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ぶんぶんの進路歳時記

学習方法、進路選択、世界史の話題について綴ります

吟遊詩人の世界@国立民族学博物館2024

はじめに

 大阪府吹田市万博公園内にある国立民族学博物館みんぱく)で開催中の創立50周年記念「吟遊詩人の世界」を鑑賞してきました。

 写真OKとのことなので(動画の撮影はNGなので似た映像をyoutubeから拾いました)、展示物の紹介を交えながら世界の口承音楽について考えます。

 記事は会場でいただいたパンフレットと会場の展示説明文を参考にしています。

公式

www.minpaku.ac.jp

入り口

目次

1 吟遊詩人とは?

 吟遊詩人とは各地を広範に移動して詩歌を歌い語る人のことで、古くから世界各地に存在しています。歌い語る内容は様々で、王侯貴族の系譜を語ったり戦場で兵士を鼓舞するものもあれば、ニュースや娯楽(門付け:人家の門口で芸能を見せ、金品をもらい受ける)を提供したり、時には権力者を揶揄することもあります。

 世界史の教科書ではトゥルバドゥール(オック語圏)やミンネジンガー(ドイツ語圏)などヨーロッパの吟遊詩人のみが紹介されていますが、今回の展示はアジアとアフリカに関してです。

2 アフリカ

 エチオピア高原には娯楽の場において弦楽器マシンコを奏でながら歌う「アズマリ」、家々の軒先で門付けを行う「ラリベラ」という集団が存在します。

 アズマリは結婚式や洗礼式の宴(エチオピア正教会)、新年や子どもの結婚式に呼ばれて芸を披露します。穀物の収穫時や憑依儀礼(祖霊や精霊に憑依された霊媒師が病気の治療、紛争の調停や氏族長の任命などをおこなう)の音楽も担当します。

youtubeより


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 エチオピア正教会の儀式に使われる大型の琴(ヴェゲナ)。

 13世紀に西アフリカに成立したマリ王国はサハラ交易で栄えました。14世紀の旅行家イブン=バットゥータの『旅行記』には、その王マンサ=ムーサがメッカに巡礼に行く途中、カイロで喜捨をし過ぎてカイロ市内の金の価格が暴落したと伝えます。

 このマリ王国の建国叙事詩「スンジャタ」を語り継ぐのが「グリオ」で、その末裔であるマンデ人にとってグリオが歌い語る始祖の活躍は自らのアイデンティティの拠り所になっています。

youtubeより


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2 南アジア

 インド北西部に広がるタール沙漠には移動民・定住民の枠を超えて多様な芸能集団たちがパトロンたちとの世襲関係を駆使しながらネットワークを構築してきました。

 そのひとつがカト・プトリ(人形使い)。操り人形が展示されていました。

youtubeより


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 インド、西ベンガル地方のノヤ村には絵語りを生業とする「ポトゥア」が250人ほど暮らしています。彼らはムスリムですが、ヒンドゥー名と絵師(チットロコル)を名乗り、描いたポト絵(ロール式の紙芝居)を展開しながら物語を歌で紡ぎます。

 ヒンドゥーの神話や叙事詩はもちろんですが、会場の映像では新型コロナウィルス感染症に対する「啓発ポト絵」が披露されていました。

東野健一さんによる実演。


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4 中央ユーラシア

 ネパールではガンダルバと呼ばれる楽師が村々を訪ね歩いてサーランギの弾き語りをすることを生業としていました。彼らは為政者の偉業、事件の叙事伝、ヒンドゥーの神話、祝福や吉祥歌、哲学的な歌、民族歌謡を歌っていましたが、1970年以降は外国人ツーリストに歌を聞かせてサーランギを売る形に徐々に変わってきました。

 弦は最初ヤギの腸でしたが、次第にナイロンや鉄が用いられるようになりました。

 この結果サーランギの音色は国民文化となり、ガンダルバは外国人との接点により世界を旅する楽師となりました。

youtubeより


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 モンゴル高原遊牧民たちの間では口承文芸が高度な発達を遂げていました。シャーマンや吟遊詩人のトーリテは長い物語を暗記するために「韻読み」という技術を用いました。

*ぶんぶんも年号の語呂は暗記しやすいようにリズムや韻を重視しています(前594年ソロンの改革。「奴隷の酷使はそろそろやめて!」)。

 モンゴルではこの口承文芸はヒップホップやラップに継承されています。

 モンゴル人民共和国は東欧革命を背景に1990年に複数政党制を容認、1992年にモンゴル国と名称を変更して社会主義を完全に放棄しました。しかし急速な市場経済化と社会主義時代から続く官僚の汚職体質の影響で貧富の差が拡大しています。そうした市民の政治への不満がラップのリズムで歌われています。

youtubeより


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5 日本

 日本にはかつて「瞽女」(ごぜ)と呼ばれる盲目の旅芸人集団が存在していました。瞽女室町時代の史料に登場し、江戸時代には各地に分布していました。彼女たちは農村に娯楽を提供するだけでなく、治療師やカウンセラーの役割も担ったそうです。

 しかし明治以降には瞽女の数が減少し、その活動は新潟県下が中心となります。長岡や高田が拠点で、時には関東や東北にも旅に出たそうです。2005年に「最後の瞽女」と称された小林ハルさんがなくなり、瞽女は姿を消しました。

参考

goze-museum.com

ミュージアムの様子


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 瞽女の身の回り品。旅の途中で民家に泊めてもらうため、身なりには人一倍気をつかったそうです。

中日ニュース。門付けをして茶碗一杯のコメをもらい旅を続けます。


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おわりに

 歴史学は基本文献資料(史料)を基に実証的研究を行います。しかし文字や史料は往々にして定住民の史料、さらに言うと支配者側の史料であることが多いです。

 しかし古来から移動をしながら生活をする遊牧民や狩猟民、今回紹介した漂泊しながら生計を立てる芸能の人々が存在していました。彼らは自ら文字で記録を残すことが少ない、エンゲルスのいう「歴史なき民」のように見えますが、彼らの中には口承で自らの歴史を紡いでいる人たちもいます。彼らの存在抜きで語られる歴史は一面的になる恐れがあります。

*共通テストの世界史Bは「史料読解を入れる」という目標からヨーロッパ史と中国史に偏る傾向がありました。

 今回鑑賞した口承音楽は集団のアイデンティティであるだけでなく、異なる文化と触れ合って新しい文化を生み出すなど、伝統でありながら柔軟な文化だと感じました。

 まあ小難しいことを考えなくても世界の口承音楽が堪能できる展示です。現代音楽とのつながりに関する展示もあります(写真不可)。会期は12月10日(火)までです。

 締めの言葉はやっぱりこれ。

岡本太郎