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2008年6月29日のブックマーク (3件)

  • ロスジェネシンポジウムレポート - the deconstruKction of right

    というわけでフリーター論壇vs東浩紀という、僕が行かないで誰が行くんだというシンポジウムを、ハートの講演会やパーティなどを蹴って、行ってまいりました。会場で昼間さんと文尾さんと出会っていろいろ話をしました。まぁそれはともかくレポートです。今回はかなり省略して書いています。相も変わらず人の発言と違う場合がありますので、ご注意ください。 第一部 浅尾、雨宮、増山 雨宮:(加藤について)自殺願望とセットになった殺人願望を書いたメールはずいぶん届いてる。 増山:性欲が殺気立っている気がする。性風俗の充実に国が保護を出して3000円で女を抱けるようにするべきでは。 雨宮:構造が見えないと苦しい。敵が見えないと。 増山:怒ることにした。文句言うことにした。もっと怒っていい。 浅尾:勝谷は(若者は)蟹工船で働けといった。 雨宮:精神論でぶったぎるのは恥ずかしくないのか。 増山:勝谷さんや宮家さんは

    ロスジェネシンポジウムレポート - the deconstruKction of right
  • 続・ゆるい宗教国家 - 仮想算術の世界

    藤田直哉氏がブログで、前回のエントリ「ゆるい宗教国家」を引いてくれてます。ただ、藤田氏と僕とでは「宗教」についてだいぶ考え方が違うので、これは確認しておいたほうがいいと思いました。結論から言えば、彼が言うのが「物語としての宗教」であるのに対して、僕が言うのは「神話=メタ物語としての宗教」であり、後者の力学を踏まえておかないと、前者の議論そのものがいちばん素朴な宗教に陥りかねないということです。なお、以下の記述は前回のエントリの延長なので、説明が多少不親切なところもあるかもしれませんが悪しからず。 僕が前回書いたのは、スピリチュアルのように宗教なのか宗教でないのかもはや判然としないものが(たとえば、島薗進氏はスピリチュアルを「新霊性文化」と呼んでいます。つまり、島薗氏にとっては宗教というより文化なわけです)、これからの先進各国ではますます強くなるだろうということです。それが「ゆるい」という

  • 【報告】マイケル・ハート講演会「記憶と残像のない新自由主義空間」 | Blog | University of Tokyo Center for Philosophy

    『帝国』の著者アントニオ・ネグリは来日できなかった。 共著者であるマイケル・ハートは来日を果たした、だがしかし、かろうじて。 6月27日、東京外国語大学でマイケル・ハートの講演会「記憶と残像のない新自由主義空間で考える:革命と民主主義」が開催され、約200名ほどの聴衆とともに盛会裏に終わった(司会・岩崎稔、応答・水島一憲、通訳・橋哲也。主催・WINC〔Workshop in Critical Theory〕)。 冒頭、司会の岩崎氏から、ハート来日をめぐる理不尽な事態に関して説明がなされた。ハート氏と夫人は成田空港からすんなり出ることができず、入国管理局で待機させられ、取り調べを受けた。事態を知った大学関係者たちが入管にすぐに駆け付け、証明書類を提出してハート氏が解放されたのは五時間後のことだったという。なるほど、G8サミット直前に批判的知識人の来日が敬遠されているということなのだろう。だ

    【報告】マイケル・ハート講演会「記憶と残像のない新自由主義空間」 | Blog | University of Tokyo Center for Philosophy