現代の日本では男性も女性も大半が「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という古臭い考え方に反対している。しかし行動が伴っていない。多くの男性は家事・育児を手伝わず、女性は夫に養ってもらいたいと思っている。性差別的な因習が残る経済界、労働界、行政から変わらねば、女性活躍推進など絵空事だ。世界経済フォーラムが発表する「ジェンダーギャップ指数」で日本は世界156カ国中120位。「ジェンダー最貧国」の惨状から目を背けてはいけない。
電話ブースやパソコンが並ぶビルの一室で、相談員たちが人々の苦しみと向き合っている。通話やチャットでひっきりなしに届く「死にたい」「消えたい」などのメッセージは、日本社会が抱える苦悩の深さを物語る。
ここは東京・千代田区にある自殺相談窓口。相談業務を担っているのはNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」である。代表を務める清水康之氏は、「自殺で亡くなった人は一般的に複数の課題を抱えている」と切り出した。
失業し、生活苦に陥り、家族関係が悪化し、精神的に追い詰められて──、という具合に平均で4つの課題が重なって自殺に至るという。「コロナ禍で課題が積み上がっていくスピードが速くなった」と清水氏は実感している。
DVに雇い止め、窮地の末に……
様々な課題を抱えた人たちの中でも、コロナ禍は特に女性を追い詰めている。警察庁によると2020年に男性の自殺者は前年を下回ったのに対して、女性が増加し、差し引きで912人多い2万1081人となった。リーマン・ショック後の09年以来、日本の自殺者数は11年ぶりに増加に転じてしまった。
21年に入ってからも女性自殺者の増加基調が続く。警察庁の集計では、6月まで毎月のように前年同月を上回った。
清水氏は「コロナ禍で保育所に子どもを預けられなくなったり、介護で親族の助けを借りづらくなったりして、負担が増した女性が多い」と話す。雇い止めに遭った女性も多いという。総務省の労働力調査によると、コロナ禍が直撃した飲食業や宿泊業、小売業では多くの女性が職場を離れた。
「ドメスティックバイオレンス(DV)を受けているとの訴えも多数寄せられている」(清水氏)。全国の配偶者暴力相談支援センターなどへの相談件数が増加しており、その多くは夫からDVを受けている女性からの悲痛なSOSだ。緊急事態宣言で夫が家にいる時間が増えた影響とみられる。
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という価値観が日本社会の隅々に浸透している。この固定的な性別役割分担意識が悲劇を生む。
家庭を守るのは女性の役割だとすると、コロナ禍で周囲の助けを借りられなくなった女性に育児や介護の負担が一層重くのしかかる。外で仕事をするにも、家庭を長時間留守にできないので、レストランやホテル、スーパーといった自宅近くの職場でパートタイム労働者などとして働くことになる。そのためコロナ禍で飲食業や宿泊業、小売業が低迷すると、雇用調整のしわ寄せが主に女性にいく。
女性たちの経済的な自立は容易ではなく、緊急事態宣言で自宅にいる夫からDVを受けていても、逃げ出すことに二の足を踏む。コロナ禍に伴う自殺者の増加は、多くの女性たちが依然として家庭に縛り付けられているという事実の反映でもあるわけだ。
家事をしない日本の男性
日本の性別役割分担意識は欧州諸国と比べても強い。内閣府が20~21年に実施した「少子化社会に関する国際意識調査」によると、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に「反対」する日本人の割合は56.9%だった(「どちらかといえば反対」を含む)。過半数に達しており、一見すると反対者は多いように見える。だが、同時に調査したドイツの63.5%、フランスの75.7%、スウェーデンの95.3%を下回っており、日本は最低の水準だ。
日本人男性に限っても、形の上では性別役割分担の反対者は54.9%と過半数に上る。では実際に日本人男性が反対の立場を実行に移しているかというと、それはまた別の話である。
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