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バンクーバーの空港に降り立った国母和宏(21歳、東海大)選手の服装は、あれはたしかに問題だった。
いや、問題だったのは「服装」ではない。「着こなし」だ。
服装自体について言うなら、彼はJOC支給のスーツを着ていた。その意味では、規則違反を犯していたわけではない。
が、結果は単純な規則違反よりもシリアスなものになった。マズかったのは、そのJOC謹製の背広上下を、「裾出し」、「ゆるネクタイ」、「腰パン」のカタチで着崩していたことだ。
「服装」よりも、「着こなし」が逸脱していたということは、「ファッション感覚」よりも「スタイル」が道を外れていたということで、このことはすなわち「ファッション」という外見的ないしは趣味的な要素よりも、より深く人格の根本に直結する「生き方のスタイル」が、規則破りであったことを意味している。
と、これは、由々しき事態になる。
公式スーツが象徴する「スタイル」をコケにしたわけだから。
というわけで、その国母選手の「腰パングラサンずるずる歩き映像」に対しては、各方面から苦情が殺到することになり、結果、彼は、橋本聖子選手団長の叱責を受けて、選手村入村式への出席を自粛する次第となった。
その出席自粛を発表する記者会見での弁明風景がまたヤバかった。
今回ヤバかったのは「態度」だ。
致命的だ。
態度がヤバいということは、「服装」が不適切であることよりも、「着こなし」がマズいことよりも、さらに数層倍事後がよろしくない。
というのも、公式記者会見における不遜な態度は、世間に対する「挑戦」を意味しているからだ。あるいは「社会」「友だちの輪」および「空気」ないしは「良識」に類する諸々の集団的な秩序に向けた破壊工作。これは決して許されない。
「われわれのカネで派遣されている五輪代表選手でありながら……」
と、早速、タックスペイヤーの皆さんの叱責がはじまる。
21世紀は、納税者意識の時代だ。
平成の民衆は、昭和の庶民とは違う。ただの国民ではない。各種の公的な補助を支える納税者、スポンサーとなっている企業の顧客、などなど、「有権者」の立場でものを言うことを覚えて、一段階偉くなっている。
だから、五輪選手に対しても、「ファン」や「観客」としてではなくて、「納税者」の立場から叱責をする。
「キミらは、われわれの血税を使って現地に赴いているのじゃないのか?」
と、上からものを言う。
「国母選手は、国民のカネで支給されたスーツをぞんざいに着こなしたのみならず、公共のメディアを集めた記者会見においてあのような……」
絶体絶命だ。
が、その、あらゆる意味で八方ふさがりな記者会見の場で、国母君は、ありていに言って、あんまり反省しているようには見えなかった。
傍らに座る監督に促されるカタチで
「反省してまーす」
とは言ったものの、この言葉を言ったのちに周囲を見回す様子には、ほとんどまったく恐縮した様子がなかった。
「あんたらが聞きたかったのはこのセリフだろ?」
という感じ。
「ったく、何を騒いじゃってるんだか」
うん。ある意味あっぱれな態度ではあったが。
私個人は、実は、今回、この話題を取り上げることをちょっと面倒くさく感じている。
だって、どう書いても必ず荒れるからだ。
そう。間違いなく荒れる。わかりきったことだ。
一方には、国母選手の態度にムッとしている人たちがいる。
で、もう一方には、若い者のちょっとした逸脱をヒステリックにとりあげる報道にうんざりしている人々がいる。
オレは両方だな、という人たちもたぶん少なくない。
どっちにしても、人々はアタマに来ている。
私自身は、国母選手の態度を見て、ちょっと感情を害した。
で、その彼の態度への世間の反応の仕方にも、やはりイヤな感じを抱いた。
さらに、ここまで突っ張っておいて再度(← 一度目の会見の不評を受けて臨んだ記者会見において橋本聖子議員とともに)謝ってしまった国母選手の腰くだけぶりには、正直、がっかりさせられたし、「開会式への出席停止&五輪日程終了後の正式処分」という世間の顔色をうかがうみたいな処分でお茶を濁しにかかった選手団長の判断にも失望した。
要するに、このお話は、全方位的にうんざりする話なのだね。発端から展開から結末に至るまでの、いちいちが。
最初の記者会見で、
「わかったよ。腰パン程度のことで、五輪選手にふさわしくないだとか、そういう七面倒くさいことを言われるんだったらオレはオリさせて貰うよ。だって、オレは五輪代表である前に、何よりもまずオレ自身なわけだからさ」
ぐらいのことを言って席を蹴るテもあった。
国母選手がそれをしてくれたのなら、私は応援していたはずだ。
「いいぞ。ひっかきまわしてやれ」
「そうだ。行けコクボ。いい人ごっこの教訓話がまかり通る五輪メダル物語に水をぶっかけてやれ」
と。
実際、鼻ピアスにドレッドロックで現地入りした以上、彼は、その程度の境地には踏み込むべきだったのだ。
逆に言えば、謝罪会見を蹴飛ばす覚悟が無いのなら、最初から腰パンで歩くみたいなおイタはすべきじゃなかった。
ヒップホップは、音訳すれば「筆法」、和訳すれば「スタイル」だ。単なるファッションではない。大げさに言えば、ひとつの「生き方」だ。とすれば、それは、叱られたぐらいなことで、簡単にひっこめられるはずのものではない。
そもそも、腰パンは、囚人の着こなしをまねたもので、その意味では、まさにこの世を監獄として批評(囚人の位置から)するための筆法であり、だとすれば、なおのこと非難されたからといって改めて良いものではない。下げて穿いた以上、絶対に貫徹しなければならない。足がもつれて倒れても、だ。
私自身、反抗的な態度をとっておきながら、叱られるとすぐに謝ってしまうタイプの高校生でなかったとは言わない。っていうか、そのものだった。だから、あまり強く言える立場の者ではない。
でも、国母君も、もう高校生ではない。聞けば21歳だ。オリンピックも2回目。あれこれわかっていて良いはずの年頃だ。
とすれば、反抗を貫くのか、はじめから無駄な反抗はしないのか、どちらかを選ぶことぐらいはできたはずだ。
18歳の石川遼君が、あんなに見事に取材陣のトラップをはぐらかしているんだから。
さて、当然のことながら、国母選手の鼻ピアス謝罪会見映像は、メディアにとってまたとないエサになった。
朝青龍バッシングに飽きてきた頃合いでもあるし、スタジオの祭壇はそろそろ新しい羊を探していた矢先だったわけだから。
ところが、会見のVTRが明けてみると、コメンテーター諸氏は、あまり多くを語らない。
ニヤニヤするばかり。
「渋谷あたりを歩いているんなら、このファッションも個性的でいい……ということになるんだろうけど……」
「TPOが……」
ぐらいな感想は述べるものの、真正面から叱責する勇者は出てこない。
「まあ、若いしね(笑)」
と、フォローするゲストも現れる始末。
ん? 開幕直前だし、五輪商売に水をぶっかけるタイプの報道は手控えようではないかという判断なのだろうか? あるいは、とりあえず閉幕まではネガティブ報道禁止ぐらいなお達しがどこかから出ているとか?
いや、彼らは、単に偏狭な人間だと思われたくないだけだ。おそらく。
テレビ画面の中で暮らす人間には、独特の虚栄心が芽生える。彼らは、「古い」「体制側の」「旧弊な」「アタマのカタい」人間であると思われることを極度に嫌う。で、誰もが「自由」で「柔軟」で、「感性の豊かな」「若々しい」「シャレのわかる」人間であると思われたがる。老いも若きも。
だから、地球温暖化や税金の無駄遣いに対しては直截な怒りを表明する一方で、若い者の悪ふざけや不謹慎に対してはびっくりするほど及び腰になる。
うーん、ボク自身は特に目くじらを立てるつもりは無いんだけど、こういうのは世間が許さないかもしれないね、てな感じ。
だって、国母君みたいな対象に向けて、マトモに怒るのは、前近代オヤジそのものだから。
といって、もちろん擁護もしない。
これも、腰砕けの年長者っぽく見えて具合がよろしくないから。
あのテの「絵」は、放置するに限る。
そう。放置だ。
テレビの中の人々が国母選手の無礼を真正面から批判しなかったもうひとつの理由は、非難や叱責が実効性を持たないことを、彼らがよくわかっていたからだ。
国母会見映像のような誰の目にも見えるわかりやすい逸脱は、むしろ、論評抜きで、単に再生して見せるだけの方が良い。その方が、視聴者の怒りを煽る上では、ずっと効果的なのだ。
そんなわけで、あの「反省してまーす」映像は、朝のワイドショーから夜のニュースショーまで、何度も何度も、それこそすり切れるまで執拗にリピートされ続けた。
ちなみに申せば、これは@2ちゃんねるにおいて「晒し上げ」と呼ばれている処理手法だ。
人目に触れる場所に何度も晒すことをもって処刑とするカタチ。いわば「衆目刑」だ。
晒し上げに非難は無用。そういう決まりになっている。見ればわかるから。「一目瞭然の恥」は、黙って晒す。いちいち突っ込まない。なまあたたかく笑いながらみんなで眺め回す。「やめてやれよ(笑)」とか言いながら。
かくして「晒し上げ」は「皿仕上げ」というひとつのメニューに昇格する。その心は、「最高においしいネタは、あえて調理せず、素材のまま皿に載せることをもって仕上げとする」といったあたり。さすがは@2ちゃんねらー。他人の恥の専門家たち。見事な見識だ。
かくして、国母選手の会見映像をスタジオで見る人たちは、特にコメントを付加することなく、曖昧に笑っていた。
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