子育てを支える技術 ─ フルスタックお父さんとエンジニアとしての成長を両立させるには
お父さんは出産を除くすべての子育てタスクを担当できるとして、エンジニア的なアプローチで育児に取り組む白山文彦(@fushiroyama)氏が、キャリア構築や技術的成長との両立について語ります。
こんにちは、白山(@fushiroyama)と申します。主にモバイルアプリ開発を生業としています。
4年前に第一子をリリースして地道な改善施策を重ねつつ、半年前にめでたく第二子もカットオーバーしました。以来、外ではソフトウェアエンジニアとして外貨を稼ぎつつ、家庭ではフルスタックお父さんとして、食事に風呂に寝かしつけに夜泣き対応にと奮闘しております。
その過程で「エンジニアでよかったなぁ!」と感じた点や「こういう考え方やアプローチはエンジニアならではかもしれない」と感じたことが少なからずあったので、ぜひ紹介したいと思います。
20代後半から30代前半にかけては、エンジニアのキャリア形成にとっても非常に重要な時期です。いま絶賛子育て中の方だけでなく、これから結婚・子育てを考えている若手エンジニアの皆さんにも、僕の経験が先行事例として参考になればこの上ない幸いです。
- エンジニアほど子育てに向いている職業はない
- 子育てに関する心得と当事者意識
- エンジニアなら子育てでもテクノロジーの恩恵を受けよう
- 子育てとエンジニアとしての成長
- 子供を持って技術や仕事に対する価値観も変わった
- 「真理の扉」が開けば、子育てとキャリアアップは両立できる
- まとめ
エンジニアほど子育てに向いている職業はない
まず、最初に僕が申し上げたいのは、子育てをしていて「エンジニアでよかったなぁ!」と感じることがとても多いということです。
- リモートで成果を出しやすい
- 転職や休職・復帰がしやすい
- 会社の行事に参加しなくても許される
- 当事者意識が高い人が多い
これらの点でエンジニアは子育てに向いています。
1. リモートで成果を出しやすい
エンジニアは、リモートワークで成果を出しやすい職種です。その理由をいくつか挙げてみます。
- 成果主義的な働き方がしやすい
- 時間ではなく成果に対してコミットメントがあり、労働集約的ではない
GitHub等のソースコード管理ツールによって、ソフトウェア開発の履歴を定量的に可視化しやすい - コミュニケーションがとりやすい
- ツールの進化によって、テキストチャットのみならず、映像・音声を使ったコミュニケーションも、場所や地域を問わず取りやすい
- 会社に集まる意味が以前より薄れている
- コミュニケーションツールの発展のほか、サーバインフラも自社インフラからクラウド環境への移行がすすみ、一箇所に集まる必要性がなくなりつつある
リモートワークがしやすいと、子育てはずっと楽になります。通勤時間を子供の保育園の送り迎えや早めの夕食・入浴等にあてることができますし、両親が電車や職場で病気をもらってくるリスクも下げることができます。
また、リモートからある程度のレスポンスとパフォーマンスが確保できれば、病気看護中も勤務扱いにしてくれるような会社もあり、子育てエンジニアが働きやすい社会になりつつあると感じます。
このような背景には、単に「エンジニアの働き方がリモート向きだ」というよりは、エンジニアの重要性が以前よりも増し、会社側もエンジニアが働きやすい環境を作るためにコストを割くことが必要不可欠になってきた、という方がより本質的でしょう。
2010年代後半の昨今では、「自社にエンジニアを抱える」ことが「他社への競争力となる」時代はとうに終わり、自社にエンジニアを抱えて目まぐるしく移り変わる世間の要求に素早く柔軟に対応することが「会社が生き残るための最低条件」となりました。
いかなる産業も、もはやエンジニアなしに成り立たないのです。会社がエンジニアの生産性を最大化するために努力することは、当然の経営課題とも言えます。
会社も、リモートで成果を出せるエンジニアには積極的にリモートを推奨することで、社員の満足度やロイヤリティを高めることができますし、結果的に採用に貢献したり、離職率の低下に寄与したり、とメリットも多いはずです。
2. 転職や休職・復帰がしやすい
技術職の強みは、やはり何と言っても転職市場での価値の高さです。自分が転職活動していた体験だけでなく、企業で採用する側になって改めて痛感させられますが、スキルや経験のあるエンジニアを採用することは本当に難しくなりました。
仕事内容が面白くて給料が高いといった条件は、よいエンジニアからはもはや「足切り条件」として扱われ、さまざまな付加価値を求められることもしばしばあります。
- 一緒に働く仲間が優秀で刺激的である
- ストックオプションのような将来の金銭的な可能性
- 自由な勤務体系やワークライフバランス
裏を返せば、エンジニアはこれらを選べる立場にあるということです。実際に僕も子育てに専念するため、当時勤めていたスタートアップから、労働時間に融通が利くいまの会社に転職しました。
ありがたいことに、その際は「仕事が決まらなかったらどうしよう……」とか「子育てを優先する代わりに給料が下がるかもしれないなぁ……」というような心配をする必要がほとんどなく、いいとこ取りですんなり転職が決まりました。
友人や元同僚にも、子供が生まれるタイミングで一時的にフリーランスになって仕事量を調整したり、お父さんも育休を取って最初の3カ月はお母さんと一緒にフルタイムで子育てに専念してから職場に復帰したり、本来はリモートワークを認めない方針の会社に勤めているにもかかわらず、交渉の結果、特別にフルリモートを許可してもらい、子育てをしつつ働くエンジニアの例を少なからず見聞きします。
僕自身は育休こそ取りませんでしたが、第二子が生まれてしばらくはチームリーダーに相談して、毎日1分たりとも残業しないことと突発的な看護休暇を認めてもらい、父親としての責務を果たすことができました。
3. 会社の行事に参加しなくても許される
これは過度に一般化するつもりはありませんが、僕の観測範囲では、エンジニアは会社から強制されるよくわからない飲み会や休日に駆り出される行事等を嫌う傾向にあるように思います。
僕自身も同様で、子育てをしているときはなおさら参加したくありません。こういう場合、僕は一貫してきっぱりと参加を断っています。
ただし、断るだけでは印象もよくないので、「小さい子供がおりますので、新しいメンバーの歓迎会は飲み会ではなく『チームランチ』にしませんか?」といった代替案を出すと、たいていの場合は理解してもらえます。
これも、こうハッキリと伝えられる背景には「自分は付き合いで給料をもらっているわけではない。エンジニアリングで成果を出すことで社に貢献している」という自負があるからだと思います。
そのうち断っても「まあ、あの人はエンジニアだからなぁ」と見逃してもらえるか、そもそも誘われずに済むことが多くなりました(これがよいことかどうかは議論の余地があると思うのでオススメしているわけではありません^^;)
4. 当事者意識が高い人が多い
これも僕の観測範囲なので一般論として言うわけではありませんが、少なくとも自分の周りではエンジニアは非常にいいママ/パパになることが多いです。
理由はいくつか分析していますが、
- 子供が自分の成果物という明確な当事者意識があり、意欲と愛着をもって子育てに取り組む人が多い
- ツールやアプリを積極的に利用して自動化したり、方法論に落とし込むことで不確定要素を排除したりすることが好き、もしくは得意である
というようなエンジニアの性質が関係しているのではないかと考えています。
子育てに関する心得と当事者意識
さて、これまで単に「子育て」と言ってきましたが、子育ては大きく分けて2つのプロジェクトから成り立っているのではないでしょうか。
1つは「子供自身」に関わるプロジェクトで、主なタスクは次のようになります。
- 出産
- 授乳
- おむつ替え
- 寝かしつけ
- 子守り
- 看病
- 保育園の送り迎え、など
もう1つは「家庭を運営する」ためのプロジェクトです。
- 食事
- 洗い物
- 洗濯
- 掃除
- 買い物
- 勤労(給与収入獲得)
お父さんにできないタスクは出産以外にない
さてここでみなさんに質問があります。上記のうち、お父さんが担当できるタスクはいくつあるでしょうか?
答えは……、出産以外すべてです!
お父さん同士で話をしていると、おむつやお風呂はパパも担当している家庭が非常に多いものの、「授乳と寝かしつけ&夜泣き対応はお母さん専門」というご家庭があります。「おっぱいは母親しかあげられない」「子供が母親でないと泣き止まない」という意見を聞くと、「ホント……?」と思ってしまいます。
たしかに、母乳はお母さんしかあげられません。しかし、粉ミルクならお父さんがいつでもあげることができます。
産後しばらくの間だけ「初乳」という赤ちゃんの免疫力を高める成分を多く含んだ母乳が出ますが、そのあと母乳はどんどん脂肪分と糖を多く含んだ成分に変わっていき、その段階になるとほぼ粉ミルクで代替できると考えられています。
参考:母乳育児推進の問題点――粉ミルクは本当に悪いのか!? / 森戸やすみ / 小児科専門医 | SYNODOS -シノドス-
また、お母さんでないと泣き止まないというのは、ハッキリ言って甘えです! 別にお母さんだからなんとかなっているわけではなく、赤ちゃんがなんとかなるまでお母さんが抱き続けているにすぎないのです。
一般的に男性の方が腕力も体力も強いケースが多いですから、重労働である寝かしつけと夜泣き対応こそ、お父さんが担当すべきだと僕は強く考えています。その他のどのタスクも、お父さんができないものは存在しません。
僕は、産前産後の入院の間は長女と2人でひと月たらずを過ごしましたが、この話を保育園の保護者にすると一様に驚かれました。たいていの家庭はお母さんが里帰りしつつ、上の子も実家に預けて産後落ち着くまで過ごすという選択をされるようですが、「その間、お父さんは一体何をしてるの?」と思ってしまいます。
これから出産を控えたご家庭の旦那さんは、奥さんと奥さんのご実家に頼るという選択を安易に選ばず、ぜひ自分に何ができるか再検討されてはいかがでしょうか。
タスクは50%以上を取る心構えで
子育てを構成するタスクのうち、どれだけをお父さんが担当できるかはもちろん家庭次第ですが、僕の中では「半分以上取る心構えで」という目標があります。
2018年現在、男性が出産を肩代わりすることはまず不可能です。出産はお母さんが担当することになるでしょう。
出産は、長時間にわたる命がけの壮絶なイベントです。僕は助産師さんに「12時間以下なら超安産だからね!」と言われましたし、僕の友人は、72時間もかかったそうです。帝王切開の場合はお腹にメスを入れますし、経膣分娩でも多くのケースで赤ちゃんが出てくる部分を切りますから、お母さんが無傷ということはないのです。
そのように子育てを構成するなかで最も大変なタスクをお母さんに担当してもらう以上、残りすべてをお父さんが担当してもやり過ぎということはないでしょう。
実際に残りすべてというのはなかなか難しいですが、「相手より多くやる」ぐらいのマインドセットでいると一番大切な時期を夫婦円満で乗り切れる気がします。
前述の通り、せっかくエンジニアは時間に融通の利く働き方をしても成果を出しやすいのですから、ここぞとばかりにそのアドバンテージを活かしましょう!
イクメンではなく「お父さん」になろう
「イクメン」という言葉が市民権を得て久しいですが、どの程度の育児への貢献をもってイクメンとするかは個々人によってかなりバラツキがあるように感じます。
内閣府男女共同参画局の「共働き等世帯数の推移」によると、実に20年も前から共働き世帯が専業主婦世帯を逆転し、その差は年を追うごとに広がっています。
もはや共働きが当然という世の中、男性が子育てを「手伝う」というような、あたかも余暇に片手間で参加するような表現に反発する論調も見られるようになってきました。
働くお母さんからすると、子供の送り迎えとゴミ出しをやったぐらいで「イクメン」を名乗られるのは納得がいかないのもうなずけます。そもそも子育てをする男性は「お父さん」なのです。
みんな「お父さん」になろうではありませんか。
エンジニアなら子育てでもテクノロジーの恩恵を受けよう
エンジニアは、将来的に楽をするために一時的な手間を取ることが美徳とされています。
自動化の仕組みを構築したり、ツールを選定したり、場合によってはツールそのものを自作したりとさまざまですが、その根底にある精神は共通しています。
とにかく「苦労すること=エライ」というマインドから脱却し、利用できるテクノロジーはなんでも利用するのが、エンジニアのよさではないでしょうか。子育ても開発と同じく、テクノロジーの恩恵を受けるとよいでしょう。
出産のテクノロジー
我が家では、第二子の出産に無痛分娩を選択しました。
第一子は自然分娩だったのですが、陣痛が来て入院してから子宮口全開まで激痛に耐えながらおよそ20時間、それから出産まで6時間で計26時間ほどかかり、最後の方は妻もいきむ力も残っていないほど精も根も尽き果ててしまったのです。
結果的に妻の産後の肥立ちが悪く、体力が回復するのに3カ月以上を要しました。そのため、第二子妊娠が分かった当初から、我が家は無痛分娩ありきで産院を選びました。
うちの場合はこれが大正解。計画分娩で、麻酔を注射してから2時間ほど談笑しているとアラームが鳴り始め、妻が「えっ、痛くもなんともないんだけど、まさか生まれる?」と冗談を言っていたら先生が慌てて分娩室に入ってきて、15分ぐらいでスルッと生まれました。
前回は入院患者のようにしばらく寝たきりだった妻も今回はすぐ元気になり、結果に非常に満足しています。
参考:安全な無痛分娩が広まることを願います : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)
授乳のテクノロジー
我が家では、積極的に粉ミルクを利用しています。最大の理由は、お母さんがいなくても授乳のタスクが回るようにするためです。
アジャイル開発では、状況に応じてチームメンバのタスクを融通し、助け合うと思いますが、とにかく回数が多い授乳においても、助け合いが非常に肝要だと思います。赤ちゃんの授乳間隔はどんなに長くても3時間ほど{$annotation_1}。もし母乳に完全依存する体制の場合、お母さんが3時間以上外出することができなくなってしまいます。
冠婚葬祭等でお母さんが急に1日外出するようなシナリオは容易に想像されるので、単一障害点を防ぐ意味でも、赤ちゃんを粉ミルクに慣らしておくのは得策です。それにお母さんだって何もなくとも週に1日ぐらい何も考えずに買い物やカフェにいきたいはず! ぜひ定期的に息抜きの時間をあげてください。
なお、うちでは哺乳瓶の消毒は煮沸ではなく、浸け置き型の消毒液を利用しています。すぐに利用できるうえ、1回作れば24時間使えるのでとにかく手間を削減できます。
家事のテクノロジー
子育て家庭で、何はなくともこれだけは用意してほしい家電が2点あります。それは食洗機と洗濯乾燥機(あるいは浴室乾燥)です。
洗い物はただでさえ煩雑ですが、離乳食がはじまると小皿(お粥用、にんじん用、かぼちゃ用のように献立しだいで複数種類に分ける)や、ベビーマグ、すりおろし器など、細々とした食器が山ほど増えます。
食洗機は絶対に買うか、備え付けの物件に引っ越しを検討してください。それだけの価値があります。シンクにビルトインするタイプが用意できない場合は排水の確保などが若干面倒ではあるのですが、それを補って余りある圧倒的な投資対効果が得られます。
洗濯乾燥機も同様で、子供ができると信じられないほど洗濯物が増えます。またアレルギー等のリスクからなかなか外に干すことができません。そのため乾燥機能付きの洗濯機か浴室乾燥があると、洗濯の手間を大いに減らすことができます。こちらもかなり投資対効果が高いので強くおすすめします。
家事を積極的に外注する
我が家では、無駄な内製化をできるだけ避け、できるものは積極的に外注しています。
例えば、離乳食。もちろん自分たちで作ってもいいのですが、最近は味も種類も豊富なものが月齢に合わせてより取り見取りにお店で売られています。「餅は餅屋」という言葉がありますが、下手に見よう見まねで自作したものより、出来合いの離乳食を子供も喜んで食べています。
買い物も、ネットスーパーやコープデリ等の配達サービスを大いに活用しています。まとまった額を注文すると送料が無料になったり、早ければ翌日に届けてくれたりするので、本当に便利な時代になりました。最近はいろいろな配食サービスも利用できるので、家族が食べるものも楽をすることができます。
最後に、我が家では病気看護も積極的に依頼しています。例えば、フローレンスの病児保育では、子供が熱を出した朝に連絡をしても、早ければその日の午前中には保育員さんが駆けつけてくれます。自宅で看護してもらえるので、子供も比較的リラックスして受け入れています。
もちろん自宅訪問型の病児保育にはいくばくかのお金がかかりますが、共働きのお父さんお母さんが両方とも自分のキャリアを犠牲にすることなく働き続けられるとしたら、多少の投資の価値は大いにあるでしょう。
テクノロジーに溺れ過ぎない
我が家では、エンジニアっぽいツールの導入もいろいろと試みました。
授乳以外の生活スケジュールはGoogleカレンダーを使い、お互いの予定を共有しています。通院や会社の行事などをPCやスマホから確認できるので「その予定聞いてなかった!」みたいな行き違いがほとんどなくなりました。
残念ながら、うまくいかなかったものも少なくありません。
例えば、会社でよく使うSlackやTrelloといったチャットツールやタスク管理ツールは「なんでこれが必要なのか?」という納得感や、学習コストの面から導入に至りませんでした。
TODO管理はホワイトボードを使い、コミュニケーションツールは結局、僕も妻も妻の両親も使っているという点でLINEに一本化しました。Slackと比べて不便だと感じることもありますが、家族に無理強いはできません。PC用クライアントも併用し、LINEは買い物の指示や送り迎えの連絡など、子育て生活に欠かせないツールとなっています。
夜間の授乳スケジュールを共有するため、スマホアプリをいろいろ探したりもしました。記録するものは数多くあるものの、お父さんとお母さんでスケジュールを共有するというフィーチャーで満足のいくものは見つけられませんでした。
結局そうこうしているうちに赤ちゃんの授乳サイクルが確立されてきて、毎日ほぼ決まった時間に泣くようになったため、そのタイミングで起きた方が授乳するだけになり共有アプリはいらなくなりました。
子育てとエンジニアとしての成長
冒頭で「エンジニアは転職しやすく、ゆえに子育てもしやすいと」いう話をしましたが、それは転職市場で価値を発揮するだけの実力があってこそです。市場のニーズに素早く柔軟に対応できなくては、常に旬のエンジニアでい続けるのは困難です。
エンジニアに求められるスキルが目まぐるしく変わる昨今、はたして子育てと自己研鑽(さん)は両立できるものなのでしょうか。ここではそのあたりのリアルな話をご紹介できればと思います。
自分のためだけに使える時間はなくなる
ありていに言えば、自分のことだけに使える時間は、まったくなくなります。
独身時代に使えた時間を100とすると、結婚するとまず60ぐらいに減ります。このときは「まあ仕方ないよね! 結婚生活とはそういうものだし^^;」などと達観した気持ちになる(もっと言えば配偶者のために時間を差し出せる自分にちょっと自己陶酔する)のですが、これが子供が生まれると自分の持ち時間などというものは、-2ぐらいになります。
そもそも100ある持ち時間のなかに、自分の時間は存在すらしません。睡眠時間を削って無理やり2ひねり出すのです。そういう意味で-2です。
こう書くとまったく希望も何もあったものではありませんが、工夫次第でどうにか時間を効率的に利用できるようになります。時間を効率的に使うソリューションを3つ紹介します。
ソリューション1:寝かしつけポッドキャスト
長女は大変なさみしがり屋で、僕が横に寝転がってないと寂しがって寝てくれません。以前は「なんで寝てくれないんだ~」とイライラしながらも心を無にして寝静まるのを待ち、その後ベッドを抜け出してコソコソと調べ物をしたりコードを書いたりしていました。
しかし、バレてしまったのか、しばしば寝室から泣きながら飛び出してきて「どうして一緒に寝てくれないのー」と騒ぐので、戦略を変えることにしました。そのひとつが寝かしつけポッドキャストです。
やり方は簡単で、寝かしつけながら片耳にイヤフォンをつっこんでポッドキャストを聴くだけです。音漏れしないよう、耳にかけるタイプではなく耳に入れるタイプを選びましょう。
僕の場合は、あまり内容に集中して考えこまなくても聴けるものを選ぶようにしています。例えば、技術系雑談のrebuild.fmとか、dex.fmなどが最適です。
英語のポッドキャストのように集中しないと聴けないものは選びません。子供に話しかけられたときに聞き漏らすとイライラしてしまったり、頭が冴えてしまってその後の睡眠に悪影響があるためです。
ソリューション2:インベッドアルゴリズム体操
うちの子供の場合は、いったん寝入ってしまうと僕が横にいる限りはまず目を覚まさないので、どうしても寝付けない場合は、おやすみモードで画面を暗くしたスマホで、ひたすら読書をしています。
最近ですと、機械学習の理論やそれを下支えする数学の知識は僕のこれまでのキャリアとはかなり違うスキルセットなので、好んで書籍を読んで情報収集しています。
他には難しいアルゴリズムの問題を頭で解いて解説を見つつ、データ変換の流れを頭に思い浮かべていると、途中でわけが分からなくなってスッと眠ることができます(ダメじゃん!)
ソリューション3:アサカツ
最近では、意図的に生活を朝型に改めました。
具体的には夜9時には子供と一緒に布団に入り、できたらそのまま寝てしまいます。すると朝4時半ぐらいには自然に目が覚めるので、子供たちが起きてくる7時ぐらいまでの間を好きに使います。
元同僚がロンドン在住で、日本の早朝があちらの夜なので、隔週で1時間ビデオチャットで「言語交換」をしています。前半30分は英会話、後半30分は日本語会話という具合です。
通勤時間もよく英語のポッドキャストを聞いています。朝は頭が冴えているので、集中力を要する勉強にもってこいです。
子供を持って技術や仕事に対する価値観も変わった
子供を持ってから、技術との向き合い方が確実に変わりました。働き方でも同じような変化を遂げたのでここでは一緒に書きますが、端的に言うと「短期的な結果」にこだわるようになりました。
技術選定という点では、カッティングエッジなテクノロジーには慎重になり、栄枯盛衰の激しい分野はとりあえず覇者が現れるまで見守るようになりました。あれもこれもと自分で試して返り討ちにあう時間がなくなったからです。
働き方も同じで、「技術者としてのプライドがそれを許さねえ」みたいなこだわりは少しずつ鳴りを潜め、「事業にとって最短で最小の努力で80点のアウトプットが出るものを選びましょうか」みたいな考え方をするようになりました。
物事を8割まで仕上げるのに費やす労力が全体の2割ほどで、残りの2割を完全に仕上げるパワーが全体の8割を占めることに、経験的に気付いてきたからです。なんだか割に合わなく感じてしまうんですよね。
ただし、これは細部に手を抜くようになったという意味ではありません。プログラマの嗅覚として「いくら時間がかかっても、ここで手を抜いたら死を見る」みたいなきな臭さを感じる能力も、経験とともに研ぎ澄まされてくるので、そこだけ大事にして、あとは多少やっつけでもいいじゃんという割り切りがうまくなりました。
ファーストペンギンになれないジレンマ
もちろん、いいことばかりでないことは自覚しています。
このセクションの最初に書いた「最短で80点を取る戦略」は、長期的には重大な見落としがあったり、それを後からごまかすために技術的負債や設計の歪みを生む可能性もあり、いまでも良し悪しの判断がつかないこともあります。
それに、先ほど挙げたようなやり方は、20代前半の僕が嫌いだった「おっさんプログラマ」そのもので、自分で書いてて苦笑してしまいます。
また、本当にいいもの、100点、120点になりうるものを見逃すことになりかねません。南極の海に飛び込む最初のペンギンにならないと、新しく生まれるジャンルの第一人者にはなれません。いつだってパイオニアが賞賛されるのです。
この後で紹介する「プログラマの真理の扉」と上手に付き合えば、小さな労力で新しい技術をキャッチアップし続けることもできますが、これも過信すると「あー、そういうことね。昔あった○○と同じね(実際はまったく的外れ)」みたいな、「自分は技術が分かると勘違いしているイタイおじさん」になりかねず、これは慎まねばなりません。
それに、最近でいうなら機械学習のような破壊的イノベーションは、地道な努力の積み重ねでしか身に付けることができず、まったく努力を怠ってしまうと、一瞬で旧時代の遺物と化してしまいます。
やはり、プログラマは努力を怠ると輝きを失ってしまうのです。
子育てが終わってもエンジニアの努力は終わらない
ただ、子育ては永遠に続くものではありません。
4歳になる長女を見ていると、彼女の世界の登場人物も、かつては両親とおじいちゃんおばあちゃんぐらいでしたが、いまや保育園のみんな、先生、英会話教室の友達……と、急速に広がっており、少しずつ少しずつ僕の手を離れていっているのを感じます。
子育ての究極のゴールが「自分の最愛の存在の自立」というのはなんとも複雑な気分ですが、「その時」が来たらまた自分の時間が戻ってくるのでしょう。そのときもう一度、自分がエンジニアとしてどう歳を取っていきたいか、見つめ直してみようと思います。
「真理の扉」が開けば、子育てとキャリアアップは両立できる
子育てが、エンジニアのキャリア構築においても一大イベントであることは疑いの余地がありません。
前述のとおり、子供が生まれると自分の時間が明確になくなるので、20代と同じ成長曲線を描くことはどうしても難しくなります。長女が4歳になってようやく落ち着いてきましたが、次女が生まれたので同じような感じとして、あと4年間は足踏み状態が続くわけです。
35歳になる2018年現在、記憶力はすでに低下の一途を辿っており、思考力のキレは20代に劣ります。経験でどうにか平衡を保っていますが、40代でそれも難しくなるでしょう。記憶力、体力、そして経験の掛け合わせでエンジニアの価値が最高に輝く「プライムタイム」を仮に30代とすると、エンジニアにとって20代は助走の期間として取り返しがつかないほど大切です。
これから書く話はあくまで個人の経験であって、一般化するのは危険ですが、参考までに聞いていただくとするならば、僕の場合「中堅になるまで子供を持たなかったことは、結果的に正解」でした。
下積みの点と点がつながって「真理の扉」が花開く
僕は、プログラマとして本格的に活動を始めた時期が遅く、25、6歳はまだ「基礎鍛錬」の期間でした。与えられた仕事はそれなりに及第点でこなせるものの、お世辞にも外部からは「優秀な人間」と考えられていませんでした。
ただ、自分の時間はひたすらあったので、とにかく「なんでこうなってるんだろう?」と調べまくり、せみの幼虫のように地面の下でコツコツと力を蓄える、下積み時代が長く続きました。それが突然、28、9歳ぐらいで点と点が線につながって急に花開いたのです。
僕はこれを「プログラマの真理の扉が開く」と表現しています。
そうなってからは、他のエンジニアと話してても「おっ、こいつはわりかし技術の本質(その技術によって解決される問題が何か)を分かってるっぽいな」と評価してもらえるようになって、市場価値がどんどん上がったのを覚えています。
下世話な話ですが、25歳の年収を基準とすると、30歳の転職で一気に倍になって、次の転職で当時の3倍ぐらいになりました。
こうなっておけば、子供を持ってからでも次の2点で自分の価値を維持しやすいのです。
- プログラマの「真理の扉」が開いてからは、新しい技術のキャッチアップがすごく楽になる
- すでに市場価値を得たプログラマは、より子育てをしやすい職場に転職でき、転職先でも大事にしてもらえる
このため戦略的キャリア設計という点においては、ひよっこのうちではなく、ある程度中堅になってから子供を持ったことで僕自身は人生を有利に進められました。
たとえキャリアにプラスにならなくとも
最後に、もし僕が何回も人生をリセットしてやり直すことができ、「いちプログラマとして価値の最大化だけをひたすら追求するしばりプレイ」に挑戦するのなら、おそらく不確定要素とマイナス要素が多過ぎて、選択肢から「子育て」を外すだろうと思います。
ですから、子育てがエンジニアのキャリアにプラスになるとか、そういう無責任なことを言うつもりはまったくありません。
ただ、人生は、最大効率だけを追い求めるゲームではありません。仮に子育てが生涯を懸けた趣味だったとして、それが何だというのでしょう! 大いにけっこうではありませんか。
自分が好きでやってるからこそ、夜中に起きて抱っこできるし、ミルクもあげられる。休日にも、子供のためだけに時間を差し出せるのです。
子供というのは、凡庸なプログラマである自分が生み出した中で間違いなく最高傑作であり、永遠に完成することのないサグラダファミリアです。これからずっと向き合っていられることが楽しみで仕方がない。もっとも、向こうから離れていくのでしょうけど! 自分もそうでしたしね。
まとめ
子育てがエンジニアのキャリアに必ずしもプラスになるかというと、お世辞にもそんな無責任なことは言えません。しかし、確実に言えるのは、エンジニアとしての成長と子育てをある程度両立させることは、工夫次第で十分に可能だということです。
エンジニアが、子育てしやすい働き方のできる職業であることは実感しますし、エンジニア的思考やツール選択が子育てプロジェクトに活かせる点も多々あります。
それになんと言っても、子育ては楽しい!
この記事を読んで一人でも多くのエンジニアが「子育てしてもいいかもしれない」と思ってもらえたら、これに勝る喜びはありません。読んでいただきありがとうございました。
執筆者プロフィール
白山 文彦(しろやま・ふみひこ) @fushiroyama
*1:授乳間隔は個人差が大きいものの、月齢によって変わってくる。新生児期は1~2時間、乳児になると3時間程度になることが多い