破滅こそがオーナー経営の処方箋なのか
(また、適当なことを書きおって。。人の気も知らんで。。)
男はそう思いながらノートパソコンのブラウザを忌々しそうに閉じた。
ネットニュースの記事には自分があたかも冷酷非道のヤクザ者かのように書かれており、その下のコメント欄には自分を中傷する「ブラック経営者は今すぐ死ね」「二度とこの会社は使わない」など自分では考えもつかないようなありとあらゆる罵詈雑言が並んでいた。
(自分はいい。それより、、、)
思案を巡らせようとしたが、総務の女性の声に思考をさえぎられた。
「川口副社長。会長がお呼びです。」
「・・・早い。。な。。」
男は椅子の上にスーツを着たまま胡坐を書くのが癖なのだが、彼を呼ぶ電話を知らせるその声を聴き終わる前には靴に足を突っ込んでいた。
靴の踵は柔らかくつぶれてしまっていて紐は緩く結んだままだ。
自分が現場で引越し作業員だったときから靴を脱ぐにも履くにも手を使わずやってきたクセで靴がすぐにこうなってしまう。
すぐにエレベータに飛び乗り、10階の会長室へと向かう。
ノックは一回、すぐに部屋に飛び込んだ。
それがオヤジと一緒に仕事をしてきたこの30年のルールだ。
常にオヤジが「オイ」といったらすぐに動く。神戸の街で荒んだ生活をしていた19歳の自分を拾ってくれたあの日からそうやってずっとオヤジをささえてきた。
ワンフロアをまるまる使った会長室は広さ以外は質素だったが、横幅の大きなデスクと釣り合うくらい大きな液晶ディスプレイが置かれ、それに隠れるように座っている小柄な老人がとてもアンバランスだ。
川口がオヤジと呼ぶ老人はマウスを動かしながら大きなディスプレイに対して目を細め、何かを熱心に読んでいるようだ。
部屋に飛び込んだ川口は何を読んでいるのか既に察していたが、知らないフリをして大きな声で言った。
「会長!如何されましたか?」
オヤジも歳をとった。大きな声で話しかけないと聞きとりづらいのだ。だから、どこでもこちらが大声で話をするクセがついてしまった。
「これはいかんね。なんでうちがこんな悪者にされとるんや?」
老人は静かに言ったが、耳が赤い。間違いなく怒っている。
なんどもこの後の怒号を聞いて来た川口には一目でわかる。
「何か書かれているのですか?」
何の話をしているのかは、川口には解っていたが知らないフリをして聞き返す。
ここで事前に知っていたと言ったら「なぜ知ってて何にもせんのや!」とこちらの不手際にされてしまい、次の打ち手がなくなってしまう。
対策の動きよりも先に声をかけられた以上、ここで初めて知ったことにした方が吉だ。
「これやこの記事。お前もえらい書かれようや。」
川口は大袈裟に驚いて、芝居がかった怒りをしてみせる。
「なんやこれ!? 俺こんなんヤクザもんやないけ。。。。」
怒りに震えるフリはするものの、内心では必死に次にどう言うべきか考えている。
「会長、いや、オヤジ。僕すぐこの出版社に怒鳴り込みに行ってきますわ。僕のことはええ。うちの、、いやオヤジの会社のことをこんな風に書かれるのは我慢ならん。」
老人は打ち震える川口の姿を見て、少し落ち着きを取り戻したようだ。
川口はこうして会社を守って来たつもりだった。
オヤジの仕事にかける情熱、ひたむきな姿勢、そして仲間思いの親分肌の部分を川口は好きだ。
いや、正確には「好きだった」。
大学とは名ばかりの3流大学を中退し、何もせずにふらふらしていた自分を拾ってくれた恩は忘れてはいない。
そして、そんなオヤジが気持ちよく居られるように仲間や取引先の間に入ってオヤジの感情が爆発する前に先回りして自分が矢面に立つことで会社を守って来た。
荒くれ者たちをまとめ、零細運送業者だったこの会社を引っ越し業界でも屈指の規模に成長をさせてきた。
「オヤジを気持ちようしてやって会長室から出さなければ、この会社は大きくなれる。それが俺の役目や」
そのつもりだった。
しかし、最近自分のやっていることは本当に会社の為なんだろうかという疑念にかられることがある。
ぐるぐると考えが逡巡することが本当につらい。よく眠ることができていない。
あの頃、オヤジと仲間達で荷物を運んでただただお客さんに喜んでもらうことが嬉しかった頃。事務所に帰って来ておかみさんが握ってくれた握り飯を食うのが楽しみだったあのころがなんと幸せだったことか。
肩書も給料もあのころよりは立派にはなった。オヤジを金持ちにすることもできた。
だが、自分はあの頃の方が幸せだったと思う。戻れはしないのだが。。そう思うのだ。
「失礼します。」
会長室のドアを閉めた後の足取りは入る時と変わらずキビキビしていたものの、それは気持ちを反映したものではなく、長年の訓練によるものなのは確かだった。
「それでも、、他に道はないんや。。」
ひとりエレベータの中でつぶやく。
車で会社と家を往復し、TVもスポーツニュースしか見ない会長に昔なら雑誌や新聞は見せなければ都合の悪い話は目に触れないようにすることはできた。
しかし、この10年程はオヤジは10時に会長室に入ってから16時までずっとインターネットを見るようになってしまった。
特に自分の会社の名前で検索して出てきた結果を毎日一件一件チェックするのが楽しみになってしまったのだ。
それから川口の仕事は何倍にも増えることになったのだ。
毎日昼前には会長室から呼び出しの電話がかかってくる。
(インターネットなんか無くなっちまえばいいのに。)
昔は同業者でも部下でも上司でも気に入らない奴は直接文句を言いに行って凄めば話がついた。
しかし、川口は自分を苦しめ続ける得体のしれない「インターネット」を心底恨んだ。
エレベータの階数表示は1階を指していた。自分のデスクへは戻らず、タバコを一服することにした。
どうせ真っ直ぐ戻ってもろくな話が待ってるわけでもないのだ。
金色の歯車のマークの社章が外の光りに反射している。
会長が「会社は規律正しく社会に貢献する無くてはならない歯車である」という思いを込めて作ったマークだ。
自分の人生はこのマークと共にあり、疲れ、朽ちて行くのだろうか。
続、、、きません。。
(このお話しはフィクションです。実在の企業や人物とは一切関係ありません。)
さて、話は変わりますが昨日NHKの「新映像の世紀 第2回グレートファミリー 新たな支配者」を見ました。
1920年代の未曾有の好景気に沸いたアメリカをテーマに、資本主義の仕組みと技術革新を背景に新たな支配者として現れた巨大財閥「グレートファミリー」についてで、とても興味深く見入ってしまいました。
金融のモルガン家、石油のロックフェラー家、化学のデュポン家、自動車のフォード家、そして発明王エジソンを中心に描かれ、今日に続く巨大な産業を限られたファミリーの個性が支配していることを生々しく映し出していました。
しかし、今日、トヨタが目標にし、そして未だに世界一に君臨するGMという自動車会社を作った、一人の男の名前は登場もしませんでした。
男が登場しなかった理由は簡単で、彼が「破滅した」からに他なりません。
その男の名前はウィリアム・C・デュラント。
天性のマーケティングセンスと勝負師としての才覚で、一代でGMを立上げ、その後ワンマン経営による過剰投資などで失脚、別の自動車会社を起こし買収により古巣のGMを買いジョブズのように復帰しましたが、またしても経営に失敗しGMを追われ、後世においては会社に自分の名前を冠さなかったこともあり名前を知られることも少ないようです。
僕がなぜデュラントの名前を出したかというと、デュラントこそ苛烈なオーナー経営の出口を示している起業家だと思うからです。
デュラントには自動車会社を起業する際にパートナーが居ました。
日本風に言うなら番頭です。名前をチャールズ・W・ナッシュと言います。
ナッシュは元々デュラントが最初にやっていた馬車工場の監督でした。そこから当時では突拍子もなかった自動車会社を立ち上げるというデュラントの誘いに乗り、過激とも言えるデュラント率いるGMの裏方としてずっとGMとデュラントを支え続けます。
またデュラントがGMを最初に追われた後には銀行団からの依頼でGMの社長も引き継いでいます。
しかし、デュラントはこの無二のパートナーである、大番頭ナッシュに2度目のGMへの経営復活をした時に去られてしまうのです。
その後、思うがままに暴走し、番頭と相場の運にも見放されたデュラントは2度目のGM経営にも失敗し破滅します。
(一方ナッシュは、独立後ナッシュモーターズという小さいながらも高品質な車を作るメーカーを設立し現在はクライスラー傘下のAMC社になっています。)
しかし、興味深いのはここからです。
ハチャメチャになったGMは、だらだらとヘンリーフォードとフォード家が居座ったフォードに対して、事業部制をはじめとした近代的な組織手法で改革を行いどんどんと成長します。
そして現在の世界トップの自動車メーカーになっているわけです。(ちょっと前にまた破綻してましたけどねw)
苛烈な創業者経営とそれを支える実務屋のナンバー2のドラマは会社という組織にフォーカスをすれば、何時までも人情ドラマではなく、大きくするだけ大きくして破綻するのがもしかすると真の意味で会社と社会の為なのかもしれません。
僕は資本主義の歴史の中で延々と繰り返されるこの「起業家とパートナーの人間ドラマ」の引き際と幸せな出口についていつも思いをはせてしまいます。
誰の、何をゴールに設定すべきなんでしょうか。
僕には未だわかりません。
もしかして誰も幸せになっていないのでしょうか?それでも前に進む価値のあるものなのでしょうか?
僕にできることは今日もめぐりあわせを信じて持ち場で頑張るのみです。
では
参考文献:
GMとともに―世界最大企業の経営哲学と成長戦略