突っ込みどころが多すぎて批判が終わんねえ・・・
>P96自然の中でともに懸命に生きている生物を、生物多様性をまもれというあやしげな理念のために、お前は生きていてよいが、お前は死ねという。
ここで池田氏は生物多様性をまもるということがあやしいといっています。彼の矛盾を見つけるのに重要なので覚えておいてください。
同じくP96でアライグマについて言及してますが、基本的に駆除した外来生物の扱いはこのようになっていますので池田氏のいっていることはいもしない仮想敵を相手にした戯言、わら人形の類です。
>P98文化や伝統は時代とともに変わるのだ。生物相も同じだ。
さて、これは何を言いたいのやら。意図が図りかねますね。確かに生物相も時代とともに変化しますけど、だからといって人間が次々に新たな生物を持ち込み、もといた生物を排除してもかまわないんでしょうか?
>P100「特定外来生物法」の基になる理屈は、「ダイオキシン法」と同じくらい論理的に底の抜けたものだと思う。
ふ~ん。で、その根拠が
>P100~101ある地域に今まで存在しなかった種が、どこからか侵入してくれば、その時点においてその種を外来種と呼ぶのは、極めてまっとうかつ素直な外来種の定義であろう。在来の生態系や種にとって、自然に侵入しようが人為的に侵入しようが、同じ時期に同じ種が侵入したのであれば、同等の攪乱要因となるのは明白だからだ。
なるほど・・・ってなるわけないでしょ。この理論が成り立つのは上の条件に加えて最低でも侵入した個体数が同程度でなければ成り立ちません。たとえば、人為的に100個体入った場合と自然に1個体入った場合とじゃたとえ同時期でも影響は違いますよ。必要とする資源の量が違いますから。
さらに言えば池田氏が想定するようなケースは今現在問題となっている外来種のほとんどに当てはまらないでしょう。たとえば、ブラックバスにしてもノヤギにしてもそれらが同時期に人為的要因の他に自力で入ってきたという証拠はありません。
池田氏は極少数の事例に当てはまるかもしれないことを無理やり一般化させているにすぎません。これは悪しき相対論者と呼ばれる人が使う手です。
ここも参考になるのでどうぞ。
>P96自然の中でともに懸命に生きている生物を、生物多様性をまもれというあやしげな理念のために、お前は生きていてよいが、お前は死ねという。
ここで池田氏は生物多様性をまもるということがあやしいといっています。彼の矛盾を見つけるのに重要なので覚えておいてください。
同じくP96でアライグマについて言及してますが、基本的に駆除した外来生物の扱いはこのようになっていますので池田氏のいっていることはいもしない仮想敵を相手にした戯言、わら人形の類です。
>P98文化や伝統は時代とともに変わるのだ。生物相も同じだ。
さて、これは何を言いたいのやら。意図が図りかねますね。確かに生物相も時代とともに変化しますけど、だからといって人間が次々に新たな生物を持ち込み、もといた生物を排除してもかまわないんでしょうか?
>P100「特定外来生物法」の基になる理屈は、「ダイオキシン法」と同じくらい論理的に底の抜けたものだと思う。
ふ~ん。で、その根拠が
>P100~101ある地域に今まで存在しなかった種が、どこからか侵入してくれば、その時点においてその種を外来種と呼ぶのは、極めてまっとうかつ素直な外来種の定義であろう。在来の生態系や種にとって、自然に侵入しようが人為的に侵入しようが、同じ時期に同じ種が侵入したのであれば、同等の攪乱要因となるのは明白だからだ。
なるほど・・・ってなるわけないでしょ。この理論が成り立つのは上の条件に加えて最低でも侵入した個体数が同程度でなければ成り立ちません。たとえば、人為的に100個体入った場合と自然に1個体入った場合とじゃたとえ同時期でも影響は違いますよ。必要とする資源の量が違いますから。
さらに言えば池田氏が想定するようなケースは今現在問題となっている外来種のほとんどに当てはまらないでしょう。たとえば、ブラックバスにしてもノヤギにしてもそれらが同時期に人為的要因の他に自力で入ってきたという証拠はありません。
池田氏は極少数の事例に当てはまるかもしれないことを無理やり一般化させているにすぎません。これは悪しき相対論者と呼ばれる人が使う手です。
ここも参考になるのでどうぞ。