Location via proxy:   [ UP ]  
[Report a bug]   [Manage cookies]                
  1. HOME
  2. コラム
  3. 季節の地図
  4. どこにいくの 柴崎友香

どこにいくの 柴崎友香

 一日中家にいて、冬はエアコンの暖房と加湿器をつけている。

 朝起きて加湿器のタンクに水を入れる。水がいっぱいになるのを待っている間、こんだけの水がどこにいくんやろ、と毎回不思議に思う。

 何時間かすると水がなくなったことを知らせる音が鳴り、再び水をいっぱいに入れる。一日に5リットルほどの水が空中に広がっていくわけだが、ほんまに?と思ってしまう。水をコップ1杯でも床にこぼしたら、大慌てで拭いて大変なのに、15時間くらいかかってとはいえ、5リットルも、そんなに広くないこの部屋の空間のどこにいくのか。

 テーブルに温湿度計を置いていて、温度も湿度も上がりすぎないように気をつけている。加湿器を止めて時間が経つと乾燥してきて、液晶画面に「インフルエンザ」の警告が表示される。目には見えないし自分の体感ではわからなくても、加湿器をつければ湿度が上がり、止めれば下がるので、タンクの水は確かに空気中に拡散しているのだろう。

 昔は外がもっと寒かったし、窓がすぐ結露した。冷たい窓ガラスに流れる水滴を見ると、ストーブに置かれたやかんの蒸気の行く先はなんとなく実感できた。去年引っ越した今の家は、二重窓になっていてガラスは全然曇らない。外が真冬というほどの寒さでないのもあるだろう。それでも、加湿器をつけていないと乾燥するし、つけると大量の水がいつのまにか空気に溶けていく。理科で飽和水蒸気量は習ったし、季節で湿度が変化することも暖房をつけていると乾燥することも加湿器の仕組みも頭ではわかっているけれども、目に見えるたっぷりの水(しかも重い!)が、透明で触った感じもしない空気のどこに漂っているのか。

 生活の中にはほかにも、知識は多少あるけど実際にはよくわからないことも、どういう仕組みかよく知らないけど使っているものもたくさんあって、それなのにたいていのことはわかったつもりでいる。=朝日新聞2025年2月5日掲載