インド北部ダラムサラに拠点を置くチベット亡命政府のロブサン・センゲ首相(48)が来日し、東京都内で産経新聞の単独インタビューに応じた。中国政府によるチベット人への弾圧の実態を訴え、東シナ海や尖閣諸島(沖縄県石垣市)での中国の動きを念頭に、日本もチベットの経験から学ぶべきだと語った。(広池慶一) チベットの悲劇は現在も続いています。2009年以降、145人のチベット人が焼身自殺で命を落としました。報告を受ける度に胸がとても痛みます。 決死の行動は、国際社会に救いを求めるメッセージです。亡命政府は、最も大事なのは命であり、焼身自殺をしないよう訴えていますが、彼らは自殺を図り、究極の犠牲を払うのです。 チベットでは伝統建造物も次々と破壊されています。中国政府は現在「ラルンガル」と呼ばれる東チベット最大の仏教僧院の解体を進めています。1万2000人ほどいる僧侶や尼僧を追放し、5000人ほどに減らす
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『ニューヨーク・タイムズ』によると,中国で民族政策を担当している高官が「ダライ・ラマの転生の決定権はダライ・ラマ本人ではなく中国中央政府にある」と述べたそうで。Zhu Weiqun, a Communist Party official who has long dealt with Tibetan issues, told reporters in Beijing on Wednesday that the Dalai Lama had, essentially, no say over whether he was reincarnated. That was ultimately for the Chinese government to decide, he said, according to a transcript of his comments on the website
戦前にチベット入りを果たした10人の日本人の最後の生き残りである野元甚蔵さんの報告会に行ってきました。 野元甚蔵さんは御歳92歳! 1939年、陸軍特務機関の諜報員として当時外国人の入国が厳しく制限されていたチベットへ、モンゴル人学僧になりすまし、アンチン・ホトクトの一行に紛れ込んで潜行。シガツェを中心に日本人であることがバレかけて脱出するまでの一年半、中共侵攻前のチベットに滞在したお方である。 滞在中、即位したばかりの4歳のダライ・ラマ14世が輿に担がれてノルブリンカへお入りになるところを当時のラサの町で見ていたという伝説の人物。 ご著書は持っているものの、まさかそのご本人のお話を直接伺うことができるとは思ってもいなかったので、平日だったがなんとか仕事のメドをつけ上京した。 会場に着くとさすが野元甚蔵さんが講演されるとあって、日頃チベット関係のイベントで講師をされているようなお歴々が完全
■ウーセル・ブログ:歴史を書き換える「清政府駐蔵大臣衙門旧跡」■ チベットの歴史“書き換え”を進める中国政府。ラサの歴史的建築物が再び歴史修正主義の道具として再建された。ジョカン寺北にあるトムシカン。清朝時代には「駐蔵大臣」の住居として使用されていたこともある、300年の歴史を持つ建物である。 「駐蔵大臣」は清朝の大使のような役割を担っていただけ。チベットが清朝に属していたという証拠にはなり得ないのだが、清朝によるチベット統治の史料としての役割が強調されている。この問題についてチベット人作家ツェリン・ウーセル氏が報告されている。 ■歴史を書き換える「清政府駐蔵大臣衙門旧跡」 看不見的西蔵、2013年7月24日 訳:雲南太郎 写真は「清政府駐蔵大臣衙門旧跡」に改装中のトムシカン。写真に写っている赤い横断幕のスローガンから、トムシカンを「修復」しているのは「チベット宏発建築公司」だと分かる。2
16日付の中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は、沖縄県で設立された「琉球民族独立総合研究学会」について「中国の民衆は支持すべきだ」とする社説を掲載した。 8日付の人民日報が「歴史上(帰属が)未解決の琉球問題について再び議論できる時が来た」との論文を載せて以降、環球時報は同調する主張を展開。日中対立の争点を沖縄にまで拡大し、尖閣諸島をめぐる問題で譲歩を引き出す狙いがあるとみられる。 社説は「琉球国は日本に滅ぼされた」とし「沖縄の独立には正当性がある」と主張。「(独立に向けた運動が本格化すれば)中国側は国際法が許す範囲内で後押しすべきだ」と呼び掛けた。 琉球民族独立総合研究学会は沖縄の日本からの独立を目指し研究する目的で15日に設立された。(共同)
インドの報道によれば、カシミール地方のうち中国と国境を接するラダック地方で15日、中国軍が実効支配線より約10キロインド側に侵入し、テントを設営。数百メートル離れたインド軍と対峙(たいじ)する状況になった。テレビ各局は「中国の挑発」などとやや感情的に報道している。 2013年4月15日、中国の小部隊がインドの実行支配線を越えて侵入。野営陣地を築き居座りつづけていると報じられています。日本でも20日ごろより報道されていますが、どれもこれもインドのニュースをそのまま垂れながしているもので、実際にどこで起きている事件なのかがよくわからない。 ■英国の“欲張った”国境線 インドの報道では Daulat Beg Oldi の Burthe とされています。Daulat Beg Oldi はタリム盆地とインド平原を結ぶ交易ルート上にあり、すぐ北がカラコルム峠。Wikipediaの地図は以下の通り。 し
■6歳で連れ去られたパンチェン・ラマ11世、すでに18年が経過 2013年4月25日はパンチェン・ラマ11世、ゲンドゥン・チュキ・ニマ(ジェツン・テンジン・ゲンドゥン・イェシェ・ティンレー・プンツォック・ペルサンポ)の24歳の誕生日だ。彼は1995年5月14日にダライ・ラマ法王により正式に故パンチェン・ラマ10世の生まれ変わりとして認定された3日後に、家族共に中国当局により連れ去られ、未だ確実な消息は全く得られていない。連れ去られた時、彼は6歳だった。それから18年が経っている。 チベット亡命政府や支援団体はもちろんのこと、多くの外国政府や国連が中国に対し、ニマ少年の消息を明らかにするよう重ねて要求しているが、中国はこれまで一度も証拠を示した回答を行っていない。中国高官のニマ少年に関する最後の言及は2010年3月、チベット自治区主席ペマ・ティンレーが外国レポーターの「今、ニマ少年はどこにい
陳破空氏はアメリカ滞在の、中国民主化活動家、政治論説家、作家。1963年四川省三台県生まれ。 湖南大学、上海同済大学で学ぶ。1985年に、他の大学院生と連名で中国共産党総書記の胡耀邦へ意見書を提出し、政治改革を呼びかけている。1986年には上海の学生運動の計画に関与する。1987年、広州の中山大学の経済学部助教授を務めた。1989年、北京天安門の学生運動に呼応し、広州の民主化運動組織を発足させる。 1989年、1993年と2度、4年半投獄された。1994年に、獄中より国連などの国際機関に対して、労働改造所が輸出する商品などの証拠を提供し、中国共産党が人権を無視している状況を非難している。 1996年米国に亡命し、コロンビア大学客員研究員となり、後にコロンビア大学の経済学の修士を得る。1997年からラジオフリーアジアの特約評論員に任命された。 多くの文章と、時事評論、講演、テレビやラジオのコ
世界中で今、爆発的に売れてるiphone、だがチベットではこれを持ってるだけで逮捕の原因となるという話。 Tibet Timesによれば、10月23日、チベット自治区ナクチュ地区ソク県で1人の僧侶がリンゴ印の携帯を持っていたとして連行、逮捕されたという。チベット語ではapple製品のことをཀུ་ཤུ་རྟགས་ཅན་(クシュ・タクチェン、リンゴ印)と呼ぶ。リンゴ印の携帯とはiphoneのことである。 僧侶の名はタシ・ノルブ(བཀྲ་ཤིས་ནོར་བུ་)、19歳。ソク県の隣のシン県にあるウーセル・ドゥプデ・オゲン・ダムチュ・リン(འོད་གསལ་སྒྲུབ་སྡེ་ཨོ་རྒྱན་དམ་ཆོས་གླིང་)というニンマ派の古刹僧院に所属していた。 この地方一帯(ソク県、シン県、ディル県)は08年以降、厳しい弾圧が続いていることで有名である。特に最近、共産党十八大会を控え、さらに厳しい警戒
今朝RFA放送を聞いていた。1人のチベット人が現地からRFAに電話し、ディルの状況を詳しく語っていた。それは20分ほども続いた。私はあまりに長いので、危ないんじゃないかと心配になった。RFAのアナウンサーは何度も「危険を顧みず、情報を伝えて下さったその勇気に感謝する」と言ってた。 もちろん、ほとんどの内地情報は電話で亡命側に伝えられるのだが、近親者や同郷人を通じて伝えられることがほとんどだ、RFAの電話番号は広く知られており、もちろん当局も知っている。直接RFAに電話することは、特に危険なことなのだ。だから多くの場合は短く要点を伝えるだけで切れてしまう事が多い。彼のは長かった。 彼の話をRFA英語版がまとめた記事が出ていたので、これを中心に紹介する。 http://www.rfa.org/english/news/tibet/detained-08222012154059.html ディル
今、私の手元に1通の親書の写しがある。あて先は、Prime Minister of Japan, Mr. Yoshihiko Noda(日本国 総理大臣 野田佳彦 様)。差出人は、チベット亡命政権の日本代表を務める、ダライ・ラマ法王 日本・東アジア代表のラクパ・ツォコ氏だ。「総理閣下へ チベットの悲劇的な状況について、火急なご関心をお寄せいただきたく、本状を差し上げます」との一文で始まっている。 沈黙する日本政府、国会、有力政治家ら 便箋2枚にびっしりとしたためられた中には、チベットの現状が切々と綴られ、こう締めくくられていた。 「チベットの状況は緊急かつ劇的なものとなっております。国際社会の皆様が、一刻も早く、強いメッセージをもって答えてくださることを切望しているのです。そのメッセージは、深い絶望の淵にある本土のチベット人らに、希望と啓示、生きる勇気を与えることとなるでしょう。閣下におか
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