「物語を探しに」第21回「Because Plants Die」をお届けします。第20回「ネタ集め」はこちら
僕の目を引く英語の看板
錦糸町駅の北口を出て左へ曲がると大型ショッピングセンターが建っていて、その入口の辺りが植木や灌木で飾られている。コンクリートとアスファルトの敷かれた都心部でよく見かけるちょっとした緑のアクセントで、それだけでは特に注目に値するものではないけれど、その中に一定の間隔で置かれているいくつかの小さな看板は通るたびに僕の目を引く。日本語と英語で次のように警告が併記されている。
「植物が枯れてしまいますので座らないでください」
「Please don’t sit down because plants die」
日本語の方は、これという特色のない文句だが、そのすぐ下に印刷された英語の一文には想像を搔き立てられる。一見、上の日本語と同じ意味を表現しているように見えるけれど、よく読むと伝わってくる印象はまるで違う。
「Please don’t sit down」は確かに「座らないでください」に相当する。だが英語の場合、たとえば「Please don’t sit down here」のように、座ってはいけない場所が特定されていなければ、座る行為自体が強調され、「ここ」だけではなく、「どこであっても座ってはいけない」という風に聞こえてしまう。
それだけなら大した相違ではないが、さらに「because plants die」がある。一語ずつ辞書を引いて意味を確認すると「植物が枯れてしまいますので」になっているはずなのに、ここからも別のニュアンスが伝わってくる。
まず「kill」(殺す)ではなく「die」(枯れる)を使っているところが印象的だ。結果は同じなのに、他動詞ではなく自動詞が用いられると、「座ること」との関係は曖昧になる。そもそも「kill」も「die」もどちらも強い単語なので、僕は無意識に「In order to protect」(守るために)のような、もう少し柔らかい言い方を期待しているのかもしれない。「die」が出てくるだけで、文全体の雰囲気が変わり、より荘厳な内容のように聞こえる。
だがそれよりもニュアンスに影響しているのは冠詞の不在だ。よく言われることだが、日本語には言葉の解釈を読者に委ねる傾向がある。相手が知っている(あるいは話者が相手が知っていると思い込んでいる)情報であれば、わざわざ明確に表現しない。表現方法は人それぞれだし、場面や言葉の用途にもよるけれど、少なくとも文法に関して言えば、日本語は曖昧な表現に対する許容範囲が広いと言えるだろう。この警告における「植物」は明らかに「この看板を囲む植物」のことを指しているため、一本の植物か複数の植物か、ここの植物だけなのか世の中の全ての植物なのか、というような情報を伝える必要はない。そこまで書いてしまうと、かえってくどいと感じられるだろう。
ところが英語ではそうはいかない。単数/複数、冠詞の有無、性別や時制など、常に情報を特定しないと英語の文法は成り立たない。「ここに座る」ことと「ここの植物が枯れる」ことに因果関係を示したいなら、せめて「the plants」と冠詞をつけたり、「these plants」と代名詞をつけたりしたいし、動詞に「will」をつけて未来形にしたくなる。ただ「because plants die」とだけ簡素に書いても、別に文法的に間違っているわけではないけれど、冠詞も代名詞もない裸の名詞は、不思議なほど普遍的な響きを帯びてしまう。話題はもはや「ここの植物」ではなく、「世の中の全ての植物」や「植物というもの」についてになる。
そんなわけで、この英文を読むときに感じる意味合いをあえて日本語に訳そうとすれば、次のようなものになる。
「植物というものは儚い存在なので、座るという行為をどうかやめてください」
おそらくこの看板を設置した人が意図していたより、相当抽象的な話になってしまっているだろう。
もちろん、抽象的に書かれていても、僕は脳内で無意識にその文章の中にある穴を埋めて、元の日本語により近い文章として書き換えている。ここに座ってはいけないというメッセージは無事に伝わってくるし、看板は目的を果たしている。
しかし看板が伝えようとしていることが分かっていても、書かれた英文につきまとう独特な、妙に哲学的な雰囲気は消えない。「plants die」。僕がここで腰を下ろすとここにある植物に意図せず危害を加えてしまうのか、それとも自発的に枯れてしまうのか。あるいは、ひょっとするとこの看板は僕が自身の生き方を反省するように促しているのかもしれない。自分が立って動いている間は生きているけれど、座り込んで「植物」になってしまえば、後は枯れていくのみだ。
上にある日本語の一文を塗りつぶして、英文の翻訳に挑戦したくなる。「人生短し座る勿れ」とでもすればいいじゃないか。