年間約50現場通うアイドルオタクが選ぶ2024年現場ベスト3! こちらのブログでは初めまして。アイドルオタクブロガーのあややと申します。普段は「それは恋とか愛とかの類ではなくて」(https://moarh.hatenablog.jp/)というブログを書いています。この度、アイドルオタクの友人たちと4人で交換日記を始めることになりました! …
はじめに 今に始まったことではないが、id:gerlingは論旨の前提となる背景知識を知ったかぶっている。そのため「メディア論はやめるべきだ」とする主張には、接続可能性も実行可能性も観られない。まずid:gerlingには、「孫引き」していることを謝罪し、的確な文献の正確な「引用」を以って接続可能性を埋め合わせる必要がある。そして、私が主張したシステム理論における「コミュニケーション・メディア論」とフランクフルト学派の「メディア論」的転回を接続可能性の範疇で観察し、当初威勢よく言い放った「ミクロ権力論」との同一性を実行可能性の範疇で主張しなければならない。 これができていないid:gerlingに、現代メディア論のパラダイムに文句を付ける資格は無い。「 なんであろうと、問題は同じである。特に話が古証文のような疎外論とあっては。 「道具的理性」であろうと、「世界コミュニケーション」であろうと
『id:gerlingの説明責任は「ミクロ権力論」批判がフランクフルト学派の「メディア論」的転回&システム理論的な「コミュニケーション・メディア論」とどのように関わるのかを論じることにある。 - はっはっはっは』という記事を書いたが、待てども待てども「本論」が展開されず、id:gerlingは一向に説明責任を果たさない。 なんか退屈なので、議論が終わった後に圧倒的に一(ry)で書こうとしていたネタを取り上げておこう。id:gerlingの「孫引き」その1「選抜や厳しい選択がはじめて、データから情報を、そして情報から利用可能な『知』をつくるからだ。だから、フィルターにかけること、すなわち無視したり忘れたりすることが必要になる」(ノルベルト・ボルツ(著)、村上淳一(訳)『意味に餓える社会』東京大学出版会(1998)、p232)。 孫引きされているページ:id:gerling(著)『お前もガキく
以下から詳述するように、id:Midasには三つの質問がある。といっても、これは大まかな区別であって、質問は山済みと言えるだろう。第一に、私とid:gerlingの議論に対して残したid:Midasのコメントは、「反論」なのか放言なのか。第二に、私が「人工知能、特異点、エージェント、マシンラーニング」について肯定的に評価したと考える理由は何か。そして第三に、id:Midasは「知ったかぶり」でコメントを残したことはあるか。 この三つの質問の鍵となるのは、id:Midasの以下のようなコメントである。「反論とは「論旨」に対しなされるもの。「どっち?」は質問(疑問)。質問に反論があるかとは笑止千万。「どっち?教えて」と書くべき。でなきゃ黙ってな。真理をナメすぎ」id:Midas(著)『はてなブックマーク - 財)パタフィジック収集館ふくろう団地出張所』はてなブックマーク(2009)、閲覧日時:
……と、ふと思ったんだった。それ、ほんとに有効なんだっけか、と。 というのは、そういや集合知の有効性の客観的な調査結果とか、見たことないよなぁ、と思ったからだ。相も変わらずちまたにはつまらないブログはあふれているし、くだらない本はベストセラー上位に入るし、その他もろもろ、使ってない人ももろもろ。見ていて特に、以前と比べて面白いエントリーの類が増えたような印象は受けないのだ(むしろつまらない物が増えているのではないか?)。 とはいえ、それも個人的な印象の話に過ぎないのだけど、では印象でなくて実際のところはどうなんだろう……というと、これがわからないのだった。ぼくが知らないだけかもしれないが、そういったことに関する調査というのは聞いたことがないので。 まぁ、仮に集合知が世間的にはまったく有効でないとしても(または、ほぼ無効とか、たいして有効でないとか、それほどには有効ではなかったとかだったとし
『id:gerlingというチキンを踏み台にして「フランクフルト学派のメディア論的転回」の系譜を説明しよう。 - はっはっはっは』に対するid:gerlingの反応記事に対して、若干同情の念が込み上げてきた。繰り返しになるが、その程度の準備で反論するつもりになったことを称えたい。しかし・・・、「メディア論をやめろ」という当初の指摘はどうなったのだろうか?君は私のメディア論的なスタンスに反論する立場にあったはず。だから当然フランクフルト学派の「メディア論」的転回を説明した元記事に対しても、有力な反論があってもいいはずなのだが、それが見当たらない。どうしたことだろう?まさか全く関係ない「ミクロ権力論」とやらと強引に結びつけることでしか反論することができなかったなどとは、言うはずもないだろう。そんなはずはない。私はid:gerlingを信じている。必ずや、現代メディア論の「ガキくささ」を証明して
祖母の白寿のお祝い 先日、満99歳(数えで100歳)になった祖母の白寿のお祝いをやった。 さすがに身体のあちこちに不具合が出てきており、そろそろ本格的に外出も難しくなってきたので祖母と一緒に家族で集まれるのはたぶんこれが最後だろう。 下は0歳から上は99歳までいるので、移動と諸々…
『いい加減「左翼」と「右翼」の区別から卒業しなさい。 - はっはっはっは』にトラックバックが届いた。丁度良い踏み台になりそうなので言及しておこう。圧倒的に一人勝ちシリーズのネタにもなるし。威勢のいいのは機嫌の良いあいだだけの批判者「ルーマンなんてほとんど知らないけど、ルーマンは複雑性っていうのは縮減されるしかない、つまり自由選択じゃ全然選べないから選択肢を作るしかない、って言ってたんじゃないっけ?システム論ってそういうもんだと思ってた。複雑性を擁護するのはむしろ左翼なんじゃないのか?」id:gerling(著)『お前もガキくさいメディア論なんか止めたら? - ootuka’』はてな(2009)、閲覧日時:2009/02/18 「これでよく反論する気になれたな」と、意気込みだけは評価しておこう。彼はルーマンに対する無知の負担をボルツに対する強引な誤読で免除しているようだ。「まあ、ボルツが馬鹿
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