たとえば、国立大学に通う卒業間近の女子が言う。靖国神社に参拝するような総理大臣は私は支持できない。別に個人が靖国神社に行くことは自由であるけれども、総理大臣が参拝するのは、私はよいこととは思わない。ごく私的な集まりにおいて、言ってのける。私はそう思うから、問題ある?その人は20年弱の半生において、靖国神社の境内に足を踏み入れたことはない。大鳥居をくぐったことはおろか、大鳥居の存在すら知らない。大村益次郎誰それ?むろんのこと、遊就館に至っては、そんなものがあるの、という反応。当然のことながら、彼女は日本の近代史についても神道についても先の戦争についてもいわんや東京裁判についてもまったく無知にして無関心であり、見識など望むべくもない。確たる宗教観や慰霊観など持ち合わせているはずがない。そもそもそうした事項を個人的に問題とはしていないし、彼女の内部においてはそれを問題として検討する必要自体を感じ
脱オタ、という言葉はちょっとややこしい。 なぜなら、この言葉は一見すると「オタク趣味を放棄すること」を指しているようにしかみえないからだ。しかし現実には、「脱オタ」という言葉はオタクファッションを改善することだったり、コミュニケーションスキル/スペックを改善させることだったりする場合が多い。*1 秋葉原の大通りを行きかう男性オタク達の服装がまだまだ十分にみすぼらしかった2000年頃において、ピンバッジだらけのリュックを普通のバッグに変えてみる・穴の開いたTシャツをやめてみる・風呂に入る・無精ひげを剃る・電車の中で奇声を発しながらエロゲートークをしない、etc...これらのちょっとした気配りはオタ個人の社会適応を改善するうえでそれなり意義があった(逆に、それらさえおざなりにしていたオタクが多かったとも言える!)。総武線の電車のなかで冷笑される可能性を、脱オタメソッドはある程度減弱させる効果を
いやね、正月に地元に帰った時に、 安くて有名な居酒屋に行ったんですよ。 ご主人とも顔馴染みで、友達も交えて 楽しく話しながら飲んでいたら、 突然隣のオヤジが「こんなモノ食えるか!」 と、叫んだのです。 なんでもこのお客さん、 もつ煮に化学調味料が入っていたことに たいそうご立腹だったようで 「こんなものに金を払えるか」とブチ切れ。 僕も友人もご主人も( ゜д゜)ポカーンとなってました。 おまけに自分がどれだけ食に対して造詣が深いかとか 「もつ煮はどうあるべきか」とか どうでもいいことに関してずーーーっと ご主人+我々2人に講釈をたれ続け、 「今度来るときまでに自分が言った通りに 味を改善しておかないと悪い噂を立ててやる」 みたいな趣旨のことを吐き捨て出て行ったんです。 それを見た我々はまた( ゜д゜)ポカーン まあそれで何が言いたいのかっていいますと、 このウザさ全開のオヤジさんが 昨今の
Googleで「mixi」を検索してみました! すると、上からいくつかのところに「mixi(ミクシィ)モバイル」の文字がでてくるよね! うんうん…え、あれれ! 検索結果の要約のところに、しっかりとコンテンツの一部がでちゃってるよ! なんで! たしか http://m.mixi.jp/ って、PCで見にいっても このページへは携帯電話からのみアクセスできます。 パソコンのサイトはこちら なんて出るだけだったと思うんだけど…! なのになんで Google は中身を取得できてるの! ちなみにこのmixiモバイルって、 User Agent を 「DoCoMo/2.0 SH903i(c100;TB;W30H20)」 に変更したくらいでは 中身をみせてもらえません>< IPアドレスで制限してるのかな…! ふしぎふしぎ!どうなってるのこれって思って、User Agent を「google」に変更して
「友だちがいない」って言ってる人たちってね、自分ひとりじゃ、何もできないんだ。友だちができないだけじゃなくて、そのほかのこともできない。「ひとりじゃ何もできないけど、でも他人と一緒にいれば何かできるかもしれない」って、ごまかそうとしてる。でもね、ひとりで何かできなくちゃいけないし、寂しさもある程度克服しないと、友だちってできないよ。 友だちができない時期っていうのは、人生の下積みの修行の時期だって思うよ。ぜいたく言わないで、ひとりで力つけろって。人間って、何かやるときは、いつもひとりでやるんだよね。
「現実と虚構を混同する」のが大嫌いな人がいる。 彼は、他人が「現実と虚構を混同」して物語の世界に入っているのを見るだけで、虫酸が走るのだ。 だから、誰かが映画をビデオで見てると「何だ、ただの作り話じゃないか」と言う。 CG使ってるシーンが出るたびに、「このシーンはCG使ってるんだよ」「現実味がない」などといちいちコメントする。 緊迫するシーンの横で「あっ、口開けてる、面白い」と他人をからかう。 クライマックスシーンを見て涙流してる人を面白そうにジーッと見てからかう。 でも、これは「現実と虚構を混同」している人を目醒めさせるためには、必要な事柄なのだ。 それがいつかわかってもらえる日が来るまで、その努力は続く。 注:この物語は虚構(フィクション)ではなく、筆者の体験した現実(ノンフィクション)です。登場人物や事件は架空のものではありません。
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