつ、居留地で外国人との折衝も担当したのです。この
海上自衛隊呉地方隊は創設70周年を迎えます。 昭和29年(1954)の創設以来、陸・海域の防衛警備に任ずると同時に、護衛艦隊をはじめとする機動部隊に対する後方支援、さらに災害派遣や救難活動のほか、さまざまな民生協力などにも従事してきました。 それを記念いたしまして、この度当館では特別企画展として、呉地方隊の70年間の活躍の歴史を振り返るとともに、貴重な資料を展示紹介いたします。 呉地方隊について 明治22年7月1日呉鎮守府が開庁告示、同年中に呉海兵団・呉海軍病院なども設置され、明治36年には呉海軍造船廠と呉海軍造兵廠をもって呉海軍工廠が設立されるなど帝国海軍の主要な基地として発展してきました。 昭和20年(1945)8月15日の終戦を経て、同年11月30日の海軍省廃止に伴い、呉鎮守府は閉庁されることとなり、その一方で大戦末期、米軍は瀬戸内海を含む通航量の多い海峡や湾港に多数の機雷を投下し、
清瀬市には、昭和6(1931)年に、結核を専門とする東京府立清瀬病院ができたことをきっかけとし、その後、府立清瀬病院の周辺の広大な雑木林に、次々と結核療養所が建てられました。有効な薬がなく、きれいな空気の中で、安静にし、栄養をとって体力をつける療養のためには、清瀬の療養所の環境が適していたといわれています。現在も、結核予防会結核予防研究所や複十字病院を始め、BCGワクチンの製造など、結核の治療に関連する施設が多く立地しています。このようなことから、結核療養の街として知られており、結核予防会総裁の秋篠宮皇嗣妃殿下は、結核予防会の施設がある清瀬市を、たびたび訪問されています。 清瀬市郷土博物館では、令和5(2023)年に展示ホール、歴史展示室のリニューアルを行い、清瀬市の旧石器時代から近現代までの歴史に関わる展示をしています。 妃殿下は、郷土博物館館長からご説明を受けながら、市指定有形文化財の
土師ダム竣工50周年記念・2024年度秋季企画展 「ダムに沈んだ土師ー失われた風景の歴史をたどるー」 令和6年(2024)は土師ダム竣工50周年にあたり、それを記念して八千代町土師地区の歴史と文化財をテーマとした企画展を開催します。水没した地域を含む土師の古代から現代までの歴史を紹介し、所在する文化財について考古遺物・古文書・写真・図面等関係資料を展示します。 会期:10月26日(土)~12月9日(月) 場所:1階企画展示室 休館日:期間中火曜日 入館料:一般500円、中学生以下無料(通常期の入館料と同じ) 【関連行事】 (1)展示解説(申込不要) ・日時:10月27日(日)、11月10日(日)、24日(日)、12月8日(日) 11時~11時30分 ・解説:当館副館長 秋本哲治 (2)現地見学会「土師の史跡を巡る」(公開講座) ・日時:11月10日(日) 13:30~16:20 ・ガイド:
『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザイナー兼アニメーションディレクターであり、漫画家としても活躍する安彦良和の創作活動を展望する回顧展です。北海道遠軽町に開拓民の3世として生まれ大学では学生運動に参加、その後上京してアニメ制作に加わり、漫画家に転身する激動の半生を振り返ります。世界初公開の資料も多数展示予定です。 見どころ 幼少期から現在に至るまでの安彦良和の創作活動の軌跡をたどることのできる1,000点以上の資料を展示し、『機動戦士ガンダム』(劇場版)のポスターラフ案など、本展が初出展のものも多数あります。 アニメに関する資料だけでなく、安彦良和のライフワークとも言うべき日本の古代史、近代史に取材した漫画原稿なども展示し、安彦良和の創作活動の全貌に迫る初の試みです。 高い画力から生み出された原画や原稿は、まさに美術品。会場には、描き下ろしのイラストも展示されます。
在ブラジル原爆被爆者協会が1988年に実施した被爆者アンケートなど、同協会から広島県医師会に寄贈された資料を初めて展示する「イペの花の下の被爆者」が広島大学霞キャンパスの医学資料館2階で開かれています。入場無料、5月17日まで。 アンケートは同協会がブラジル、ボリビア、アルゼンチン、パラグアイ、ペルーの南米5カ国の被爆者188人に配布し、139人から回答を得ました。0歳から20歳代に広島、長崎で被爆した後に移住した人たちで、直接被爆が106人、入市被爆が56人、胎内被爆が2人など。健康管理手当、医療特別手当など被爆者手当を受けている人は1人もおらず、申請が認められなかった人が30人、手当のことを知らなかった人は43人いました。 「入院は赤貧のためできなかった」「海外移住は、被爆を忘れるためでもある」「なぜ国内の被爆者と同等の援護をうけられないのか」…。アンケートにつづられた記述からは、在外
このたび、2023年春に広島県医師会が寄贈を受けた在ブラジル原爆被爆者協会資料を、医学資料館において展示いたします。 同資料は、既に2023年8月6日より広島県医師会館内の「被爆伝承コーナー」において、「被爆者と医師、太平洋を越えて」と題し、現在も資料の一部が展示されておりますが、今回、広島県医師会の多大なご理解とご協力を頂戴し、そこでは展示されていない資料などを含めて、拡大版の展示を行うことといたしました。 在ブラジル原爆被爆者協会の資料を中心に、広島県医師会、広島大学医学部、原爆放射線医科学研究所など、南米に渡った被爆者についての広島の医師・医学者たちの活動を発信できればと思っております。ぜひ、この機会に医学資料館へお越しください。 多くの皆様のご来場をお待ちしております。
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