
やっぷーと一緒に養父市におでかけしよう!
兵庫やっぷーと一緒に養父市におでかけしよう!
まいどまいど! 今回は兵庫県の北部に位置する養父市をご案内していきまひょ! 緑豊かな環境に恵まれた養父市は、豊岡市、朝来市、宍粟市、美方郡香美町、鳥取県八頭郡若桜町に隣接する町として知られ、ハイキングやスキー・スノボーをはじめとする観光客でにぎわってはりまんねん。 養父市のマスコットキャラクターは、やっぷー。 氷ノ山出身として知られ、観光案内、情報発信に奮闘してはります。 養父市では養父市など地域特産物の一つとして知られる但馬牛が味わえるほか、八鹿豚を使用した豚まん、朝来山椒もおすすめでんねん。 道の駅 但馬楽座 やぶ温泉ではお肌に潤いを与えることから「美人の湯」が楽しめる天然温泉。 古くから鯉の養殖が盛んであったとしても知られ、養父神社の境内の池では鯉が飼育されてまんねん。 副産物の蚕のサナギが多くあったため、昔から鯉の養殖が活発であったとも。 明延鉱山では実際の作業場が保存され、現在は探検坑道として見学することができまんねん。 跡地やその周辺には当時、使用されていた車両をはじめ、施設や街並みが現存。 皆さんもドライブに、ドライブの目的地にぜひ、立ち寄ってみてください。
兵庫県養父市で活躍するキャラクター。 養父市の旧4町の特色を表現して誕生。 自然の豊かさや町の温かさ、人々の優しさなど養父市の魅力をPR。 名前の由来は、市名である養父のやぶに掛けて「やっぷー」。 全体的には自然の緑の豊かさを表すグリーンにまとめ、頭のとんがりは「氷ノ山」、マフラーからは「天滝」の水の流れ、手足の緑で「妙見杉」を表現。 やっぷーは、氷ノ山のブナの森にすむ妖精。 好きなものは、ブナやどんぐり、くるみなど木の実やきれいな川。 性格は、朝寝坊と昼寝が好きなのんびり屋で、おっとり。 特技は、スキー・ボード、空を飛ぶ、川の魚と一緒に泳ぐこと。 言葉は、主にやっぷー語を話すという。
かつて豊臣秀吉が愛した朝倉山椒は当地が発祥の地。 豊臣秀吉は白湯に焦がした山椒を入れて飲み、「風流」と喜び味わったとか。 朝倉山椒は大名が特別に献上する高級贈答品として珍重され、間宮直元が徳川家康に献上したとも。
京都府京都市と山口県下関とを結ぶ国道9号沿いにある道の駅。 2006年、地域交流施設、バスターミナルがオープン。 北近畿豊岡自動車道(和田山八鹿道路)の八鹿氷ノ山インターチェンジが供用を開始。 ここでは、地元の特産物やお土産を中心に販売する売店、情報休憩施設、地域交流施設、レストラン、足湯などがある。
豚まん
付近では八鹿豚の生産地として知られ、八鹿豚を使用した豚まんが販売され、話題となっている。 八鹿豚は自然豊かな環境で生産され、肉質は柔らかく、脂身は上品な甘さが特徴。
オススメのグルメ
その他、養父市では朝倉山椒発祥の地として知られ、朝倉山椒を使用したソフトクリームなどが楽しめる。
京都府京都市と山口県下関とを結ぶ国道9号沿いにある道の駅ようか但馬蔵内にある観光案内所。 養父市内の観光案内や情報発信などを行っている。
朝倉氏は、但馬国(兵庫県北部)を発祥とする氏族。 越前国(福井県など)を拠点とした戦国大名の越前朝倉氏の祖。 越前朝倉氏は越前国守護・斯波氏に仕え、甲斐氏、織田氏に次ぐ斯波三守護代の第三席となり、越前国を支配。 但馬には、開化天皇の後裔とも孝徳天皇の後裔とも伝わる日下部氏が、平安時代から大武士団を形成。 朝倉氏は、この日下部氏の流れを汲む氏族の一つで、他に、山陰最大の守護大名・山名氏の家老職である太田垣氏・八木氏・田公氏などがある。 但馬朝倉氏は平安時代、日下部宗高が当地付近に住み、朝倉氏を称した。 宗高の子・朝倉高清は源頼朝より領地の安堵と木瓜紋を賜った。
朝倉城
その後、朝倉氏は朝倉城を築き、代々この城に拠った。 高清の長男・安高は八木氏を興して朝倉氏は衰退した。 室町時代、但馬守護の山名氏に仕えたが、織田信長に敗れた。
朝倉氏は、但馬国(兵庫県北部)を発祥とする氏族。 越前国(福井県など)を拠点とした戦国大名の越前朝倉氏の祖。 越前朝倉氏は越前国守護・斯波氏に仕え、甲斐氏、織田氏に次ぐ斯波三守護代の第三席となり、越前国を支配。 朝倉氏は孝徳天皇の皇子、表米親王を始まりとし、平安時代には地名を苗字として朝倉氏が興り、朝倉高清を初代とした。 高清の長男・安高は八木氏を興して朝倉氏は衰退した。 室町時代、但馬守護の山名氏に仕えたが、織田信長に敗れた。
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兵庫県養父市上野と八鹿町国木とを結ぶ国道9号・八鹿バイパス沿いにある道の駅。 施設内ではレストラン、宿泊施設、天然温泉、コンビニエンスストアなどがある。 天然温泉はラドンを含む炭酸水素イオンを相当量含む弱アルカリ性単純泉。 効能は神経痛・筋肉痛・慢性消化器病など。 お肌に潤いを与えることから「美人の湯」とも。
レストラン
レストラン
別名、養父の明神さん。 養父市場は古くから但馬牛の牛市の中心地として知られ、神社は農業の神様として信仰を集めてきた。 祭神は倉稲魂命、大己貴命、少彦名命、谿羽道主命、船帆足尼命。 船帆足尼命とは谿羽道主命の子孫で但馬国造の祖。 かつて弥高山山頂に鎮座していた上社に大己貴命、中社に倉稲魂命と少彦名命、下社に谿羽道主命を祀った。 崇神天皇30年創祀。 江戸時代、水谷山普賢寺が別当寺であった。 1814年、伊能忠敬が測量に訪れている。 拝殿の前には尻尾を高く上げた狼の石像があり、口を開けているのが雌、閉じているのが雄。 田畑を荒らす猪や鹿から作物を守る益獣として、狼を守り神にしているという。
黒ダイヤ
周辺は古くから鯉の養殖が盛んで、境内の池では鯉が飼育。 良質の水に恵まれ、養蚕が盛んであった。 副産物の蚕のサナギが多く、昔から鯉の養殖が活発であった。 古くは江戸時代から宿場町や近隣の旅籠、城崎、湯村などの旅館からも人気を集めるほど、食用の黒鯉など鯉養殖が栄えた。 昭和時代、新潟県から錦鯉を移入し、鑑賞鯉の養殖も盛んに。 現在、全国に普及している「黒ダイヤ」系の品種は、養父の養殖が故郷とか。
朝来市ら養父市までを結ぶ兵庫県道104号物部藪崎線沿いにある道の駅。 愛称はCOINOBA VILLAGE。 1994年、愛称「グリーンビレッジ」として開駅。 2019年、レストランや売店が閉店。 2020年、リニューアルオープン。 「コイ」には、「鯉」「恋」「来い」の意味がそれぞれ込められている。 養父市では錦鯉などの鯉の養殖が盛んで、敷地内の池では錦鯉の飼育、展示を行っている。
当地やその周辺は洞穴祭祀遺跡が発見され、縄文時代の土器、石器が発掘された。 キャンプ場内では宿泊体験用高床式倉庫、ログハウス、テントサイト、炊飯棟、トイレなどが完備。
竪穴住居風
勾玉づくり、土笛づくり、竹とんぼづくりなどの古代体験ができる。
兵庫県の養父市内を流れる大屋川沿いにある公園。 マス釣り場、あゆのつかみどり体験をはじめ、バーベキューコーナーやレストラン、キャンプ場、コテージなどがある。
大屋川
川遊びも。
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藤堂 高虎は戦国時代から江戸時代にかけて活躍した武将・大名。 藤堂高虎は1600年、関ヶ原の合戦で徳川家康方につき、伊勢国の津城主となった。 1580年、加保村の武士・栃尾加賀守(源左右衛門祐善)の屋敷に寄宿。
出石城主
翌年、小代一揆の平定後銃長になったとも。 栃尾加賀守の媒酌で兵庫・香住出身で一色氏の娘・久芳と結婚。 高虎は和歌山県粉河の城主となり、羽柴秀長に仕官。 秀長は出石城主になり、但馬を治めた。
全国で115番目、兵庫県内で5番目となる国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。 保存地区内には、江戸時代から昭和時代にかけて建設された主屋や土蔵などが現存し、主に養蚕住宅として使用された。 養蚕住宅は切妻型の瓦葺屋根、抜気とよぶ換気装置、大壁造、大きな掃き出し窓などが多い。
毎年8月16日には、ざんざこ踊りが奉納。 1828年、本殿が建設。 入母屋造の屋根の正面には千鳥破風と唐破風がある。 向拝には龍や兎、獅子の彫刻があり、龍の彫刻にはガラス玉で目を作った玉眼、兎は白波の上をはねる様子も。 大杉ざんざこ踊は県指定無形民俗文化財に登録。 江戸時代、病・カガミが流行したため治めることを目的に、地元の庄屋が伊勢を参拝、奈良の春日大社で習った踊りを氏神様に奉納したのが始まり。
うどんなど旬の食材を使用した料理を味わうことができる飲食店。 名物は桑の葉を麺に練りこんだ「桑うどん」。
かいこ飼育
かいこの飼育。
上垣守国は江戸時代に活躍した養蚕家、蚕種商人。 1753年、但馬養父郡蔵垣村(兵庫県養父市)の庄屋生まれ。 通称、伊兵衛。 号は仙栄堂。 蚕種を仕入れるため、奥州など全国各地に出向き、馬種の蚕を創出。 1802年、著書「養蚕秘録」は江戸時代の養蚕書。 但馬地域に養蚕業を普及させた先駆者となり、昭和時代の養蚕住宅を復元した記念館を建設。 施設内では生糸や繭、養蚕に関する書物、蚕具、農林用具などが保存、展示。
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天滝など天滝渓谷を中心とする天滝公園内にあるキャンプ場。 1980年、開業。 場内にはオート区画サイト、ソロ区画サイト、オートドッグランサイト、ソロドッグランサイトなどがある。 ドッグランサイトに限り、愛犬との楽しいひと時を過ごすことができる。 ただし、荷物の運搬が困難な場合は、「たなだエリア」に限り、モノレール「たなだ号」が運行され、荷物を運搬することができる。
明延鉱山で実際に使用されていた明神電車の車両に体験乗車できる。 明神電車はかつて、兵庫県養父郡大屋町(養父市)と朝来郡朝来町(朝来市)とを結んでいた鉱山用軌道。 1912年、明延と神子畑間に索道を設置。 1918年、輸送力増強のため軌道の敷設。 1929年、明神第三隧道が開通し、4トン級電気機関車と1トン積鉱車による鉱石輸送が開始。 1941年、戦時体制下となり戦略物資としての重要度が増し、軌間の変更(改軌)。 1945年、人車(客車)も運行。 1952年、関係者の乗車料金は1円を、部外者は10円を徴収するものちに1円となった。 1987年、国際競争力が低下し、明延鉱山の閉山とともに廃線。
明延一円電車
最終的に全長約6km、軌間 762mm、直流550V電化。 バッテリー式機関車と電気機関車が併用された区間も。
明延鉱山を中心とする旧鉱山町にある施設。 中心部にあたる協和会館は劇場、映画館として使用され、最大1150人まで収容可能。 最盛期には芸能人や歌手が訪れて公演、毎月10本の映画が上映するほど。 協和会館の周辺には明延川が流れ、その川沿いにはかつて鉱山社宅が約280棟、明延小学校、銭湯、病院などの施設が約1300m並んでいた。 1956年には約4100人が暮らし、明延小学校の児童数は600人を超えていたとか。
明延鉱山を中心とする明延地区の観光案内や情報発信などを行っている。 また鉱山内を見学できる体験の受付も。
あけのべ憩いの家
周辺には明延川が流れ、その川沿いにはかつて鉱山社宅が約280棟、明延小学校、劇場、銭湯、病院などの施設が約1300m並んでいた。 1956年には約4100人が暮らし、明延小学校の児童数は600人を超えていたとか。
明延鉱山当時の車両も
常設展示。
明延鉱山当時の車両も
見学できる。
明延鉱山を中心とする旧鉱山町にある施設。 別名、資料館「明延ミュージアム」。 かつて旧鉱山町の「第一浴場」として使用されていた。 1934年、6つの共同浴場の1つとして建設され、鉱山作業員や家族らが無料で利用できた。 1987年、明延鉱山の閉山後、閉館。 一時、一般企業の倉庫として使用されていたが、全盛期の外観のまま修復。 旧鉱山の資料など約200点を保存、展示する施設となる。 周辺には明延川が流れ、その川沿いにはかつて鉱山社宅が約280棟、明延小学校、劇場、病院などの施設が約1300m並んでいた。 1956年には約4100人が暮らし、明延小学校の児童数は600人を超えていたとか。
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明延鉱山とはかつて、錫、銅、亜鉛、タングステンなど多品種の非鉄金属鉱脈を持った鉱山。 特に錫は日本一の鉱量を誇っていたとも。 平安時代、採掘開始。 1868年、生野銀山とともに官営となり、1896年に三菱合資会社に払い下げられた。 1973年、三菱金属(三菱マテリアル)となり、明延鉱業が発足。 1912年、明延鉱山の鉱石を運搬するための鉱山列車「明神電車」は現在、「一円電車」として有名に。 急激な円高に伴う銅、亜鉛、錫の市況の下落により、大幅な赤字を計上。 1987年、閉山。
青少年活動の宿泊・野外活動をはじめ、スポーツやキャンプなどを楽しむことができる施設、 あけのべドーム「森の館」では、林業構造改善事業の木材需要拡大施設として建設。 かつて明延鉱山など旧鉱山町に住む学生らが通う明延小学校であった。 1959年の最盛期には784名が通ってた。 1987年、明延鉱山の閉山に伴い、学生数が減少し、1988年の閉校時には11名に。 1989年、校舎を改修し、自然学校にリニューアル。
明延鉱山とはかつて、錫、銅、亜鉛、タングステンなど多品種の非鉄金属鉱脈を持った鉱山。 特に錫は日本一の鉱量を誇っていたとも。 平安時代、採掘開始。 1868年、生野銀山とともに官営となり、1896年に三菱合資会社に払い下げられた。 1973年、三菱金属(三菱マテリアル)となり、明延鉱業が発足。 急激な円高に伴う銅、亜鉛、錫の市況の下落により、大幅な赤字を計上。 1987年、閉山。 現在、坑道は探検ルートとして人気を集め、事前予約制ではあるが、実際に観光することができる。
明延鉱山の歴史や実際に使用されていた車両などを展示、保存している施設。 明延鉱山とはかつて、錫、銅、亜鉛、タングステンなど多品種の非鉄金属鉱脈を持った鉱山。 特に錫は日本一の鉱量を誇っていたとも。 平安時代、採掘開始。
旧西部採鉱課事務所
1868年、生野銀山とともに官営となり、1896年に三菱合資会社に払い下げられた。 1973年、三菱金属(三菱マテリアル)となり、明延鉱業が発足。 急激な円高に伴う銅、亜鉛、錫の市況の下落により、大幅な赤字を計上。 1987年、閉山。 旧西部採鉱課事務所。