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気づいていますか? 現在の格差が「世界恐慌なみ」だということに

【特別鼎談】宮台真司×白井聡×斎藤幸平

'70年代までの日本は、ホワイトカラーかブルーカラーか、都会の人か田舎の人かが一目見れば分かり、連帯しやすい状況でした。今は所得の低い人も金持ちも同じようにスマホやパソコンをいじる。誰が自分と似た境遇か分からないから、生活が苦しくても弱みを隠し、「人並み」を装います。地域と家族が劣化し、弱みを見せられる仲間を持たない若者も増えました。

だから不安が消えない。とりわけ以前より没落し、将来が見通せない人は、不安の埋め合わせに他人を叩き、政治家などの権威に一体化します。「右」に見えても、それは価値観ではなく心の病なのです。

みやだい・しんじ/'59年宮城県生まれ。東京都立大学人文社会学部教授。近著に『定点観測 新型コロナウイルスと私たちの社会』(共著)、『崩壊を加速させよ』ほか。
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医療もワクチンも「商品」でいいのか

斎藤 ウイルスとの戦いには一国だけの「勝利」などありませんから、そうした見方は本質を見誤っている。重要なのはコロナを機に、すべての人にとって大切なもの、例えば医療や教育、インフラなどは人類の「共有財産」であるという考え方を広げていくことだと思います。

こうした共有財産のことを、私が主に研究しているマルクス経済学では「コモン」と呼びます。具体例を挙げると、EUがワクチンの輸出を止めて独占しようとし、国際問題になっていますが、本来はワクチンこそ「コモン」にしないとウイルスに打ち克てません。先進国がワクチンを独占すれば製薬会社は儲かりますが、変異株が絶えず出てくる状況では、いたちごっこになってしまうからです。

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白井 ワクチンもそうですが、資本主義社会には、あらゆるものが「商品」化される強い傾向があります。「すべては商品なのだから、カネのある人にだけ行き渡ればいい」ということになると、医療も教育も金持ちが独占し、ますます貧乏人には手の届かないものになってゆく。それは文明史的にも異常なことなのです。

しかし、骨の髄まで資本主義社会に浸かっている私たちは、「値段のつかないもの」を想像するのも難しい状態になってしまった。アメリカの思想家フレドリック・ジェイムソンは「資本主義の終わりを想像するより、世界の終わりを想像することのほうがたやすい」と述べています。想像力までも資本主義に侵されてしまっているのです。

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