小泉内閣の終焉とともに国会議員の職を自ら辞して野に下った竹中平蔵氏──。日本経済を復活させた男は、自身の功績を語ることを潔しとせず、あえて日本の将来に苦言を呈した。貪欲なまでに「成長」を追い続けること。その気迫と覚悟を失った瞬間に、日本は没落への坂道を転がり始めると警鐘を鳴らす。2007年、日本はその岐路に立つことになると予言する。(聞き手は、日経ビジネスオンライン編集長=川嶋 諭、同副編集長=水野 博泰)

竹中平蔵氏

2007年の日本を語る竹中平蔵氏(写真:清水真帆呂)

NBO 2006年末に『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(日本経済新聞社)という本を出版されましたね。小泉改革の神髄がよく伝わってきた半面、後を継いだ安倍体制でちゃんと改革が進むのかなと心配になりました。

竹中 議員辞職してからものすごい勢いで書きました。全部自分で打ち込んだんですよ(笑)。

 改革を続けるということはすごく大変なことです。改革によって一部の人たちは大きな利益を失いますが、一方で改革によって恩恵を受ける人たちの利益というのは広く薄いからです。反対派は必死になって、なりふり構わず抵抗します。賛成派といえども自分自身に目に見える大きな利益が転がり込んでくるわけではありませんから迷いも生じる。改革推進者は、そういう中で戦い続けなければならないのですから、相当に強靭な気力が必要なんです。

「ホドホドの改革」などあり得ない

NBO この5年間で改革がこれだけ結実したわけだから、「やらなきゃいけない」というのは国民的コンセンサスになりましたよね。

竹中 確かにそうだと思います。しかし、一部には「景気は良くなったんだから、もうホドホドでいいじゃないか」というようなムーブメントが生まれつつあることが気がかりなんです。

NBO 『構造改革の真実』では、米国よりも所得水準が低い日本が米国よりも大幅に低い経済成長率に甘んじれば、両国の所得格差は広がる一方だと指摘されていますね。「日本経済の成長力を貪欲に高める姿勢こそが必要である」「改革はもうほどほどでよいではないか、または低めの成長率を前提に“堅実な”財政再建論議をしようというのは、日本の所得水準がアメリカからますます引き離されることを安易に受け入れるという、後ろ向きの姿勢に他ならない」と、かなり強い調子で警鐘を鳴らしていますね。

竹中 所得水準の高い国の方が経済成長率が高いなんて、そんなことをすんなり受け入れてはならない。日本はもっともっと成長率を高める余地があるんです。国内の格差問題を論じるのも大切ですが、日米の経済格差が拡大しているという現実から目をそらしてはいけません。

 国際経済研究所のブラッドフォードとローレンツという研究者による最近の試算では、グローバリゼーションの流れに合わせて開放を進めることによって、日本は先進国の中で一番大きなメリットを享受するという結果が出ています。日本は改革によってもっと良くなるんです。もう1つすごく重要なのは、日本の所得水準が高まっているということです。改革と言うと、「痛み」を指摘する人が多いのですが、改革にこそ確かな効果と恩恵があるんです。

 安倍(晋三)さんは、改革を続けるという熱意を持っています。彼を支える官僚、補佐官、民間議員などのアドバイザーが、反対派を上回る知恵を出して戦っていかなければいけないと思います。

“普通”のことをすれば「名目4%」の経済成長は可能だ

NBO 竹中さんは、名目で4%の経済成長率を維持できれば消費税を上げなくてもプライマリーバランス(基礎的財政収支)はゼロに持っていけるとおっしゃっていますね。

竹中 必ずしも4%なくてもいいですよ、3%台だっていいんです。日本は既に実質成長率2%強ぐらいの成長率まで回復しているんです。OECD(経済協力開発機構)のGDP(国内総生産)デフレーター、つまりインフレ率は平均2.2%です。今の実質経済の状況に、OECD平均の、つまり“人並み”のデフレ克服、インフレを加味すれば、3.6%とか4%の成長はできるんです。私は普通のことをやってほしいと言っているだけなんです。

 少なくともここ数年のうちに、プライマリーバランスを回復するための消費税引き上げなんて全く必要ありません。国民が税を負担するから将来にわたって社会保障をしっかりやってくれというなら、そのようにすればいい。でも議論を混同してはいけない。

 過去半年ぐらい、ものすごく情緒的な議論が繰り返されました。消費税を上げないのは国の将来を危うくする無責任な主張であって、逆に「消費税を引き上げます」と言って総裁選に出馬する人の方が、さも男らしく、あたかも政治家としての責任を負っているかのような論調が一部にありました。しかし、経済の実態を見ていない間違った考え方です。

成果目標を掲げない日銀の罪は重い

NBO 竹中さんの論を実現するためには、日本銀行による金融政策が負うところが大きいですね。

竹中 その通りです。私は経済学者ですからテクニカルな問題で言いたいことはいくつもありますが、それ以前に日銀に対して求めたいのは、「日本銀行は何を目指すのか」という目標を明確にしてほしいということです。

 現在、どこの国の政策金融機関でも「PDCA(Plan、Do、Check、Action)」という言葉が使われます。成果目標(アウトカム)を明確に掲げるのが普通です。私が金融担当大臣の時は、「2年半で不良債権を半分にする」と言った。例えば国土交通省は、5年間で国際観光旅行を2倍にするというアウトカムを掲げている。日本銀行は政府系機関の中で数少ないアウトカムを掲げない機関です。

 先進国の中央銀行の多くが1~2%のインフレ目標を掲げています。アウトカムを掲げてくれたら、外から細かいことをうるさく言う必要はなくて、チェックすればいい。ところが日銀はアウトカムを掲げようとしないから、政治家に「金利を上げるな」とか言わせてしまう。本来、政府と日銀が一体となってアウトカムを決めたなら、それを達成するためにどのような金融政策を採るのかは日銀が独立性を保って決めればいいんです。今のような状況は、日銀にとっても不幸だと思いますよ。

 アウトカムを掲げずにやって、結局、2006年は名目2%成長を実現できなかったじゃないですか。役所だって企業だって、目標なんか掲げたくないですよ。でも役所は国民が許さない、企業は株主が許さないでしょう。目標なきところにマネジメントは成り立ち得ないんです。

NBO 竹中さんはそこの部分には切り込めなかったという悔いが残っているようですね。

竹中 それはあります。私は政府の中にいましたから遠慮もあったんです。

 イングランド銀行の前総裁のエディ・ジョージという人と話した時、面白いことを言っていました。イングランド銀行の歴史は政府との戦いの歴史であり、政府からの介入を排除するためには目標を掲げることが不可欠だったと。米国のベン・バーナンキ連邦準備理事会(FRB)議長は、目標設定について検討するための委員会を立ち上げました。このままでは、日本は「最後の国」になってしまいますよ。

 余談ですが、この話に日経新聞は絶対に乗ってこない。日経の日銀に対するシンパシーはすごいね。日経新聞ではなくて、“日銀新聞”と言った方がいいんじゃないかって茶化して言ったことがある(笑)。日経新聞の一部の人で、とんでもない勘違いをしている人がいるんじゃないですか。

NBO 厳しい指摘をありがとうございます(苦笑)。それにしても、日銀の采配次第ではデフレ状況からの脱却にもっと時間がかかることもあり得るわけですね。しかも、目標がどこにあるのか政府にも国民にも全く分からないままで。

竹中 そうです。今、金利を上げるべきかどうかという議論をしているでしょう。冷静に考えたら奇妙な議論なんですよ。だって、金利は価格であり、価格は需要と供給で決まる。日銀はマネーの供給を絞っているんだから価格、つまり金利が上がるのは当前なんですよ。それなのに金利を上げるかどうかなんて議論は滑稽ですらある。日本における金融に関する議論がすごくゆがんでいるんです。

“安倍予算”は及第点

NBO ところで安倍政権で最初の予算はいかがでしたか?

竹中 今回の予算について新聞は非常に厳しい評価をしていますが、私はよくできていると思います。もちろん税収が増えたために組みやすかったということはありますが、小泉路線の歳出削減をきちんと踏襲しています。

 税収が予想以上に増えたので、一部の官僚がこれを使ってしまおう、使わないとプライマリーバランスが早く回復してしまうので増税できなくなってしまうぞ、そんなふうに本気で考えていた節があるほどです。

この記事は会員登録(無料)で続きをご覧いただけます
残り3526文字 / 全文文字

【初割・2/5締切】お申し込みで…

  • 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
  • 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
  • 日経ビジネス最新号13年分のバックナンバーが読み放題