Location via proxy:   [ UP ]  
[Report a bug]   [Manage cookies]                

クリエイティブビジネス論!~焼け跡に光を灯そう~

元コピーライター・境 治が、焼け跡になりつつあるこの国のクリエイティブ業界で、新たな理念を模索するブログなのだ!

電子雑誌はPDFじゃダメなんだよ!~iPadから見えるコンテンツの未来・その2~

2010-06-01 08:00:00 | iPadから見えるコンテンツの未来
さて今日は、昨日イントロダクション的に書いたことの中身にいよいよ踏み込んでいくよ。けっこう重要な話だからよく聞いてね、いや読んでね。

とにかくiPadを買って、調子に乗って1万円分ぐらいアプリをダウンロードしてどんどん見てみた。いろんなもん使ってみたので追い追い書くとして、電子書籍についてまずは書いていく。

さてひと口に電子書籍と言ってもいろんなタイプがある。テキスト中心の電子書籍、マンガを電子化した電子コミック、電子新聞、電子雑誌、そして電子絵本。この5つの分類は、まつもとあつし(@a_matsumoto)さんという方がASCII.jpで連載されている中の"電子書籍三原則とフォーマットを整理する"の回で提示されたものから引用している。この連載では"個人電子出版の可能性”の回で、ぼくもフォローしているマンガ家、藤井あや(@ayafujii)さんへのインタビューもあって面白いよ。

この分類のそれぞれについていろいろ書きたくもあるのだけど、今日とりあげたいのは電子新聞と電子雑誌だ。

すでに海外版の新聞雑誌はiPadアプリとしていろんなものが出ている。無料のものもあるけど有料でも売っているし、ある程度以上の記事は有料、というものもある。

ぼくがダウンロードしたものは、"Financial Times"と"Wall Street Journal"に、"USA TODAY"それに"POPULAR SCIENCE"、"Newsweek"と"TIME"、そして極め付けは"WIRED"だ。あれ、ずいぶんたくさん落としたもんだね。

そしてこれらを読むのはなんとも楽しい体験だった。ああ!これがiPadコンテンツなんだな!そんな実感を得られた。それはいままでの紙のものとはまったく違うメディア体験だったよ。20世紀は終わったんだ、21世紀のメディアってこういうことなんだ、という感覚!

例えばWall Street Journal (WSJ)はアプリを開くと一瞬、ただの新聞だ。iPadの美しいモニターに整然とレイアウトされた、いわゆる新聞だ。トップページの真ん中に写真が配置されている。ところが、その写真をタップするとなんと!ニュース動画がはじまるのだ!

そんなこと、いままでのWEBでもできたことじゃない?そうだよね。そうなんだけど、iPadの中で整然と、新聞然としたレイアウト上で写真が動き出すと、なんとも不思議な感覚になる。SF映画の中の未来の新聞みたいなんだ。みたいと言うか、これは未来の新聞なんだよ!

ポイントは、きちんとしたレイアウトにある。アートディレクションがそこにはあるんだ。紙の新聞の、長い歴史の中で完成度を高めてきたレイアウトの中で、写真が動く、そこに新鮮さがあるんだ。

あるいはTIMESを見てみると。表紙はあの有名な、赤いフレーミングの中に写真が配置された紙のTIMESとまったく同じだ。ページをめくる(つまり画面をスワイプする)と記事が出てくる。タテで見ていたそのページをなんとなくヨコにしてみると、ひょいっとレイアウトが変わる。ヨコ位置のレイアウトになる。あれ?でもタテの時と写真やテキストの要素はほぼ同じ。なのに、ヨコになったらヨコ位置にふさわしいレイアウトになっている。

ここでようやく上の"図1"を見てください。丸と三角が誌面の中の写真やテキスト。わかりやすく説明すると、タテの時は丸が上で三角が下だった。それがヨコになると丸が右で三角が左にうまくレイアウトされている。2つのレイアウトを用意してあって、iPadのタテヨコが変わるとレイアウトを入れ替えている。タネを明かせばそうなのだけど、なんだかこれも、手品でも見せられたような不思議な感覚になるんだわ。

記事をスワイプすると、次の記事に行く。これがまた面白くって、記事が長くてタテにつながって読んでいく、終わったのでスワイプすると、次の記事へ。これが、前の記事のどこからスワイプしても、ちゃんと次の記事の最初に行くわけ。これを説明したのが"図2"だね。わかる?全部のページがこんな感じで進んでいく。

TIMESはテキストがかなり多い雑誌で、各パートの最初に写真が使われ、あとはほとんどテキスト。そのテキストの文字はピンチインアウトで大きさを調節できる。ぼくはかなり老眼が来ているので、大きめの文字で読みやすくした。これね、注意してほしいのは、文字のフォントの大きさだけが変化するの。画面を大きくするんじゃなく、文字だけ。文字を大きくすると、その分、文章が下にずれていく。これも未来感たっぷりだよ。

さて極め付けのWIREDなのだけど、これはホントに面白かった。遊びがふんだんで、インタラクティブな雑誌になっている。途中途中で、動画や音声が仕込まれていたり、コマ割り写真を動かせたり、番号を押していくとテキストが入れ替わったり、ああもう、こうやって文章で説明していてももどかしいなあ、ホントにみんな手にとってほしいよ。ぼくはあんまり英語をすらすら読めるわけじゃないのに、小一時間ずーっと遊んでた。(それでもやっと半分くらいだった)

こうして各新聞、雑誌をiPadで見ていくと、重要なのはiPadらしいコンテンツの見せ方なのだとわかってくる。たぶんなのだけど、HTML5(※)でCMS(コンテンツマネジメントシステム)を最初にそれぞれのメディアなりに開発したのだと思う。そして、紙の編集と並行してデジタルに仕上げていくのだろう。写真やテキスト、映像などの各記事の構成要素をCMSに放り込んでいくのだと思う。
(※HTML5と書いたけど、下のtabataさんのコメントにある記事を読むと、XMLであるとわかった。訂正しておきます)

そこには、各メディアのアートディレクションがある。まちがいなく、アートディレクターがデジタルの編集のコンセプトを打ちだし、それに添って仕上げていくのだ。最初のCMSの開発、そしてデジタルな編集作業、なんてクリエイティブなのだろう!きっといままで紙の編集ばかりやってきたアートディレクターや編集者、ライターたちに、デジタルなクリエイターやプログラマーも加わって、ああでもないこうでもないと完成させたのだろう。きっと戸惑ったりしながらも、新しいメディアを生み出す作業を楽しんだことだろう。各メディアが、もう一度生まれ変わる、創造的な作業だったにちがいない!

今日の記事はここまでですごく長くなっちゃってるんだけど、どうしても書いておきたいことがあるので、最後まで読んでね。

ぼくが言いたいのは、ここまで説明したような海外の電子新聞、電子雑誌に比べると、日本の新聞雑誌がホントにつまらなかったことなんだ。仲間内の悪口みたいで書きたくないけど、でも仲間内だからこそ言っておきたい。

iPadでの日本の新聞雑誌は、ほとんどPDFだったんだ。そしてそれは、iPadコンテンツとは言えないんだよ!

例えば雑誌。紙の雑誌をPDFにして見せている。一度紙の状態で完成したものを、iPadアプリ化しているだけなんだ。そうするとね。

雑誌はだいたいA4程度の大きさ。一方iPadはB5程度。画面の大きさはさらに小さくA5ぐらいになっちゃう。だから、A4の大きさでつくったものを、半分の大きさで見せることになる。A4サイズで最適にレイアウトされたものを半分で見せる。いったいそれでいいわけ?

さらに、iPadをヨコ位置にした時は、雑誌を見開き状態にする。PDFだとそうするしかない。そしたらね、見開きA3サイズをA5の大きさで読ませることになる。当然、見出し部分はまだしも、文章部分は老眼じゃなくても読みづらい。

TIMEにしろWIREDにしろ、"図1"のようにタテとヨコでレイアウトを変えていたわけ。どっちでも読みやすい。それが日本の雑誌は紙のものを無理矢理、半分の半分ぐらいの大きさで読ませる。もちろんiPadだからピンチアウトで読みやすい大きさにできるよ。でもあくまで部分的な拡大。最適なレイアウトとは言えない。

ぼくは紙の雑誌の作り手の人たちに言いたい。みなさん、そういうことでいいの?それがあなた方の電子化なのですか?そんなことで済まそうとするのなら、頑固一徹の職人として、電子化を断固拒否する方がずっといい。なんかiPadがブームらしいし紙メディアの先は危ういし、っていうんで、そうなの?PDFにすればいいの?おれは反対しないよ、ってお気楽に新設の電子部門に入稿データをハイって渡しちゃったんじゃないの?そういうことで本当にいいんですか?

いささかクリエイター魂で感情的になっている面はいなめないけど、でもビジネス的にもPDF=電子化ってのはまずいと思うよ。TIMEやWIREDは600円するんだ。そしてぼくは、600円出した甲斐を大いに感じた。iPadで楽しむのにふさわしいコンテンツだと思えたから。でも紙のものをPDFにしたコンテンツに600円払う?10羽ひとからげで350円で売られるのが関の山でしょうね。先行してiPadで売られるコンテンツが、それなりの電子化しかできてないもんで安売りされちゃう。それはiPadという、いや今後のタブレット型端末というコンテンツの大きな成長市場になるかもしれない売場で、コンテンツの価格が下がっていっちゃうことにつながりかねないんだ。

出版業界は電子化に対してあれだけ消極的なムードだったのに、ここへ来てどうして安っぽい方向へ向かっちゃうかなあ。電子化が書籍の価格を下げかねないと言うなら、高い価格を胸張ってつけられるクオリティで出すべきじゃないのかなあ?

ああ!もどかしい!

これ読んでる誰か、出版関係のどなたかがもしいて、ちょっと気になるかなあと思ったら、コンタクトしてくれたら一週間で企画書作ってプレゼンしてもいいよ。なんなら無償奉仕でコンサルしてあげてもいい。ぼくは決してデジタルに強いわけでもないけど、どう考えてどうすべきかは言えるし、周りにはデジタルわかるヤツいる。なんだったら左にある"メッセージ"ってとこからコンタクトしてください。いや、いまから企画書作って出版社に持っていこうかな?

それぐらい危機感持ったんすよ。このiPadのいい波に日本のコンテンツ業界が悪い乗り方をしたら、この先ずっとに影響するかもしれないんすよ。

というわけで、iPadについてはどんどん書いていくからねー。とにかくまずは手にしてみようぜ、iPad!

追記(2012年1月27日)
このブログはいまは別のドメインで続けています。よかったらそっちも見に来てくださいね。ここをクリックすれば、新しいブログに飛びます!

最新の画像もっと見る

29 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Form Facta (Atarashii_koto)
2010-06-01 12:22:07
この問題、佐々木俊尚さんの言われるところの「Form Facta」ですかね?

デバイス(紙も電子も含む)の形態によって読み方や、それに対するコンテンツの提供の仕方も変わってくる、という問題を度外視してコンテンツを提供してますね。

まあ、一足とびにそこまでいけず、今はこれがせいいっぱいなのかもしれませんが(今でのトラブル続出)、今後は新しいデバイスに合ったFormで提供して欲しいですね。
返信する
Unknown (co)
2010-06-01 13:06:54
はじめまして。
熱い記事ですね!

ワタシは先日まで紙媒体(雑誌)におりました。
紙はつい5年前まで「版下」「ネガポジ」がメインという最も慣習の旧い業界。(笑)
もともとWEBに驚異を感じ各社テキトーなサイトを作り、通販がイケルとなれば通販をくっつけて、、という対処療法の過去がある。
デジタル入稿が本格化している今、「PDFにする」行為は「簡単」ですから、時代遅れが生理的に嫌な業界ですから、たぶん「これでとりあえずいいじゃん」となったのでしょうか。
同じ業界に居た者として本当にガッカリです。。。

長くなりますが2点あります。「コスト」「遺伝子」。

主に女性誌でガッツリ売れているものもまだまだあるから、デジタル化など社の方針に関わる問題への取り組みが遅れた部分もあるのでしょう。「売れてる」ってのは判断を鈍らせるものです。
もともとコストの高い雑誌は2、3万部では駄目です。売れてる一部の女性誌はこんなご時世でも10万部以上出ます。iPadは200万台出荷のうち、10万台分の所持者が全員電子書籍を使う訳ではない。となると「部数の出ている」雑誌をわざわざデジ化する意味は見いだし難い。ただし世の中の時流に乗り遅れる訳にいかないから、とりあえずPDFをメインに何かやっちゃおう的な。(情けないですが)。

そして、版下・文字組みの文化に染まりきっていた遺伝子を持つ者は雑誌サイズ以外は組む事ができないのです。
同情して言うとたぶん明治の世、終戦後、など180度カルチャーが変わる頃と同じ感覚。英語って何?横書きってどっちから読む?みたいな。デジタルな外部の制作会社を入れないとまず無理ですし、指示するデザイナーや編集者に果たしてその新文化クリエィテビティが備わってるかどうかも疑問。
というか現場は日々内容の充実に追われているから、そういう判断は上層部の責任が大きいですけど。

業界の上層部はだいたいが年寄りですから、ワタシもその周りの者も声をあげても届かずがっかりな状態を感じていました。多少積極的なコンデナストでもPDFを核としてインタラクティブっぽい仕上げ。WIREDには遠く及ばない現実。

部数は出ていないが積極的な出版社、大手系でも個別の雑誌が自由に動ける一部の雑誌、こういうところから「イイ感じ」の電子書籍が登場していくでしょう。

現状はガッカリだけど期待はしています。

co

またブログ読ませていただきます!
返信する
こないだはどうも (sakaiosamu)
2010-06-01 18:04:46
@Atarashii_kotoさん、こないだはどうもでした。

そうですね、形態や大きさが変わったらそれに合わせたチューニングが必要なはずで。

それ抜きで読み人の支持が得られるのかなあと思う次第です。
返信する
ちょっと興奮しすぎました (sakaiosamu)
2010-06-01 18:08:11
coさん、コメントありがとうございます。

すいません、ちょっと熱くなりすぎでしたね。

ぼくもいい年なので、いろんな事情とか気質とか、わかっているはずなのですが。

ただ、何かを作って世に送り出す者として、出版社の方々はあれでいいと思ってるのかなあと。感じた次第です。

PDFで済まさない方がいいのはもう一点あるのですが、それはまた次回書きます。
返信する
先日はどうもありがとうございました。 (ひま人)
2010-06-02 12:30:38
先日は同窓会にてご挨拶できまして嬉しかったです。
お疲れ様でした。
また今後とも宜しくお願い致します。


>ポイントは、きちんとしたレイアウトにある。アートディレクションがそこにはあるんだ。紙の新聞の、長い歴史の中で完成度を高めてきたレイアウトの中で、写真が動く、そこに新鮮さがあるんだ。

これは凄いですね。

私はもともと紙媒体の記事をPDF化したコンテンツに過ぎないんじゃないかと疑念すら抱いていましたが、
時代の風雪に耐え完成されたレイアウトの中で、紙では提供できない情報量が得られるのは恐ろしく凄いことだと思います。

教育目的にも使えそうですね。
当然ながらコンテンツの出来如何だと思いますが、無味乾燥な教科書が知的好奇心を刺戟するきっかけになるのではないかと思います。

「辺境」の地で勉学に励む学生が使うにはうってつけな素材なのではないでしょうか(笑)
返信する
Unknown (tabata)
2010-06-02 15:17:32
【コラム】シリコンバレー101 (368) HTML5で作れ! iPad版「WIRED」はなぜ1冊500MB超なのか?
http://journal.mycom.co.jp/column/svalley/368/index.html

ちょうどこんな記事がありました。ご参考まで。
返信する
どもども (sakaiosamu)
2010-06-02 15:42:54
ひま人さん、こないだはどうも。

コメントありがとう。

教育用に、というのは孫さんもいろんなところでおっしゃってますよね。でもこの国の場合、時間かかるんだろうなあ。
あ、でも導入する大学があるんだっけ。
返信する
これは勉強になる! (sakai)
2010-06-02 15:44:27
tabataさん、どうもです。

上記記事、勉強になりました。
WIREDを手放しにほめていてもいけないんだなと。

HTML5について勉強せねば。って自分でできるようになるとは思えないけど。
返信する
Unknown (通りすがり)
2010-06-03 12:32:34
はてぶからきました。生々しい指摘、とても参考になります。ただ、この部分だけが気になります。

これ読んでる誰か、出版関係のどなたかがもしいて、ちょっと気になるかなあと思ったら、コンタクトしてくれたら一週間で企画書作ってプレゼンしてもいいよ。なんなら無償奉仕でコンサルしてあげてもいい。ぼくは決してデジタルに強いわけでもないけど、どう考えてどうすべきかは言えるし、周りにはデジタルわかるヤツいる。なんだったら左にある"メッセージ"ってとこからコンタクトしてください。いや、いまから企画書作って出版社に持っていこうかな?

恐らく出版社内にも、同様の問題意識をもった人もいます。でも、出版社の抱えている問題は、たとえば出版社が境さんの提案に同意しても、それを社内でスピーディーに実現することができない、という構造的な問題だという気がしています。恐らくは「やらなきゃいけないことなんとなくわかっている。PDFでいいとも思ってない。でもそのやらなきゃいけないことをやるために、各部署や経営サイドにどう話を通して、すばやく実現にこぎつけるか」が切実な問題ではないかと。いかがでしょうか。

返信する
おっしゃる通りです (sakaiosamu)
2010-06-03 13:01:24
通りすがりさん、コメントどうもです。

昨日、ある方からコンタクトいただいて、もうぼくが指摘したようなことをもっと前から真剣に考えておられる方々が出版界には大勢おられるのだと実感しました。その方とはとりあえず、そのことで共感できた感があります。

何をやらねばならないかを企画書化したとしても、理屈じゃ済まない部分がいっぱいあるのだろうなと。それは技術的な点、物理的な点、そして組織の構造の点などなど。そういったことを乗り越えないと実現できないこと、ですよねきっと。だから、部外者が生半可な気分で"手伝ってやるぜ”てなことでは無理でしょうね。

でも、だからこそ、何か手伝えることあったら手伝いたい、とも思います。ここでちゃんと取組まないと、大袈裟に言えば日本のコンテンツ産業が情けないことになりかねない。クオリティを見失いかねない。出版の世界の影響は、映像にも出てくるだろうし。

だからぼくも、"各部署や経営サイドにどう話すか"というお手伝いだってやってもいいぜ、という気持ちもあります。広告制作でけっこう、そういう"社内をどう説得するか"についても関わったりしてきてるので。

てなとこで、とにかく、良いご指摘をありがとうございました。
返信する