本連載では、米国ビジネススクールで助教授を務める筆者が、海外の経営学の先端事情を紹介して行きます。
さて、私は昨年『世界の経営学者はいま何を考えているのか(以下、「世界の~」)』という本を上梓したのですが、その中で「『ハーバード・ビジネス・レビュー(以下、HBR)』は、米国の経営学では学術誌とは認められていない」と書いたところ、大変な反響がありました。
これは事実です。HBRは海外の経営学を知る窓口として、日本でもビジネスパーソンの方によく知られています。しかし米国の経営学者のあいだでは、同誌は経営学の「学術誌」とは認識されていません。
たとえば、米国の上位ビジネススクールにいる教授(=経営学者)たちは、評価の高い経営学の学術誌に論文を掲載しないと出世できないのですが、HBRはその基準に含まれていません。 私の様な若手が「HBRに論文を投稿したい」と言ったら、ベテラン教授から「そんな業績にならないことは、やめなさい」と言われるのがオチでしょう。
なぜでしょうか。この背景を理解していただくには、米国の、そして世界の経営学者が進めている研究の流れを理解していただく必要があります。
「理論」から「ツール」へ
連載第1回でも触れましたが、世界の経営学は社会科学の側面を重視しています。それは「経営の真理法則を科学的に追い求める」という態度です。
たとえば、みなさんの中には「攻めの経営戦略は守りの戦略よりも有効か」とか、「買収した企業の経営陣は追い出した方がいいのか」といったことで悩まれた方もいらっしゃるかもしれません。これらは、みなさんが知りたいと考えている経営法則です。
経営学者はこのような法則の何が正しいのか(真理に近いのか)を探求するために、(1)まず、理論分析を行います。理論分析とは、「なぜそうなるのか」という経営の本質についての因果関係を探求することです。そしてそこから経営法則についての理論仮説を導出し、(2)企業データを使った統計分析などによる実証研究を行います。そしてその結果を学術誌に投稿し、審査員から認められれば、晴れて学術論文として掲載されるのです。
米国上位の各ビジネススクールには、学術誌に対して「A」、「B」といったランク付けがあります。たとえば私のいる米ニューヨーク州立大学バッファロー校の基準では、経営戦略論分野なら『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』が代表的なA学術誌の一つです。国際経営分野では『ジャーナル・オブ・インターナショナル・ビジネス・スタディーズ』がAになります。そして繰り返しですが、このランキングにHBRは入っていません。
このように、学術誌に科学的なアプローチを使った研究成果が発表されて「経営学の知」が積み上がり、世界の経営学はここ20年ほどで飛躍的に進歩してきました。
さてここからがポイントなのですが、経営学という学問のユニークな点は、この学術誌で発表された経営法則を、そこで終わらせずに、みなさんのビジネスに使ってもらうことを考える必要があることです。
経営学は「実学」の側面を持っていますから、その知見を実践に応用してもらうことは大事な課題です。そしてそのためには、学術誌で発表された経営理論・法則を、実務での経営分析や意思決定に使いやすいように落とし込む必要があります。ここでは、それを「分析ツール」と呼びましょう。
HBRは先端の「経営分析ツール」を学ぶ格好の場
事業計画などで使われる分析ツールは、コンサルティング会社などが自らの経験から生み出したものが多くあります。たとえば、ボストン・コンサルティング・グループが考案した「BCGマトリックス」は多角化戦略の分析でよく使われます。
他方、 学術的な理論に基づいて生み出された分析ツールの代表は、米ハーバード大学のマイケル・ポーター教授による「ファイブ・フォース」でしょう。米国のMBAでは間違いなく勉強させられる有名なツールです。
これは、1970年代に経済学(産業組織論)で打ち立てられたSCP(Structure-Conduct-Performanceの略)という理論フレームワークを基に、ポーター教授が実践向けのツールとして生み出したもののです。SCP理論では、たとえば「競争的な事業環境にいる企業ほど、収益性は低くなる」という命題があります。しかしこの命題だけでは、実践でどうやって「その事業環境が競争的か」を分析したらいいか、わかりません。
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