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「普通」を問い直す「ミーツ・ザ・ワールド」 吉田大助が薦める文庫この新刊!

  1. 『ミーツ・ザ・ワールド』 金原ひとみ著 集英社文庫 814円
  2. 『街に躍(は)ねる』 川上佐都著 ポプラ文庫 792円
  3. 『鯉姫婚姻譚(こいひめこんいんたん)』 藍銅(らんどう)ツバメ著 新潮文庫 693円

 (1)は新宿歌舞伎町の路上で、二次元キャラ好きで恋愛経験ゼロの銀行員・由嘉里が、希死念慮のある売れっ子キャバ嬢・ライに拾われ同居生活を始める物語。ライや彼女の仲間たちと語らい「癖つよ」な価値観に触れることで、由嘉里は自分が大事にしたいものは何かを探り始める。やがて彼女が手に入れる「祈り」のロジックは、誰かと共に生きていくことを諦めない、全ての人々を祝福する。

 (2)は主に小学五年生の弟・晶(あき)の視点から、不登校中の高校二年生の兄・達(とおる)との関係を描き出す。大好きな兄は晶以外とのコミュニケーションが苦手だ。それは「ふつう」ではないと同級生に指摘されて、兄に対する気持ちが揺らいでしまうシーンは切なくてたまらない。その後も試練は相次ぐものの、家族みんなで兄を守り、兄もまた家族を守ろうとする。愛は、「ふつう」なんかに負けないのだ。

 (3)は、若くして隠居し古屋敷に移り住んだ孫一郎が、庭の池にいた人魚に求婚される。結婚を諦めさせるために、人と人ならざる者が恋に落ち、やがて「悲しい終わり」を迎えるおとぎ話の数々を語り聞かせるのだが……相手は人魚、人外だ。人間界の常識は通用しない。どれもこれも「幸せな結末」じゃないかと言い返されるうちに、孫一郎の考え方も少しずつ変化するプロセスが面白く、恐ろしい。

 普通じゃなくたっていい。普通という言葉は、個性を塗り潰すためではなく、自分(達〈たち〉)の特別さに気付き、受け入れるための言葉でもあるのだ。=朝日新聞2025年2月8日掲載