従業員の恋愛・出会いを支援する福利厚生の導入が進んでいる。

 一昔前は社内恋愛も多く、社内の世話好きな人が仲人をしてカップルが誕生することは珍しくなかった。しかし、コンプライアンス(法令順守)やハラスメント意識が高まった今日、仲人役は身を潜め、プライベートについて話しづらい雰囲気すら漂う。

 そんな時代の流れをくんで、人工知能(AI)が仲人役を担う恋愛マッチングアプリによる福利厚生が広がっている。Aill(エール、東京・港)が2021年11月に正式リリースした、企業専用マッチングアプリ「Aill goen(エールゴエン)」だ。独身従業員に向けたアプリで、出会いから交際開始までをAIがサポートする。利用料金は企業が全額負担するか従業員が一部負担するかなど、各企業が設定できる。

 サービスを立ち上げた背景には、「仕事と家庭を両立したい人同士が出会える場」を創出したいという思いがあった。共働き夫婦の場合、勤務する双方の会社に仕事と家庭の両立を支援する制度や環境がなければ、仕事と家庭の両立は難しい。例えば、片方しか時短勤務をできない場合、育児負担に偏りが生じてしまう。どちらかのキャリアを犠牲にせざるを得なくなってしまうこともある。「共働き」「共に子育て」を支援する企業の独身従業員同士であれば、交際開始や結婚後も仕事と家庭の両立がしやすくなる。

AIが仲人役、「共通の友達」の代わりを

 「仕事と家庭を両立したい人同士が出会える場」とするため、特徴的なのは、エールの審査に通った企業の従業員しか利用できないことだ。審査基準の1つは「第三者機関のお墨付き」の有無。上場企業のほか、厚生労働省が子育てしながら働きやすい企業を認定する「くるみん」や、経済産業省の「健康経営優良法人」に認定されていることなどが挙げられる。厳密な審査を通過した企業しか利用できないことで、既婚者や真剣な交際以外を目的とする人が入りづらく、今のところ違反行為者はゼロだという。実際に導入している企業でも「会社が薦めているアプリだから安心感がある」という意見が寄せられている。

 もう1つの特徴は、AIの活用だ。AIが「仲人」となり、デートに誘うタイミングや相手の好感度を教えてくれる。エールの豊嶋千奈代表は「バーチャル環境には、学生時代のような『共通の友達』がいない。行動するために必要な情報やお助け機能を友人の代わりにAIが果たす」と話す。

エールゴエンではマッチングや会話をAIがサポートする(写真:エール提供)
エールゴエンではマッチングや会話をAIがサポートする(写真:エール提供)
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 例えば、会話のラリーは続くが、なかなか対面で会えずにいると、自分にしか見えないチャットでAIから「そろそろ会ってみない?」と連絡があり、「会ってみたい」「相手がOKなら」「もっとチャットで相手を知ってから」という選択肢が出る。「会ってみたい」を選択すると、相手にはAIから「今がチャンスかも!」と合図が出る。これにより、相手の気持ちが分からず、デートに誘う勇気が出ない人の背中を押すことができる。

 また、AIがデート後の感想なども聞いているため、交際が始まれば分かる仕組みだ。交際開始までにかかる時間は3カ月から半年ほどの人が多い。エールでは、交際を始めたらアプリを「卒業(退会)」としているため、結婚するかどうかまでは問わない。さまざまな理由で途中で辞めてしまう人も多いが、現状では、退会者の3人に1人は実際に交際を始めたため、アプリを卒業しているという。

独身者に特化した福利厚生が不足

 企業側のメリットとしては、出産・育児の影響を受けやすい女性の活躍推進はもちろん、会社全体の生産性の向上とエンゲージメントの高まりが期待できる。育休を取得する男性も増えている中、夫婦共に子育てしやすい企業に勤めていれば、職場に早期復帰しやすくなる。すると、休暇中の社員の穴を埋めている周りの社員の負担も軽減され、不満が解消される。誰もが働きやすい環境に近づくことで、生産性が上がりやすくなる。

 創業130年を超えるオフィス家具大手のイトーキは、エールゴエンの正式リリース前である21年5月から導入を開始した。社員のエンゲージメントを高めるため、福利厚生を見直しているタイミングだった。導入の決め手の1つは、結婚後に活用できる福利厚生はいくつかあったが、独身者向けの制度がなかったことだ。エールの豊嶋氏も「ライフステージごとに見た時、独身者への支援が薄い企業が多い」と指摘している。

 当初は従業員のプライベートに踏み込むことに不安を唱える人もいた。だが、いざ導入すると想像以上に利用者が多く、「強いニーズを感じた」(イトーキ人事本部の大井卓爾氏)と言う。利用者数は21年末の約60人から24年1月には300人以上に増加。60組以上のカップルが誕生している。

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